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商品説明
楽しみにしていてくれ。僕の臨終の時には、素晴らしい言葉を聞かせるから−。夫は妻に何を伝えようとしたのだろうか。綜合商社の役員・三村清太郎と妻・麻子は人も羨む仲だったが、その結婚にはある事故が介在していた。【「TRC MARC」の商品解説】
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紙の本
一途
2001/01/14 12:04
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:T.D - この投稿者のレビュー一覧を見る
河野多恵子さんの小説を読むのは初めてなので、この小説が、作者の作品の中でどのような意味をもつか、とか、どういった小説を書いてきた結果書かれたものなのかとかはわからないで、また、内容の予想もしないで読み始めました。
語られる時点が連想によるように、行き来し、人称も時々で変わる。主役は誰かと考えながら読んでいく。三村の気持ちが話を進めているとも感じるけれど、三村の仕事の事は、家族に影響する部分でしか出てこない。結局、作者の語りたかったのは、三村と言う夫婦の人生、この夫婦に限らない、登場してくる人たちの人生なのだろう、こういう人生がいいと思うでは単純すぎるかもしれないが、そういうことではないのかと思い始めた。
お互いに、悪い意味ではなく、いたわる意味で言いたいことを言わないで、しかし、分かり合って生きていく三村夫妻の相手に対する一途さ、一途になれる相手があればこその、人生に対する一途さ、誠実さ。昭和30年代の復興期から、高度成長時代、バブルの始まりと終わりまで、個人生活の視点から、時代の流れも良く描かれている。
一途に思える相手のいなくなった悲しみと、守れなくなりそうになった事もあったけれど、守り通した、相手へのいたわりの気持ち、「自分の臨終のときにすばらしい言葉をいう」、という果たせなかった約束、いろいろの気持ちを、さりげない行動の描写だけで表現した、最後の場面まで、一気に読む事のできる時間によんだほうが、より強く、いくつもの人生を感じることのできる1冊であると思う。
紙の本
どんな夫婦にもある二人だけの領分を描き切った佳品
2001/02/19 12:29
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る
一組の男女の結婚にいたるいきさつから死別までを淡々と静かに描きだした良質の小説である。
河野多恵子氏の作品は『みいら採り猟奇譚』しか読んだことがなかったと思うが、いかにも谷崎潤一郎の香りを受け継いだ作家らしく夫婦の性愛をきめ細やかに表現し、人間存在の本質を浮き彫りにしていくような感じで、たっぷりと堪能した記憶がある。
『秘事』というタイトルから、ドキドキするような官能的な夫婦の睦み合いを想像して読み始めたのだけれど、そういう特殊な 生活ぶりではなくて、心身ともに健康で経済的にも社会的にも恵まれた男女の暮らしの中で、他人にはわからない夫婦二人だけの事どもを描き切ったところに、大きな驚きがあった。
夫の方は、大手総合商社の常務までのぼりつめた勤め人である。夫婦はともに関西の大学を出て、シドニー、ロンドン、ニューヨークというエリートコースの駐在生活を経て、東京でのすまいに落ち着いた。
二人の息子に恵まれ、二人とも一流企業に就職して、品のいい妻をめとり、各々二人ずつの子に恵まれる。
職業は異なるけれど、本や音楽に親しみ、寄り添うように暮らす夫婦ということで、『妻と私』の江藤淳夫妻、『夫の遺言』の遠藤周作夫妻と似たような雰囲気の生活環境なのかなと頭に浮かんだ。
ノンフィクションであるその2冊が、「後追い自殺に至る理由」と「凄絶な闘病」という特別な夫婦の在り方を描く結果になったのに対し、この小説は、たとえば映像化でもしようか…と思わせる波瀾や起伏がない。
ある意味では、それが文学でしか書けないものを書き、それゆえ文学的価値に結びついているのだなと思わせる。
次男の結婚式に出かけようという朝、その次男に「おふたりは僕の最も好きなご夫婦なんですよ」とまで声かけられる理想の夫婦。二人にとって唯一のキズは、妻の頬にうっすら残るキズそのものである。
結婚を意識した大学卒業前の二人が、あるデートの朝、待ち合わせの時、交通事故に見舞われたのだった。7針縫うキズを顔に負った女性と結婚することを、男は母から「自分のおとこ気に酔うてなさるのとちがいますか」と言われてかっとする。
夫婦の間では、事故の話はずっとなしで何十年もの生活が重ねられていく。
ひたすらに結婚したくてしたのであって、おとこ気や責任感などというものはみじんもなかった−−と、男は妻にずっと伝えたいと思い続けている設定なのである。
恵まれた理想のカップルの間の翳りは、ほぼこれ一つである。
