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商品説明
ボクシングは麻薬だよ…。獰猛なボクサーの光る背中を見て、トレーナーが呟く。ボクサーはサンドバッグを打ち続ける…。ひとりのトレーナーを通して、ボクサーたちの激しくも純粋な青春群像を描くノンフィクション。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
黒井 克行
- 略歴
- 〈黒井克行〉1958年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。『週刊新潮』『週刊文春』等で取材記者として活躍。
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紙の本
伝説がここに生まれた
2003/11/19 19:11
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投稿者:銀でぶ - この投稿者のレビュー一覧を見る
ヨネクラジムといえば、柴田国明・ガッツ石松・中島成雄・大橋秀行・川島郭志の5人もの世界チャンピオンを輩出した名門ジムである。日本チャンピオンでいえば、40人を超す。
通常、ボクシングジムの門を叩こうかというような輩は、ストリートファイトなら敵なし、誰にも負けなかった、というような腕に覚えのある者が一般的である。その腕自慢達が、血反吐を吐くようなトレーニングを積んで、ようやく、プロテスト受験にこぎつける。しかし、ここであっさり、ライセンスを得る者は一握りである。多くの者は、何度も受験し、結局、去っていくことになる。
そのプロテストをパスした者もいわゆる4回戦ボーイとして、前座試合から始まり、連戦連勝して、6回戦、10回戦と地道に登って、ようやくランキングボクサーとなる。4回戦止まりの者、6回戦からは1勝もできない者、そうしたボクサーたちは、人知れずその世界から去っていく。
こうして、生き残ったわずかな者のみが、タイトルマッチへの出場が許される。日本チャンピオンといえど、それは遙かなる頂なのだ。
ヨネクラジムをトレーナーとして支えた松本清司は未曾有の数の若者を、その奇跡の階段の頂上へと誘い続けた。
トレーナーといえば、エディ・タウンゼントが有名だが、エディは世界タイトルマッチ直前に臨時契約し、試合のセコンドを努め、多くの実績を上げた。
松本清司は、ジャブの打ち方すら知らぬ、やんちゃなだけの若者や、目的を見失った自暴自棄の少年を、イチから教え、チャンピオンにまで育てた。
本書には、その松本と若者達の熱いドラマが、これでもかと詰め込まれている。
松本は寡黙な指導者だった。ボクサーの、練習生の自主性を重要視した。ボクサー達は、強制されるのではなく、松本のもの言わぬ鋭い眼光に晒されて、その眼光に許しを請うべく、あるいはその眼光を跳ね返すべく、自らを極限までいじめ抜いた。
松本は徹底的に足を使ったアウトボクシングにこだわった。イチかバチか、カウンター戦法、インファイトを嫌った。それはKOで勝てるかもしれないが、同じようにKOで負けるかもしれない。そうした戦法のボクサーは、積み重なるダメージによって、後に何らかの傷害を負ってしまう可能性が高いからだ。ボクサーには、その輝かしいボクサーとしての時間よりも、遙かに長い引退後の、人間としての人生があると知っていたからだ。
やんちゃな天才児、辻本章次(日本ウェルター級王者)、忠実な学徒、岩本弘行(日本Jフェザー級王者)、すぐに引退しては復活した、古城賢一郎(日本Jライト級王者)、エリート街道から奈落の底に落ち、再びそこから這い上がった川島郭志(WBC世界Jバンタム級王者)……。こうした頂を極めた男たちと松本の交流は、激しく、そして限りなく優しく、読む者の胸を焦がすぬくもりがある。一方、そうした王者たちの影で、新人王戦で散っていった、あるいは新人王止まりだった、名もなきボクサーたちと松本との交流も、本書は丹念に掬い取っている。いや、むしろ、読む者が涙するのは、この名もなきボクサーたちとの交流の方かもしれない。
テンカウントといえば、ダウンしたボクサーに与えられる10秒の猶予のことだが、日本王者クラス以上のボクサーが引退する時に、リングの中央で浴びる10回のゴングの音、という意味もある。
平成6年11月12日、偉大なるトレーナー松本清司は、58歳の若さで逝った。胃ガンであった。
彼は人生のテンカウントを経て、ここにこうして伝説となった。