紙の本
すぐれた機能美
2000/11/05 09:35
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投稿者:安斎あざみ - この投稿者のレビュー一覧を見る
アムステルダムで暮らしてみたいとまで思っているので、このタイトルを見過ごすことはできません。アムステルダムに限らず、オランダの文字があれば本に限らず反応してしまう為、この本も中身を見もせず購入しました。
著者は英国ハンプシャー生まれ、オックスフォード在住。作品もアムステルダムが舞台ではなく、ラストで登場人物達の向かう先がアムステルダムというだけなのですが、この小説を一言で表したうまいタイトルです。
大人のための小説、洗練された文章、流麗な表現、アイロニカルなユーモア、辛口、苦みなどが、この本を評するときに送られる賛辞ですが、文章をないがしろにしない小説家が、異常ではない人間を冷静にとらえて描こうとし、それに成功すればこのような作品が出来上がります。
翻訳ものは途中で飽きてしまうことが多いのですが、これは他の本に目移りすることなく集中し、読了しました。著者はインタヴューに答えています(『海外作家の文章読本/海外作家の仕事場1999』:新潮社)。読み切るのが惜しくなるような思いをもたらすのは、高いレベルの文章と作家の知性である。読者をそうした感情に導き、好奇心を刺激するのが語り口である。求心力となるのは物語の構造であり、どこか建築と通 じる。
建築であるからには、たった一カ所の手抜きが致命的な欠陥となり、大人を満足させる商品ではなくなってしまいます。見かけはスタイリッシュでも、実は手抜きだらけ、その場しのぎ、子供だましの欠陥住宅で暮らせない人は、基礎がしっかりし、機能美も考えられた部屋で一度くつろいでみるといいかもしれません。
私の印象に残るのは、アムステルダムの街の描写(とてもよく雰囲気が伝わります)と、最後に行くところが皮肉であれ、アムステルダムであるということです。
『オランダモデル/制度疲労なき成熟社会』(日本経済新聞社)の著者である長坂寿久氏は、尊厳死ができるという理由だけでも、オランダは永住したいと思うに足る国だと思った、と書いています。
また、『トレインスポッティング』(アーヴィン・ウェルシュ著:青山出版社)でも、主人公のレントンはラストでアムステルダムに向かいます。
それぞれ行く意味合いは異なりますが、なぜかアムステルダムはそういう包容力のある街なのです。
つまり、アムステルダムに行きたい。
安斎あざみ
紙の本
構成や文体、結末…登場人物の職業に至るまで、様式の美を重んじた英国らしい文学作品。
2001/01/17 01:10
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投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る
セレブリティの秘められた生活に興味を抱く人は多い。
特にこの小説が出版された英国では有名人のゴシップ紙があるぐらいだから、ロイヤルファミリーを頂点として、インテリ層、労働者、移民などと未だに階級意識が残る社会における“スキャンダル”への渇望は、美智子妃や雅子妃の帽子やスーツ、宮中晩餐会のメニュー等に対する私の関心の比ではないことがわかる。
表の生活で地位や資産、人に誇れる家族などを手にして輝いている人間が、裏の生活では、異常な性癖やみっともない持病、隠滅したい過去や、殺意を抱くほどの人間関係のトラブルを持つ…という構図は、もう半ば定着したイメージにもなっている。
どこか違う社会の誰かの話という感じで、ミステリーを始めとする海外小説でそれを享受する読者の中に、一つの器が用意されているのだ。
ならば、ハーレクインやシドニー・シェルダンらの読み物と、1998年ブッカー賞受賞『アムステルダム』との差は何か?
