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海の沈黙・星への歩み (岩波文庫)
海の沈黙・星への歩み
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収録作品一覧
海の沈黙 | 河野与一 訳 | |
---|---|---|
星への歩み | 加藤周一 訳 | |
ヴェルコールについて | 加藤周一 著 |
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紙の本
戦争と抵抗の中の哀しみ
2010/11/22 00:26
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
ドイツ占領下、正確にはナチスに協力するペタン政権下のフランスの光景を描いた2作品。地下出版として刊行され、抵抗文学として読者に支持されたとのこと。
「海の沈黙」は、進駐してきたナチスに徴発された農家の情景を描いている。家の二階を占有することになったナチスの将校は、意外にも善良で友好的な人物だった。彼はドイツとフランスの融和を説く。住人達も彼の人柄に親近感を感じるようになっていく。多分この将校は、その穏健な思想ゆえに、組織内での立場を悪くしていっているだろう。しかしそれであっても、征服者と被征服者の間の壁が取り除かれることは決して無いのだということを、この「沈黙」は現している。一人一人がいかに善意に満ちていたとしても、それぞれのこの時代における国家、民族を打ち消すことはできないし、それを包み隠すために個人が抱える欺瞞、あるいは怯懦という性質もまた否定できないからだ。
いや、小説でない現実世界の中では、そういった人間の間にある障害はしばしば無いもののように振る舞われて、見かけ上の良好な人間関係といったものが進行するのだろう。あるいは「沈黙」に耐えきれずにバランスを崩してしまうのかもしれない。この小説の展開は、だから「抵抗」のある種の夢想的な姿として提示されているのであり、それが読者に共感を与えたのかもしれない。つまり弱い人間にとって可能な、強靭な「抵抗」像を人々が共有しているという幻想によって、人々は勇気を与えられるのではないかということだ。
「星への歩み」は、フランス国内でも行われたユダヤ人の「移送」を巡る出来事。自由を謳われ、それを誇りにしてきたフランス人にとって、しかしそんな誇りは幻に過ぎなかったということが、一人のポーランド系ユダヤ人を通して目の当たりにされる。そこにはナチスに迎合したり、あるいいは自己保身のために無抵抗であることで、自ら自由の理念を放棄して行く人々の姿が写し出されている。たとえ理念など意識しないとしても、フランスを愛した隣人を売り渡すことに疼痛を感じないのか。それがやむをえない選択であったとしても、その結果に対して無自覚であるとすれば、敵あるいは抵抗する相手は誰なのかということまでが混沌としてしまわないだろうか。
闘争や批判を声高に語ったりするのでなく、まったく静かにその世界を見つめているだけなのだが、その裏に深い思索と、強い決意があることが滲み出て来るような文章であると思う。良き人を、敵であるが故に、ファシズムの犠牲者であるが故に、といった理由で失っていく悲しみと、慚愧の思いに胸が詰まる。