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商品説明
【三島由紀夫賞(第17回)】男は殺人未遂に問われ、中国に密航した。文化大革命、下放を経て帰国した男を匿う組織と蛇頭の抗争。30年ぶりに帰国した男が見た日本とは? そして、幼くして別れた妹の行方は? 『文学界』連載に加筆して単行本化。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
矢作 俊彦
- 略歴
- 〈矢作俊彦〉1950年横浜市生まれ。コピーライター、漫画家などを経て、執筆活動にはいる。98年ドゥマゴ文学賞を受賞。著書に「夏のエンジン」など。
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著者/著名人のレビュー
殺人未遂に問われ、中...
ジュンク堂
殺人未遂に問われ、中国に密航した過去を持つ彼は、30年ぶりの日本に何を見たのか。
紙の本
そして、改めて未来を見つめなおす旅に出ようではないか
2004/08/20 00:03
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る
若い人は「この『ららら』って何だ?」と訝るかもしれないが、僕らの世代なら一目で『鉄腕アトム』の歌詞の一部だと分かるし、「らららかーがーくうーのこー」と節をつけて歌うこともできる。ところが、そのおかげで僕はとんでもない勘違いをしてしまった。アトムからの連想で、これはSF作品だと思って読み始めたのである。30年前に失踪した主人公がタイムスリップしていきなり現代の日本に戻ってきた──そういう設定だと思い込んでいたのである。
実際には、学生運動のさなか、警官殺人未遂の罪を犯した主人公が中国に逃れ、そこで苦渋に満ちた30年を過ごした後に、密航して日本に帰ってきた、という設定である(従ってSFとは無縁)。いやはや、よくこんな設定を思いついたものだと感嘆するばかりである。
連続した時の流れの中にあって変化というものを捉えるのは至難の業である。作家はその流れを一旦断ち切るために、主人公に罪を犯させ中国に逃れさせた。そして、30年の後に主人公を日本に呼び戻し、現在との強烈なコントラストの中で主人公に30年前を振り返らせる。中国との強烈なコントラストの中で日本を見つめさせる。そして、日本を見つめなおす旅は日本を取り戻す旅となり、行き着く先は自分を取り戻す旅である。読者はその仕掛けの中にどっぷり浸かってしまって作家の術中に陥ることになる。見事な構成である。
僕らより少し年長の70年安保世代/ベ平連世代や中国現代史の専門家が読めば時代考証的に納得できないところがあるのかもしれない。しかし、なにぶんその当時小学生・中学生に過ぎなかった僕らの目からすれば、これはまるでルポルタージュを読んでいるのではないかという気にさせられるほどリアルである。そして、最後まで一貫して一定のトーンを維持するこの筆力。見事と言うしかない。
蛇足ながら書き加えておくと、この小説は「あの頃は良かった/今はダメだ」風の短絡的な物語でもないし、「あれは正しかった/これは誤りだった」みたいな独善的な作品でもない。登場人物は一癖も二癖もあるが、不思議に皆魅力的だ。
僕らは「科学の時代」を振り返ってみる──自分が今立っている位置を再度認識するために。この主人公ほど苦しい人生を送るのは無理でも、この小説を読めばその何分の一かは追体験できるはずだ。そして、改めて未来を見つめなおす旅に出ようではないか。
by yama-a 賢い言葉のWeb
紙の本
私たちはみんなウラシマタロウ
2004/06/02 16:05
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:野沢菜子 - この投稿者のレビュー一覧を見る
かつて戦前、戦中派による「戦争文学」というジャンルがあったように、68、69年の頃の「カウンター・カルチャー&学生運動文学」ともいえるようなジャンルが存在し、その厚みがどんどん増してきているような気がする。当時若者だった人たちがちょうど人生を振り返りたくなる年齢に差し掛かっているということだろうか。あの、世界中のあちこちで若者が右往左往していた、熱くてマヌケで祝祭的でゼツボー的だったあの頃を、この小説も振り返っている。
