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紙の本
18世紀思想史の古典
2000/09/19 21:42
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投稿者:馬丁酔語 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「大体二千年ばかりの歴史でヨオロッパが最もヨオロッパだったのが十八世紀だった」と書いたのは吉田健一だが、実を言うと、この最もヨーロッパ的な十八世紀というものは、われわれにとってかならずしも身近なものではない。思想家の名前にしてから、ヴォルテールやルソーは兎も角としても、シャフツベリ、アディソン、マンデヴィル、フォントネルといった人びとのことを、ある程度でも明確にイメージできる人は少ないのではなかろうか。本書は、このような欠を埋めるには格好の、しかもこの分野でも古典中の古典とされるものである。
本書はおおよそのところ、宗教論(理神論)、社会論、心理学・芸術論といった大きな流れに沿って展開される。それぞれの思想家からの直接の引用も多く、資料的にも有益な大冊である。しかし何よりも本書の特徴となっているのはそのこなれた語り口である。この時代の隅々まで知悉し、資料を縦横無尽に使いこなされる博学の士にして初めて可能になる肩の凝らない談話調が全篇を貫いている。著者のアザールは、まるで自分の友人であるかのように、論じられている思想家の性格や癖にまで言及して、読者を飽きさせることがない。同時代のゴシップでも聞いているような親密さに溢れている。十八世紀という、芸術面でも文化面でも多彩で、一筋縄ではいかない時代を語るには、このような柔軟な接しかたこそが相応しいのかもしれない。
そして本書に関してもう一つ特筆すべきは、その翻訳である。流麗なアザールの文章を、これまた淀みのない見事な日本語に移しているのは、十八世紀思想の礎を築いたベール『歴史批評辞典』(法政大学出版局)の翻訳という快挙をも成し遂げた野沢協そのひとである。実はこの野沢氏は、かの澁澤龍彦の旧制高校時代からの友人でもあり、出口裕弘『澁澤龍彦の手紙』(朝日新聞社)などでも、その早熟ぶりが回想されていたりもする人物である。
本書の翻訳は日本語として優れているばかりではない。この原著にはすでに膨大な文献データが付録として盛り込まれているが、訳者はさらに、この原著が出て以降の研究文献を独自に追加するというようなことすらもやっている。単なる機械的な翻訳ではなく日本語版として立派なものを出すというのはどういうことかを、実物をもって示してくれる翻訳の鑑である。