言ってみれば、それは“様式美”ではないかと思う。“形だけ整えた”というニュアンスではなく、強い意識に引き摺られた“構成”と“文体”における独特の美意識だ。
一人の魅力的な女性の葬式に始まり、二人のくたびれた男性の葬式に終わるという設定。
一人の女性をめぐる作曲家・新聞編集長・外務大臣という三人のセレブリティが、彼女の死後、深く関わり合いながら、持っていたオーラを失いつつ静かに落ちぶれていくという残酷な設定。
作曲家は2000年紀を祝う交響曲を完成するインスピレーションを得ようと、湖水地方にハイキングに出かける。事件を目撃するが、自分の芸術の完成を優先させるため、面倒を避け知らんふりを決め込む。そのことで、記念すべき作品のクライマックスに神の祝福を受けられず、凡庸なものに終わらせる結果となる。
新聞編集長は、亡くなった女性が撮った外務大臣のあられもない写真をスクープとして発表することで、落ち込んだ部数の回復を図り、ジャーナリズム世界における自分の地位を不動のものにしようとするが、ワナにはめられ、地位を追われて読者から軽蔑されるような結果を招く。
外務大臣は、有能な夫人の機転でスキャンダルを先に公表して大混乱を避けるものの、首相にステップアップの夢は費えて、大臣の座も明け渡す結果となる。
文体については無論、原文でなく訳文で味わった感じに過ぎないが、短い文章でどんどん周りの景色が移り変わっていくドライブ感があった。バイクの後ろに乗せられたような印象。
登場人物の頭にパパッと明滅する事柄が、どんどん拾われていく。たとえば、作曲家が体力の衰えを意識して歩きながら、ハイキングのコースと交響曲をまとめようとしていくシーン、たとえば、新聞編集長が記事のリストを見ながら、その価値や効果をはかって明日の紙面を組み立てていくシーン。
そういえば、一人の女性の周りに配置されたコマのようなこの三人の男性たちの取り組む仕事自体も、どこか建築のような様式や美が重んじられるものではなかったか。
「知的に組み立てていく先は、やはり破滅しかないのだよ」とでも言いたげな結末は、取りも直さず、この作家が、ビクトリア朝以来の英国文学の伝統の系譜に拠っているという、もう一つのスタイルの美を重んじているようにも取れた。
紙の本
端正さが救う
2002/06/24 02:09
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投稿者:あおい - この投稿者のレビュー一覧を見る
とても端正に組み立てられた知的でお洒落な作品。あまりにも過不足なく端正な構成は、どうにも居心地の悪ささえ感じられるのだが、しかし、長篇ではなく、長めの短篇として考えるのなら、むしろこの軽さを可能にする贅力をまだ小説というメディアが有していることを確認できる好例ということができるかもしれないし、都市生活に生じた《プライヴァシー》という空間が生んだ娯楽という機能を、個人的発話行為の限界状況が単なる知的饒舌にしかならないデガダンスから救うのは、むしろこの慎ましさなのかもしれない。過激さを装った著者の処女作がモーム賞を受賞したのはその意味でまさに正しい。
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98年度ブッカー賞受賞作品。
昔の彼女(モリー)の葬式に集まった元彼たちの話。
変な小説だと思いながら、頁を捲る手を止められませんでした。
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ひとりの魅惑的な女性が死んだ。選ばれた男たちとの遍歴を重ねた途上
で。元恋人の三人が葬儀に参列する。イギリスを代表する作曲家、辣腕
の新聞編集長、強面の外務大臣。そして、生前の彼女が交際の最中に
戯れに撮った一枚の写真が露見する。写真はやがて火種となり、彼らを
奇妙な三角関係に追い込んでゆく。才能と出世と女に恵まれた者は、
やがて身を滅ぼす、のか。98年度ブッカー賞受賞作品
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ひとりの魅惑的な女性が死んだ。選ばれた男たちとの遍歴を重ねた途上で。元恋人の三人が葬儀に参列する。イギリスを代表する作曲家、辣腕の新聞編集長、強面の外務大臣。そして、生前の彼女が交際の最中に戯れに撮った一枚の写真が露見する。写真はやがて火種となり、彼らを奇妙な三角関係に追い込んでゆく。才能と出世と女に恵まれた者は、やがて身を滅ぼす、のか。98年度ブッカー賞受賞作品。
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Amazon.co.jp
プレイガールでならしたモリー・レインが、謎の退行性の病気がもとで40代にして亡くなり、集まった多くの友人や恋人たちは自分もやがて死ぬ運命であることを自覚する。高級紙「ジャッジ」の編集長ヴァーノン・ハリデイは、有名にして放埓(ほうらつ)な作曲家クライヴ・リンリーを説得し、安楽死協定を結ぶ。万が一彼ら2人のうちどちらかがモリーのような病にかかったときには、もう1人が死なせてやる約束である。この先、読者は『Amsterdam』(邦題『アムステルダム』)の結末はどうなるか―― 要するに誰が誰を殺すかという問題―― を考えながら読み進むことになる。 やがてモリーの恋人のなかでも最も有名な男、外務大臣ジュリアン・ガーモニーのスキャンダラスな写真が新聞社の手に渡り、さまざまな憶測のなかでガーモニーには罷免の危機が迫る。しかしこの後がマキューアンらしいところで、どちらかといえば不愉快な印象を与えるキャラクターのガーモニーが勝利を収める展開も不思議ではない。 イアン・マキューアンは卓越した小説の技巧の持ち主で、この作品は賞を総なめにしてもおかしくない。しかも、登場人物は次から次へとめぐらされる策略のなかで、妙に無機的な雰囲気を漂わせ続ける。
メタローグ
新潮社から刊行されるクレスト・シリーズで最も人気ある本作は、98年度のブッカー賞にも輝いた。冒頭のシーンは、モリーという恋多き女性の葬儀。そこに参列する彼女と恋仲だった、新聞の編集者ヴァーモンと作曲家クライヴの間に、いつしか男の友情が生まれ、お互いの運命を支配する奇妙な約束を取り交わすようになる。政治家のセックス・スキャンダルや、マス・メディアの行き過ぎた報道など現実社会の歪みと人間のエゴを浮き彫りにし、名作『黒い犬』などで見せた、辛口のユーモアと洗練された文章が、特異な性格の登場人物たちの人生を見事に彩る。この前年にブッカー賞を取り損ねた、秀作『永久の愛』の翻訳化も待たれる。(新元良一)
『ことし読む本いち押しガイド2000』 Copyright© メタローグ. All rights reserved.
