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紙の本
愛を誰も教えてくれない
2016/11/03 09:44
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
今世紀初頭の南アフリカ・ローデシアで、農場を営む男とその妻、それに下男の黒人が関りあいながら思わぬ破滅へと至る物語。厳しい自然と徹底した人種差別制度の中で大勢のアフリカ人労働者を使役する農場という設定は、現代でそのまま置き換えられるようなところはないが、ただ差別する側の人間もまた、差別をしなくてはならないという抑圧の下にあるという構図として見れば、普遍的なものと考えられるだろう。そして黒人を人間扱いしないで使うという立場に適応できない妻の精神が、徐々にバランスを失っていく。
農場主の妻は、都会での暮らしが長く、農場で働くアフリカ人がどのようなもので、またどのように扱うかを何も知らず、人種差別についても上っ面だけの能書きとしてしか知らない。差別と一言で言っても、実は簡単なことではない。命令には従わせなくてはならないが、そのできばえに文句を言うことは無意味で、仕事をさぼることをとがめてもどうにもならない。しかし都会で暮らしてきたメアリには、その仕組みは理解できない。夫もメアリのギャップを理解できず、メアリは農場でも、農場経営者のコミュニティーでも孤立していく。つまり差別すると言っても、それは自由にしていいということではなく、むしろその作法を守るために、個人的な怒りも喜びも封じて振舞わなくてはならいのであって、彼女は現実のアフリカ人の存在と作法の間の距離を埋める術なく、矛盾を自分の中に蓄積していくのだ。
夫もメアリの自我と妥協して、うまいくやっていくことができない。そもそも農場経営においても愚鈍気味ではあるのだが、白人の農場経営者によって形作られる社会秩序を乱すことを許されないという抑圧を、また受けているのだ。厳しい気候と、豊かとは言えない物資の中で、自身もまた過酷な労働で命を削り、弱音も吐けないというのは、突き詰めれば、大英帝国が植民地を支配して栄華を誇っているという物語に縛られているのだと言えるだろう。
結婚、農場、コミュニティ、大英帝国、白人の優越性、そういった幾重にも人を縛る軛はある。一方でこれらの制約は、別の制約のもたらす苦境から人を救う役割も果たすはずだが、その恩恵から漏れる人たちが必ず発生する。それは自力で掴み取らなくては行けないものなのか。
この破滅に向っていく過程には、悲劇性というよりは深い沼に落ち込んでいくような恐怖を感じる。平凡な人間が、ごく普通の環境で、わずかな裂け目からどこまでも落ち込んでいく恐怖。どんな苦境でも愛さえあれば生きていけるのだというのも、一つの物語の規範かもしれないが、しかし彼らにはそれさえ与えられない。