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紙の本
11人の子を育てながら生涯夫に三度の恋をした晶子、屏風や色紙を売って支えられた家計、与謝野家のドメスティック・バイオレンス…など、歌の出自が激しい生であったことがありありと。
2001/11/27 12:15
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
平和と反戦の象徴のように鑑賞されている「君死にたまふこと勿れ」は、晶子にしてみれば、心に思うままのことを正直に吐露したまでのこと。大切な弟の無事を祈る気持ちが、湧き出るまま歌の形になったまでのことだと、この本には書かれている。社会主義に染まり観念的に走る女性文筆家たちに対し「現実の生活はそんな流行の思想にかぶれて改善されるほど生易しいものではない」と考えていた晶子には、生々しい暮らしがあった。封建的な呪縛から解放されて奔放に歌を詠んでいた「情熱の歌人」という固定イメージからは想像もつかないエピソードに、この伝記小説は満ちている。
まず、何より数に圧倒される。夫・鉄幹との間に成した子の数が11人。死産もあったが、これだけの子を育て上げた。生涯に詠んだ歌は1万首超、詩が700編超。目をみはる。だって、お産というのは女性の身体にとってなかなかのダメージだ。それが残るなか睡眠時間返上で世話をする。思考回路が鈍化、つまり、とろくなることもある。私などは回復に結構時間がかかったが、そういうハンデを負いつつ彼女は歌を詠み続ける。
夫婦仲が悪けりゃ子を11人成すことはなかろうが、鉄幹という夫は、一人口説いていたかと思いきや次の瞬間には二人目を抱擁しているといった具合。創作や仕事のために常に女性たちに取り囲まれていることを好んだ。そもそも晶子を育てた雑誌「明星」の誌面を華やかにすべく、女流歌人たちを色気でつないできた人である。上京して女子大に通ってはいかがと誘った山川登美子、増田雅子らと三角、四角関係を結びながら、彼女たちと晶子の共著を企画したりする。
頑是ないわがまま坊やのような鉄幹には、生活費を稼いで、それで暮らしていく発想がない。女とたわむれ意のままに金喰い虫の雑誌編集に意欲を燃やす鉄幹を尻目に、晶子は家計を支える。幼い子に屏風を押さえてもらいながら歌百首を揮毫したり、しまりのない字(作者・渡辺氏によれば)を色紙にさらり書きつけては売るのだ。講演と新聞・雑誌の歌壇の選者の仕事もある。それでも足りないときは、夫妻にずっとたかられることになるスポンサーに無心の手紙を書く。
晶子の国民的人気はともあれ、自然主義の台頭により鉄幹の居場所は徐々になくなる。追い詰められて子どもや使用人に暴力をふるう夫に、「パリに行かれては、いかがですか」とできた妻は勧める。フランス象徴詩が好きで上田敏とも親交があった鉄幹は意気軒昂出かけていく。前借や無心で妻が苦労して作った渡航費と滞在費をもとに…。夫がいなけりゃ家内円満と思っていた晶子は、しかし、夫の不在による欠落感に堪えかね、夫恋しさに子ども7人残して自らもパリに半年間渡るのである。
帰国後も借金返済のための仕事を片付け、子どもたちの教育費、結婚費用など余裕のないままずっと生活に追われる。関東大震災では源氏物語の現代語訳で書き進めた1000枚が灰になるという目にも遭い、旅を好んだ壮年、老後。そして、先立たれた夫に三度目の恋をする自分を発見する。矛盾だらけの夫婦の愛の軌跡が、おびただしい歌がちりばめられて、王朝文学のようにまとめ上げられている。