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紙の本
井上ひさし全著作レヴュー79
2011/11/06 11:03
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:稲葉 芳明 - この投稿者のレビュー一覧を見る
初出「週刊小説」1978年7月7日号~1980年1月25日号に連載。
昭和54年度ペナントレース。幼少時に失明した田中一郎は、「国民リーグ」でプロ選手だった永井コーチのもと長年厳しい鍛錬で天賦の才を開花させ、テスト生として横浜大洋ホエールズに入団する。それからの目覚ましい活躍で、ありとあらゆるプロ野球記録を塗りかえていくが、野球界――特に球界の盟主を自任する球団――は周章狼狽し・・・。
「盲目の天才スラッガー」だけでも意表を突くが、加えて盲導犬チビが打撃・守備時を問わず田中選手に付き添い、そのチビが主人(=田中選手)と知り合ってからの物語を述べるという輪をかけた奇想天外ぶり。そこに、野球大好き井上ひさし――実生活では長年のスワローズ・ファン――が、熱をこめて、野球の蘊蓄とトリビアをこれでもかこれでもかと大量に注ぎ込む。最初のうちは終始プロ野球荒唐無稽法螺話として進むかと思いきや、物語は意外な方向に舵を切る。
田中選手の育ての親永井コーチが、かつてプロ野球に組合を作ろうとして潰されるエピソードは物語序盤に紹介されるが、例えば「合宿入り」の章で開陳される「日本人ひとりひとりの精神」に対する見解、当時江川事件で天下に曝け出した巨人軍の横暴ぶり、ひいては日本国政府への批判と、野球講談と並行して舌鋒鋭く社会批判を展開していく。はて、このパターン、どこかで読んだ気が?――そう、1975年の『ドン松五郎の生活』と物語構造は良く似ている。ただ、『ドン松五郎』ほど社会批判の色は濃くなく、娯楽的読み物として気楽に楽しむことが出来る。
冒頭、田中一郎選手の活躍ぶりを数字で示しているから、彼が無事プロにデビュー出来るのも、数試合だけでなくシーズン通して活躍したのも予め読者は知らされている。だから、『十一ぴこのネコ』や『ドン松五郎』のように、最後に背負い投げを喰らわされることも無く、安心して読み進められる。また、最後の最後に主人公が取る或る行動をとるのだが、これが実に井上ひさしらしいなあと、一瞬襟を正したくなった。