内容(「BOOK」データベースより)
ひとりの魅惑的な女性が死んだ。選ばれた男たちとの遍歴を重ねた途上で。元恋人の三人が葬儀に参列する。イギリスを代表する作曲家、辣腕の新聞編集長、強面の外務大臣。そして、生前の彼女が交際の最中に戯れに撮った一枚の写真が露見する。写真はやがて火種となり、彼らを奇妙な三角関係に追い込んでゆく。才能と出世と女に恵まれた者は、やがて身を滅ぼす、のか。98年度ブッカー賞受賞作品。
内容(「MARC」データベースより)
一人の魅惑的な女性が死んだ。選ばれた男たちとの遍歴を重ねた途上で。元恋人の三人が葬儀に参列。だが、生前の彼女が撮った写真が元で、彼らは奇妙な三角関係へと追い込まれてゆく。ブッカー賞受賞作。〈ソフトカバー〉
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新潮クレスト・ブックスは、サイト(http://www.shinchosha.co.jp/crest/)でチェックしてみると、なかなかそそられる本ばかりで、魅力的。
あと、ソフトカバーなので、普通の単行本(ハードカバー)より小さめで軽くて、通勤読書族としてはありがたい。
ある女性の葬儀で、元恋人の二人の男性が彼女の死を悼み、静かに悲しみを分け合っていた。一人は作曲家のクライヴ。もう一人は大衆紙の編集長ヴァーノン。
そして、葬儀にはもう一人の元恋人、外務大臣のガーモニーもいた。
社会的にも地位を確立した3人の男たち。
一人の女性の死をきっかけにして、それぞれの人生が奇妙な回転を始める。
いつの間にかひきこまれている、というタイプの話で、話自体も大人向けの雰囲気。
サスペンスと言えるんだけど、こてこてのサスペンスでないところが好ましい。
大人の男の見栄とか、言い訳とか、欲とかが、なんだかリアルで、生々しいんだけど、文章は抑制がきいていてさらりとしている、そのバランスが絶妙。
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重い余韻を残す「贖罪」とはかなり違って、皮肉な味わいの小品。惹句にあったように映画化すればおもしろいだろう。冒頭で埋葬されてしまうヒロイン(?)の存在感が全編に漂っていて、これもまた「不在」と「喪失」の物語だ。既にないものにしか意味を見いだせない登場人物達が醜く愚かで哀れだ。
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イアン・マキューアンという名前のイギリスの作家が書いたイギリスが舞台の小説です。一人の死んだ女性と、その恋人だった3人の男性の関わり合いの物語です。
最後のぎりぎりまで題名の「アムステルダム」の意味が分からずに読んでいました。イギリスなのになんでオランダの首都が題名なのか、気になりながら、物語の途中のそこここに、そのヒントは散りばめられていたのに、それに気付かずに読み進んでいた自分の浅読みを読後に思い知らされました。読んでいる途中は、そんなに面白いとは思わないというか、よくわからず読んでいたのですが、読み終わってああそうだったのかという感覚が、かえって快い読後感になりました。オランダってやっぱり異質な国なのですね、イギリス人にとっても。
一筋縄ではいかない奥行きの深いイギリスの変態馬鹿男たちの立ち居振る舞いが、笑えると言えば笑えます。ビートルズにしても、英国王室にしても、多分似たり寄ったりの変態馬鹿男は跋扈しているはずです。私的には、他人事ではないとも言えなくもありません。一言でいえば変な小説です。いかにもイギリスです。お時間があればぜひご一読を。
(自分のブログから転載)
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“それぞれの過ちに―”
ロンドン社交界の花形モリーが亡くなった。痴呆状態で迎えた哀れな最期だった。夫のいる身で奔放な性生活をおくった彼女の葬儀には、三人の元恋人たちも参列。やがて彼らは、モリーが遺したスキャンダラスな写真のために過酷な運命に巻き込まれてゆく。
「悲しみだけのメロディーではなかった」クライヴ
英国を代表する作曲家。道徳性を重んじ、故人の意思を尊重しようとする彼は、見つかった写真が世間の目に触れないよう事を運ぼうとする。彼の思う、モリーが本当に望んだこととは一体何なのか。
