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商品説明
不景気なご時世といいながら、隅田川を控えた向島は、芸者衆に若い妓が多く花街の元気に繫がっている…。25歳の土地っ子芸者と年上の情人を軸に、向島の花街に住む人々の日常を描く書き下ろし長篇小説。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
領家 高子
- 略歴
- 〈領家高子〉1956年東京生まれ。両国高校から、東京外国語大学ドイツ科に学ぶ。舞踊劇の創作等にも携わる。著書に「夜光盃」「ひたくれない」「八年後のたけくらべ」など。
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紙の本
花街の母の子に生まれて
2001/09/05 17:04
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:たけのこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
向島(東京都墨田区)の花街を舞台に、25歳の芸者・芳恵と、55歳の和菓子屋主人・黒川が出会って恋に落ち、年の差を超えて結ばれるまでの物語。花柳界のシステムや、向島の街と人びと(=コミュニティ)が事細かに描かれている部分に、社会学のセンサーが反応する。
導入部からして、芳恵が美容院の行き帰りに、70を過ぎた三味線弾きの辰之助姐さんやら、その同居人のおばちゃんやら、おでん屋のおてるさんといった向島高齢社会を代表するかのような婆さん連中にいちいち呼びとめられて、愚痴をこぼされるのがおかしくてたまらない。清元の三味線弾きだった芳恵の母は、父の名を告げることのないまま数年前に死んでしまった。芳恵は顔見知りばかりのこの街で生まれ育った、花街の子なのだ。
しかし芳恵の高校時代の同級生は大学院生だったり、外資系企業の秘書だったり、彼女に思いを寄せていた木村はいまや財務省の役人であったりと、ちょっとした進学校の出身でもある。三味線が好きで成績もよかった芳恵は、担任の教師から芸大受験をすすめられたが、病弱の母のことを思って、高校を卒業するとすぐに半玉(=芸者見習い)に出た。
それきり会うことのなかった財務省の木村に、芳恵は偶然お座敷で再会する。木村から携帯の番号を渡され、連絡を待つといわれた芳恵は、すこし心が動く。ところがその直後、客の黒川に見そめられ、一泊旅行のドライブに誘われると、自分でもうまく説明がつかない気持ちで、それを受けてしまう。55歳とはいえ「日に焼けたスポーツマンタイプ」の黒川は老舗の三代目、大学と大学院で哲学を専攻したインテリでもある。妻に先立たれているので、不倫ではない。
木村と黒川は、かたや官僚制、こなた都市ブルジョアジーという、近代東京の二元的社会構造を象徴しているかのようでもある。二人のあいだで揺れる芳恵。黒川との一泊旅行をひかえた出発前夜に、芳恵は衝動的に木村を呼び出すが……。
この小説、メイン・ストーリーは芳恵と黒川の恋愛であり、木村を加えた三角関係なのだが、はじめに出てきた辰之助姐さんをはじめ、わきを固める人物にも、それぞれ独特の味わいがある。とくに後半に登場する運送屋のご隠居が、なかなかのくせ者だ。両国国技館の「5000人の第九」で歓喜の歌をうたう90歳のこの老人は、向島の歴史の生き証人であって、芳恵の生いたちの秘密も握っていたりする。黒川の品定めをするかのように、座敷で対決するシーンは、読みどころの一つだろう。
【たけのこ雑記帖】
紙の本
二十五歳、向島芸者芳恵の古風で新らしい生き方が新鮮です。
2001/10/02 22:16
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:近藤富枝 - この投稿者のレビュー一覧を見る
芸者さんや芸者町はもう東京から消えたかと思っていたが、『向島』により、まだ健在と知った。それどころか主人公の二十五歳の自前芸者芳恵がひどく古風な性格で、座敷着ももっぱら芸者だった母の着たものを使い、三味線一すじのがんばりやというのにびっくりした。今どきO・Lや大学生の女性にもこんな質実なやさしいひとはなかなかみかけず、現代のメルヘンかと思う。
芳恵は三十歳年長の和菓子屋の主人を旦那に持つが、そのゆくたちも芸者稼業にありがちな周囲の無理強いでない。彼女自身の選択で、高校時代のクラスメートでエリート官僚の木村の愛を選ばずに、芸者の道を続けるために旦那とりをするのである。
この作者は大へん性描写が品よく巧い。バージンであった芳恵がそのうちに開花していく姿が愛らしく描かれている。旦那の黒川は六年前に妻を失っていて、芳恵より年上の長男と、年下になる娘とがいるが、この子供たちもよく出来た人として登場する。
これ以上は本を読んでいただきたいが、芸者のなかのシンデレラみたいな芳恵なので、「私もなりたいわ」という女性が読者から出るのではあるまいか。
著者は向島に生れて育ち現在も住んでいる方。母なる人は八十歳近くまで現役の向島芸者だった。従って登場人物のワキ役のなかにも魅力的な人物を発見するのだ。ことに九十歳の沢本老人がこうした街の主(ぬし)のような風格があって魅力的だ。
父を知らずに育った芳恵は芸者という職業が、世間から自分を守ってくれるとりでであることを直感しているようだ。河東節(かとうぶし)を習い、それまでにも長唄(ながうた)常磐津(ときわず)清元、一中、新内などを習って、作曲を始めているヒロインは、自立の方向をしっかり見定めている。古いと思っていた芳恵が、実は現代っ子でしかもとびきりいい女だと思う小説である。 (bk1ブックナビゲーター:近藤富枝/作家 2001.10.03)