学生運動の中でひょんなことから警官を傷つけて、文革を学ぶべく中国へ密出国。彼の地で政治力学の渦に巻き込まれて南の僻村へ飛ばされ、棚田を耕しつつ過ごしてきた主人公が、蛇頭に金を借りて現代の東京へ舞い戻る。両親はすでになく、どこもかしこも様変わりしている。浦島譚である。いっしょに中国へ行くはずだった親友が、いまや裏の世界に顔のきく実業家になっていて、旅先のハワイから指示を発しては、金と権力を惜しみなく使って支援してくれるというファンタジー。主人公には年の離れた妹がいて、出国前にこの妹にプレゼントしたのがケストナーの「点子ちゃんとアントン」、妹がくれたのがヴォネガットの「猫のゆりかご」。ニクい小道具である。
越し方を振り返りながら東京を彷徨う主人公。中国の僻村でなにくれとなく助けてくれたのは、日本に留学経験もある知識人で、彼もまた、新生中国に夢を託して帰国したものの、文革の渦にもみくちゃにされたあげく上海を追放され、孫娘とともに農村で暮らしているのだ。利発で美人の孫娘はやがて彼の妻となるが、金を稼ぐといって出奔してしまう。
運命の巡り会わせでこうなってしまった自分の過去を振り返りながら、主人公は現代の日本に目を見張る。
読みながら、ふと、この主人公の視線に違和感のない自分に気がついた。時間の認識というのは面白い。30年という年月の経過を、頭では確かに理解できるのだが、感覚としては、30年前はすぐそこの手の届くところにある。30年前を思い返しながら周囲を見回すと、なんだかなにもかもウソのような気がしてくる。こういう感覚って、誰にでもあるのではないだろうか。みんなそんなことには知らんぷりで、ちゃんと「30年たってます」って顔をして生きているが、心の底のほうでは、「ええっ、うっそぉ、なんでこんなことになっちゃったわけ?」という思いが揺らめいているのではないだろうか。
めぐり合わせに流されるままに生きてきて、ふと気がつくと年月がたって、みんなそれぞれの「今」にいる。でも何かの折に「あの頃」に立ち戻って「今」を見てみると、なんだか呆然としてしまう。
ららら科学の子。見たよなあ、鉄腕アトム。あの頃の私から遠く隔たって今の私がいるのだけれど、その隔たりがなんだか実感としてつかめない。「人生」とか「時間」とかの納得のし難さ、それからくる哀歓をしみじみ噛みしめたくなるような、そんな読後感の小説だった。
紙の本
正統派とは、この本の事を言う。
2004/01/18 18:38
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:藝霧 - この投稿者のレビュー一覧を見る
手塚治虫の作品は、子供でも分かる物語の中に奥深いものがよく練りこまれている。それは時には深淵のように真っ暗なものだったり、晴れ渡った空のようなものだったりもする。例えば、手塚治虫がドストエフスキーの「罪と罰」を漫画化するに際し、本編には無い「学生運動」というスパイスをラストに練りこませた。
「ららら科學の子」はその「スパイス」に直にフォークを差し込むような作品だ。主人公が日本にいなかった30年間の間の出来事を、密入国で戻ってきた、すっかり変わり果てた東京から見つめる、曲がっているようで正統派な文学作品である。
ただ、若い人には予備知識が必要なので読むのがつらいかもしれない。
やはり主人公と同じ世代の方が数倍楽しめるし、著者のメッセージをより明確に受け止める事ができるであろう。しかし、それだけで読むのを諦めてしまうのには、あまりにも勿体なさ過ぎる程に奥深い。出回りが少ないので、書店で見つけたらと言わず、是非とも進んで見つけて読んで欲しい作品だ。
紙の本
矢作俊彦アンプラグド
2003/09/29 21:13
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:GG - この投稿者のレビュー一覧を見る
