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この小説を読み終わったとき、私の脳裏を過ったのは、愚かしくも自分で消してしまった原稿と、戦火にさらされるイラクのことだった、ホントだよ
2003/04/03 21:42
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
うわっ、書いたばかりの書評を消してしまった。なんてこったい。もう、頭にきた、それならいっそ、消えてしまった文章の、かろうじて覚えている最後の文から書いてやろう。それがいい。
読み終わったときは、気付かなかったけれど、今こうして書いていて、ふと思った。この小説ってどこか、筒井康隆の『七瀬ふたたび』を思い起こさせる。いい作品というのは、どこか似た匂いを持っているのかもしれない。
半村良は、いつも庶民のことを書いてきた。その優しさも、愚かさも、打算も、あるがままに。権力を描くときは、決して上からではなく、下のほうから、その怖さと虚しさを憧れと諦念とともに教えてくれた。それは晩年になって、一層はっきりしたものになっていた。
江戸川区松川三丁目で小動物が、いつの間にか死んでいく。マスコミの世界から身を引いて、銀座で働いていた昌代とひっそり印刷業を営む野口は、いつしか町の人々の真相究明運動に巻き込まれていく。やっと開催した都の公害調査報告会では、担当者は逃げてしまい、代わりの職員は、松川町の住人をたかりのように扱う。その説明会で、都の人間が急死した。深夜、こっそり荷物を運び出す、化粧品会社の研究所での事故。隠される真相。そして、自分の卓越した能力を隠して、恋人とひそかに暮らしてきた岬一郎も、否応なくその騒動の中心人物になっていく。
隔絶した能力が一握りの人間に与えられた時、人は何を思い、国家は如何に反応するのか。人類の未来とは、マスコミの使命とは。神は人間にとって如何なる意味を持つのか。哀切極まりないラストからは、キリストの死に立ち会った人々の思いに似た安堵とも、後悔とも言えない吐息が聞こえる。
一旦、強大な権力が、国家であれ個人であれ、潰しに掛かった時、その前に、平和な日常は跡形もなく蹂躙され、人々の心は疑惑で黒く塗り潰される。それは、どんなに小さく弱いものでも、手をあげ降参し、無抵抗を示しても容赦しない。それは、今イラクで起きている戦争を見ればよくわかる。
初版は1988年、あまりの部厚さに読まずに来てしまった作品だが、今こそ読むべきときかもしれない。それにしても、ここで描かれる日本人の姿は、余りに当時と変わっていない。権力の暗黒は、より俗なものになり、庶民はひたすら拝金に走る。自ら選ぶ「滅びの道」。日本人というより、人類の愚かさ、弱さを痛感させてくれる。人間とは何か、を考えたい人に格好の本。厚さを恐れず、ゆっくり味わえば、必ず報いられる日本SF史上の傑作。