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紙の本
天才は一日にして成らず
2002/05/14 14:20
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投稿者:たっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
チャーリーは、もはやリンカーン・ハイスクールに通うことを装うことさえしなくなっていた。自由な時間の多くを、彼はオールドマン・ヴァージルの小屋でがらくたの仕分けを手伝ったり、一緒に横丁を歩いたりしながらあれこれと話をして過ごした。ある時彼は、ジェンキンズの楽器店から、店員の目をかすめて失敬して来た二つのリードをヴァージルに見せた。ヴァージルは叫んだ。「そいつあ、万引だ!」会衆に向かって声を張り上げる説教師のようだった。「そんなことをすりゃあ、二年も感化院だぞ! 前科は一生ついてまわるんだ。チャーリー、おれとちょっと話し合おうじゃないか」老人は家具屋の廃品置場から貰い受けて来た椅子に、チャーリーを向き合って座らせ、彼の身の上話に黙って耳を傾けた。
「お前にゃあ親父がいないから、このおれが四つの規則を定めてやる。おれは年寄りだ。年の功ってことがある。規則の一は、“盗みをするな”だ」ヴァージルは言葉を切ると、熱い目付きでチャーリーを見据えた。「感化院に入れられる時間を考えてみろ。たかが五十セントのリード二個が何だって言うんだ? そいつを聞かせてもらおうじゃないか」
「馬鹿な話さ」チャーリーは言った。
「盗みなんてのはな、ろくでなしのするこった。規則の二は“人を悪く言うな”だ。悪口を言うのは簡単なこった。あっちこっち行っちゃあ人の悪口を並べても、お前には何の得にもならねえよ。悪口ってのあ、きっと、そいつの出どこへ帰って来るもんだ。他人は皆、お前が何を言ったか、ちゃあんと憶えているからな、人を悪く言って良いことがあるはずねえんだ。良く憶えておけよ、チャーリー。人のことを良く言えねえんなら、端っから何も言うな。そうすりゃ、お前、人から良いやつに見られるってもんだ。
「音楽の話をしよう。おれあ、手前じゃあブルースをちょっとやるくらいで、何もできやしねえがな、長年通りをうろついているうちにゃあ、ずいぶん音楽も聞いたさ。お前はまだほんの駆け出しだ。おれたち黒人にはな、そうそう道が開けているわけのもんじゃねえ。音楽があれば、黒人は手前の道を歩けるんだ。このカンザス・シティにはな、国中どこへ行ったって誰にも引けをとることのねえ演奏家が大勢いるんだ。覚えられるものあ何でも覚えろ。練習をさぼっちゃいかん。食いついたら離れねえこった。お前、ホーンをはなすな。ホーンさえやってりゃ、人生どこへでも行きたいとこへ行ける。
「最後の規則はこうだ。“良い女を見つけて、浮気はするな”」老人は言葉を切って、それから言った。「さあ、おれの後について言ってみろ」
チャーリーは四つの規則を繰り返した。「盗みをするな。人を悪く言うな。ホーンをはなすな。良い女を見つけて、浮気はするな」それから何週間か、チャーリーはオールドマン・ヴァージルに会えば必ず、小屋であろうと、通りや路地裏であろうと、どこでも四つの規則を教義問答のように暗誦させられた。
ロス・ラッセル著/池央耿訳『バードは生きている』(草思社)の一節。チャーリーはジャズの歴史を塗り替えたチャーリー・パーカー。当時彼は14歳。これから人生に船出しようとする少年に、ユーモアとウィットを交じえ老人が励ましの言葉をかける。古き良きアメリカの断面。ぼくの好きなマイルス・デイビスは、留保なしで真に天才と呼べるのはチャーリー・パーカーとバド・パウエルと言ったそうだ。チャーリーがその後、四つの規則を守り通したかどうかはまた別問題。
チャーリー・パーカーを聴いていていつも思うのだが、即興演奏が乗ってきたなあ、おおおっ、と身を乗り出した頃に、当時の録音技術の制約なのか、3分かっきりで終ってしまう。A面1曲のみ延々30分なんてのがあったら、かっとんだろうになあ。