1968年という特異点から、その時点での現在を照射するという方法を、長編物語作家としての矢作俊彦はずっととってきた。作品を次のように並べることができるだろう。
1.『気分はもう戦争』
2.『スズキさんの休息と遍歴』
3.『あ・じゃぱん』
4.『気分はもう戦争2』
どれもそれぞれに面白いが、やはり『気分はもう戦争』が80年代当初の時代状況を鋭く切り取っていて完成度が高い。
さて、本書はこの系列の最新作である。主人公は、あの1968年の冬に、文化大革命末期の中国に渡り、30年ぶりに日本に帰ってきた男。68年の空気を深く刻んだ主人公=初老の「少年」が、現代の東京(主に渋谷)を遍歴し、いくつかの出会いと別れによって「成長」していく物語である。屈折したビルディングス・ロマンであり、青春小説だといえるだろう。
東京の町並みを極めて具体的に、固有名詞とともに叙述するスタイルは健在だ。
《宮益坂上の五叉路に抜けた。仁丹ビルはもうなかった。複雑な交叉点は、信号機によって完全に管理されていた。
青山通りのとっつきに、昆虫採集の専門店がまだ店を開けていた。ショーウィンドーに、工芸品のような捕虫網が飾られていた。古本屋とペットショップも残っていた。傘屋と帽子屋もあった。》
こうした描写から、庄司薫の「薫クンシリーズ」を思い出してしまった。ややマニアックな物言いになってしまうが、69年の新宿を舞台にした『僕の大好きな青髭』と、98年の渋谷を舞台にした本作品を対にして並べてみたい。女の子の役割と童話の本の登場させ方にも共通点があるといえる(童話が大事な役割をするのは『赤頭巾ちゃん』だけど)。どちらの作品にしても、東京の都市部に対して土地勘が利くと、読む楽しさがずっと増す仕掛けになっている。
読後感は、音楽に喩えるのがよさそうだ。圧倒的な演奏テクニックを誇り、ギンギンのエレクトリック・サウンドで飛ばしてきたロック・ギタリストが、初めてアコースティック・ギターに持ち替えて自分の好きなメロディをしみじみ唄っている印象である。終章近くのいくつかのエピソードは、本当に美しいバラードという感じで聞き取れた(ネタバレは好まないのでこんな感じで紹介に代えます)。
上に上げた作品について、1、2を強く支持してきた私だが、3、4には首をひねらざるを得ない部分があった。しかし、本書は手放しで素晴らしい。1,2とはアレンジが全く違うが、こういう矢作俊彦も悪くない。『スズキさん』ファンには絶対のオススメです。
紙の本
『アトム世代』が書いた優れた現代小説。装幀も素晴らしい。
2004/09/26 01:21
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ブルース - この投稿者のレビュー一覧を見る
50歳を越えた世代には、『ららら科学の子』という言葉を聞くと、テレビ放映された手塚治虫の漫画「鉄腕アトム」とその主題歌が憶い浮かんで来る。
もう半世紀も前の昭和30年代テレビ草創期に放送され、主題歌が『ららら科学の子』と歌われていた。この鉄腕アトムの放送は、全国の少年・少女の心を捉え、その主題歌も街のあちこちでよく歌われていた。
本書は、アトムが直接活躍するSF小説ではないのだが、タイトルとなっている『ららら科学の子』という歌詞が作中の何ヶ所かにレフレインのように使われていて、主人公の心象風景や置かれた状況を表わす象徴的な役割を担っている。
心憎いばかりの巧みなタイトルの付け方と言えよう。
ストーリーは、1968年の大学紛争の最中、警察官を負傷させた主人公が指名手配をされるはめになり、当時文化大革命の渦中にあった中国に渡り紆余曲折の結果30年も奥地の農村に抑留され、闇のルートで日本に帰国すると、その間祖国は大変貌を遂げていた…という一種の浦島譚と言うことができる。この小説の肝は、主人公が脱出する前の日本と30年を経て、目にした日本の変貌ぶりにある。随所に、主人公の戸惑いが時にシリアスにまたある時はユーモラスに描かれている。例えば、主人公が日本を脱出する時に、建築中であった建物が30年後に訪れてみると古びて廃屋同然になっていたシーンや、プロ野球の讀賣ジャイアンツの長嶋選手が、後年監督になってチームを優勝に導いたことに驚くシーンなどは読んでいて過去と現在が混在し、眩暈に似た感触に襲われる。本書は、このように東京という大都会の変貌を描く優れた都市小説として読める一面も有している。