生活苦も性格の不一致もなく、どちらかが異性関係や暴力、賭け事で相手に苦労をかけることもない。息子の非行ですったもんだすることもなく、老いた両親の介護に心をいためることもない。大げんかになる種がない夫婦。小説としての面白味には欠ける関係かもしれないけれど、平穏であることを退屈ながら有り難いと思って日々を送る人は少なくないと思う。
性格や食べ物の好み、くせなどを丁寧に拾って描くことで小説世界が築かれることの妙に、すっかり感心させられた。
紙の本
不思議な小説
2001/09/10 15:42
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:我が名は虎之介 - この投稿者のレビュー一覧を見る
全く不思議な小説である。30代後半の私が読むには少々早い気もしたが、読み進むうちに主人公夫婦に親近感や羨望にも似た思いを抱いたのも事実である。
確かに、安原氏の書評にある通り、「何も起こらない」物語である。ある意味で凡庸な夫婦のあり方が、ただひたすら普通に描写されていくだけなのだ。
私は河野氏の他の作品や文壇での活動には無知なので、それらと結びつけた安原氏の評価には判断は下せない。が、確かに取り立てて面白いドラマもないこの小説に、何とも心穏やかに、同時にしっかりと惹きこまれてしまったのも事実である。
とにかく、殆ど一気に読みきってしまったが、安直な期待感で引きずっている訳ではない。
結局この小説に対する評価や感想の差は、主人公の夫が遂に妻に打ち明けずに終わってしまった「秘事」をどう感じるか、これに共感できるかいなかの差ではないのだろうか。
最初にそれが何物か分かった時には正直退屈な思いをしたが、作中時折覗かせるこのモチーフを繰り返し味わっているうちに、あるタイミングで不思議と共感できたように思う。
突拍子もない秘密や異様な心情ではない。主人公の言葉を借りれば、「上天気の日に、傘は要らぬとはわざわざ言いませんわね。」この「言わない」ことへの拘りと、でも確かに伝えておきたい(おきたかった)という全く個人的なジレンマに頷ければ、この小説は素晴らしいと思えるのではないのだろうか。
読後感が良く、しかも相当にユニークな存在感のある一冊である。
紙の本
さらりと、しかも濃密な、まったく新しい恋愛小説の誕生
2001/02/01 18:16
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:野崎歓 - この投稿者のレビュー一覧を見る
学生時代のサークル活動を通して知り合った、関西生れ、関西育ちの「三村」と「木田さん」。二人が結婚してから、死別するまで、昭和三十年代前半から現代にまでいたる長い時間の流れをとおして互いに育み続けた、夫婦間の変わらない愛を描き出した長編小説である。
「変わらない愛」などという大雑把な呼び方は、しかしこの小説を形容するのにふさわしくはないだろう。一見ごく淡々と、穏やかな夫婦のたどった歳月をつづったこの作品は、世の夫婦仲に恵まれた夫婦ならば日々味わっているたぐいのあくまで平凡な幸せを、透徹した文章で織り上げていこうとする。だが「平凡」な装いとはうらはらに、人生の深い事柄がいかに豊かな感情のひだを隠しているか、いかにかけがえのない意味を含んでいるかを、河野多惠子の文章は冷静で細やかな筆致のもと、実に鮮明に伝えて見せる。落ち着き払った揺るがぬ境地を示しつつ、その陰に驚くべきエモーションと、官能的なエネルギーの沸騰がひしひしと感じられるのである。その結果、夫婦愛は決して真相を人目にさらすことのない〈秘事〉であるかのような、緊迫に包まれた謎と化して、いよいよ強くわれわれの興味をそそるのだ。
事実、河野多惠子はここで平穏無事な夫婦生活をサスペンスフルに描くという、これまでほとんど誰も挑んだことのないような難事に挑戦し、まんまと成功しているのである。自分の臨終の時には子供たちは席を外してほしい、と夫は予告する。それは妻に素晴らしい言葉を聞かせたいからだ、「うんと楽しみにしていてくれ。ほんとに、あんたのびっくりするような素晴らしい言葉なんだから。」そうした謎のような予告を随所に配する語りの巧みさは、読者の気持ちを決してそらさない。しかもこれまでに河野多惠子の作品をときに彩ってきたような残酷趣味やサド・マゾシズム的幻想はここではまったく拭い去られている。性的なことがらが直截に描かれることはなく、それがまた飄々とした日々の記述にそこはかとない緊張感を与えるといった具合なのである。有名商社のニューヨーク支店長となった夫と妻とのニューヨークの日々を描くくだりなど、ほとんど観光旅行的気楽さが文章に弛緩を招いているかとさえ感じられるのだが、それが一転して終幕の感動へと雪崩れこむあたりの息遣いは、まさに戦慄的なほどのみごとさだ。
ヒロインの顔の怪我、関西弁の柔らかさ、そして黄疸という病など、作者の長年親しむ谷崎潤一郎の世界を思い起こさせる細部に事欠かない。しかし何よりも、谷崎的「多幸症」を、現代日本のまったく平凡な一夫婦の生涯を通して描き切ったことに、大変な貴重さを感じるのである。 (bk1ブックナビゲーター:野崎歓/東京大学助教授・フランス文学者 2001.02.02)