「癌の万能薬というのは意味をなさない」ヴァーノン
辣腕の新聞編集長。厳格で仕事第一の彼にとっては、今回の事件は他に類を見ない特ダネ。周囲の意見を押しのけ、是が非でも写真を手に入れようとする中で、彼は旧友のクライヴとも対立を余儀なくされていく。
「われわれ全員がだまされていたんだ」ガーモニー
強面の外務大臣。次期首相候補であり、政権交代を間近に控えた彼は、自らの保身のためなんとあっても醜聞は避けなければならない。あらゆる権力を行使して写真の存在を葬ろうと画策するが。
イギリス文学の奇才、イアン・マキューアンによる洗練の極みの長編。一歩でも間違えば身を滅ぼす細い綱の上、果たして最後に笑うのは誰なのか。98年ブッカー賞受賞作。
そんなお話。
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イアン・マキューアン作品。初。(贖罪は、積読中)
「ああなるくらいなら自殺したはずだよ。」かつての恋人「モリー」の死に対するこの科白から始まる物語は、その言葉を自らが受けるように自殺(安楽死)させられることになる。
モリーの死の原因におびえ、二人は「自分が”ああなった”場合、安楽死させてほしい」という約束を相互に結んだ。だが、”ああなる”状態は、いかようにも解釈できてしまった。1つの行為が、「彼の正義感」とも、「彼の狂気による乱心」とも。そして、後者の場合…。
"自分が自分らしい自分であること"。これを他者に認めてもらうことができるのだろうか?「私のこの判断・意見は、自分の理性・感情から考えて間違っていない」ことを他者がそう考えてくれることは可能でしょうか? 見解の違いや意識の違いは、普段なら傷つけあうことがあっても、お互いを認めることができる。ただし、それは常であろうか? その”違い”を正確に判断できない場合、歪曲した場合、その人のその人らしさの否定にもつながるのではないか。ふと、そんなことを考えた。
クライヴ:「降りてきた神」をつかみ損ねたのかもしれない。あるいは、手が届かなかったかもしれない。神が手を差し伸べなかったのかもしれない。それを知ったときは、原因を作るしか逃げ道はないのでしょうか。静かに降りるしかないのでしょうか。
ヴァーノン:「本来公開しなかったもの」を、公開することによって、地位も仕事も失うことになった。どんな理由があれば、行為は正当化されるのだろうか。亡くなった彼女にとって。そして、非難したクライヴにとって。
二人は、それぞれの社会・世界で、他者の生き方・考え方を尊重できなかったのかもしれない。理解できなかったのかもしれない。その違いを。だから、それを狂気とみなし、”ああなった”とみなし、…。
ただ、生き残っていた場合、「ああなるくらいなら、…」、そんなことも思わせられる。
印象的なフレーズは:
★いい論点ですな。しかし、実世界では正義のシステムも人間的な過ちをまぬかれないものでして
★友人たちの多くは適当と見た時には天才カードを出して、一部の人間にどんな迷惑をかけようとも結局は崇高な天職の厳しさに尊敬を増すことになるという信念のもとに、いろいろな会合をさぼっていた
★探していた音楽が、少なくともその音楽の形を知る鍵が聞こえたのだった。天の贈り物だった。
★ジャーナリズムはある点で科学に似ている。賢明なる反対論によっても葬られずに、かえって力を得るようなアイデアこそ最上であるという点で。
★自分は疲れ、才能をしぼりとられ、年老いてしまった。
★ベルが鳴って、それから沈黙。去っていった。一瞬、あのかすかなアイディアは失われた。
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ある意味平凡で善良な一市民の2人が、「特筆すべきも無いが非道徳な行い」によって足元を掬われ崩壊していく様を、徹底的に削ぎ落とされた文章で綴っていく。
展開も着地点も読めないままに読み進めていくある種の緊張感は新鮮な読書体験だった。
音楽家の仕事ぶりだけはやたら綿密に描写され、だからこその(笑ってしまいそうな)ラストの衝撃は圧巻だった。よく練られている。
タイトルも含め機知に富んだブラックユーモア。
好き。