他方、本書は、ハードボイルド小説の面も持ち合わせていることも言わなくてはならないであろう。冒頭、主人公が中国のマフィアの手引きで日本の伊豆半島沿岸に密航し、隙を見てアウトローたちから逃れる条りは、まるで映画を見ているような緊迫感とリアリティがあり見事である。その後、主人公は東京に出て来て、学生時代の親友に匿われるのだが、この親友も裏稼業に手を染めており、やがて主人公も暗黒世界に巻き込まれていくことになる。もともと、この作家はハードボイルド小説を得意にしていて、冒頭から練達の筆力を感じさせる。
ハードボイルド小説と言えば、孤独な影を引きずるヒーローに、翳のある女性が登場して翳りのある愛が描かれるものと相場は決まっているが、本書も屈折した恋愛を描いた小説としても読めることも付言しておこう。
ラストで、主人公は、以前に袂を分かった妻との再開を果たそうと決断するのだが、主人公の行く末は読者の想像に委ねられており、深い余韻を残すようになっている。最近の小説は、何もかも描写され尽くされていて、読者が想像を入り込ませる余地が無くなっているものが多いが、本書はそのような無粋な小説とは一線を画している。
最後に本作の装幀について一言付け加えておきたい。この小説は、カバーの基本色は紫、帯の色は銀色となっている。人目を引く色の組み合わせだが、時制が行き戻りして進み非日常的な世界を描いている小説に相応しい装幀と言える。ユニークなのは、カバーの上から4センチほどのところに、窓のような穴が穿たれていて、そこから鉄腕アトムが飛び立つ漫画の一こまが見えるようになっている。さらに、カバーをめくると、ハードカバーは暗い桃色になっていて、その一面一杯にアトムの漫画が描かれている。よく見ると、漫画の吹き出しが中国語で書かれていて、何とも凝った装幀である。小説のマスターキーとなっているアトムの漫画を上手く用いた優れた装幀に脱帽。
紙の本
思いがけなくリアル。
2006/11/08 09:26
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ひろし - この投稿者のレビュー一覧を見る
「ららら科学の子」というタイトルと表紙の鉄腕アトムの原画を見て、SF系の物語を想像してしまうのは私だけでは無いと思う。ただ、御茶ノ水博士が中国語を話してるのが、気にはなるところであるけれど・・・。果たして物語は、SFとは、全くかけ離れた物であった。
学生運動が吹き荒れた60年代。一人の男子学生が、警官に大怪我を負わせて逃亡する。革命を学ぶ、という大名目を掲げて中国へ渡るが・・・そこで待っていたのは電気も無いような田舎での、半軟禁状態での日々だった。男はそこで年老いて行き・・・30年の月日が流れる。文化大革命を経験し、日本へと密入国で帰ってきた男。そこで見たものは・・・。
もし、自分でこういう物語を書こうとしたら、どんなテイストの文章を連ねるだろうか。きっと、恐ろしく発展した社会に恐れおののく主人公を描きはしないだろうか。本書を開いてまず驚いたのは、主人公の冷静さ。変わった世の中に驚くのではなく、逆に自分の知っている場所があることに動揺を示したりする。携帯電話や車載ナビゲーションシステムに、「あの頃見た未来が形になった。」と驚きを見せるものの、「だけど少しづつつまらない。」と冷静に判断しみてみたり。このようなシチュエーションにおいて、目を丸くして文明の発達に感極まる!なんてのは実はそれこそ物語の中だけの事であって、実際はそのようなものなのかもしれないな、と妙なリアルを感じてしまった。また時折現れる不思議な女子高生が、灰色の世界のまさに紅一点となっており、物語中の強いアクセントとなっていて非常に効果的に使われていた。
戸惑い彷徨い、悩み苦しみ傷ついて。男はこの30年を見つめなおし、今ある自分を見つめなおし、一つの道を選択する。その道とは。
この手の物語は、読めば読むほどに味わいが増し、新しい感覚に驚かされるもの。久々に「再読」の必要のある本に出会った。