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逝きし世の面影(平凡社ライブラリー)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.4 105件
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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:2005/09/01
  • 出版社: 平凡社
  • レーベル: 平凡社ライブラリー
  • サイズ:16cm/604p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-582-76552-6

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紙の本

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

著者 渡辺 京二 (著)

【和辻哲郎文化賞(1999年度)】昭和を問うなら開国を問え。そのためには開国以前の文明を問え…。幕末から明治に日本を訪れた、異邦人による訪日記を読破。日本近代が失ったもの...

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逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

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商品説明

【和辻哲郎文化賞(1999年度)】昭和を問うなら開国を問え。そのためには開国以前の文明を問え…。幕末から明治に日本を訪れた、異邦人による訪日記を読破。日本近代が失ったものの意味を根本から問い直した超大作。〔葦書房 1998年刊の再刊〕【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

渡辺 京二

略歴
〈渡辺京二〉1930年京都市生まれ。日本近代史家、書評紙編集者などを経て、現在、河合塾福岡校講師。著書に「評伝宮崎滔天」「北一輝」など。

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みんなのレビュー105件

みんなの評価4.4

評価内訳

紙の本

美しき読書体験

2007/10/10 00:01

28人中、28人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:拾得 - この投稿者のレビュー一覧を見る

すでに多くの人に絶賛された本書について改めて述べることはややむずかしい。本書は、幕末から明治前半くらいまでに日本を訪れた異邦人(といってもほとんどは欧米人)による訪問記や見聞録をもとに、江戸という文明の再現を試みた著作である。
 「江戸ブーム」といわれるになって久しいが、江戸の扱い方・位置づけは意外に複雑だ。明治以来の「坂の上の雲」的な近代化をよしとする立場からは、江戸は停滞し否定・克服すべき対象であったことになる。一方、その江戸こそが明治以来の近代化の礎を準備した豊かさそして、「近代」でもあったとする見方も優勢になってきている。さらに、現代がまなぶべき江戸の知恵を汲み取ろうとする紹介のされ方も小さくない。
 本書はそのいずれの立場もとらない。江戸とはすでに滅亡した(させられた)「ユニークな文明」であったとするものである。それは、上に見た立場が、実利的な観点から江戸を評価・位置づけようとしているのとは全く異なるものである。
 同時代に来日・滞日した異邦人による記録を活用し、紹介・引用するものは少なくない。しかし、著者の徹底した姿勢は他を寄せ付けないだろう。未邦訳のものを含め、多数の記録に目を通し、さらにそれらを「親和と礼節」「労働と身体」「自由と身分」「裸体と性」「女の位相」「子どもの楽園」・・・といった具合に、人々の性向から、自然、信仰のあり方や自然や生物との関係性まで、ありとあらゆるテーマに分けて、その記述を再構成していることである。手抜きのない労作である。読者は個々の著者の個性に躍らさられることなく、再現される文明に接することができる(一部、日本人自身による回想録もある。有名なところでは『銀の匙』など)。
 理屈からいうと、「オリエンタリズム」や「ポストコロニアル」といった思潮が論壇・学界で欠かせないものとなった現在において、本書の評価もむずかしい(そのために著者はややくどい1章分を割かざるをえなかった)。しかし、一読者としては、本書は理屈なしに楽しい読書体験をもたらしてくれる。異邦人がかつて記したように、まるで「お伽噺」の国にいるような感覚を味わえ、あえてゆっくりと読んだものである。それは、時代小説・劇やドラマなどとは全く異なる体験であった。まさしく、本書の帯に記されているように「美しい国ならここにある」のである。
 読者は理屈はさしおいて本書の読書体験を楽しまれたい。子ども頃の絵本体験に近いものが得られるかもしれない。そして、そうして楽しめることこそ、いかにわれわれが「逝きし世」から離れてしまったことを実感されたい。

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紙の本

草なぎ剛「全裸で逮捕」の面影。

2009/06/12 23:57

20人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:和田浦海岸 - この投稿者のレビュー一覧を見る

草なぎ剛君の「全裸で逮捕」という件。
地デジのコマーシャルで、看板として、
テレビに出していたクサナギ君でした。


養老孟司著「死の壁」(新潮新書)に、こんな箇所がありました。

「同様に戦後消えていったものはたくさんあります。
お母さんが電車の中でお乳を子供に与える姿も見なくなって久しいように思います。肉体労働がフンドシ一丁で働かなくなったのはもっと前からのような気がします。かつては防空壕でも何でも夏の暑い時にはフンドシ一丁で穴を掘っていた。ところが今ではどんなに暑くても皆、ヘルメットと作業服を着ている。・・・
これは都市化とともに起こってきたことです。それも暗黙のうちに起こることです。世界中どこでも都市化すると法律で決めたわけでも何でもありません。それででもほぼ似たような状態になります。これは意識が同じ方向性もしくは傾向をもっているからです。
都市であるにもかかわらず、異質な存在だったのが古代ギリシャです。ギリシャ人はアテネというあれだけの都市社会を作っておきながら、裸の場所を残していたのですから。彼らにとっては裸が非常に身近だった。
誰もが知っているのがオリンピックです。これはもともと全裸で行っていた大会です。マラソンだって何だって全裸です。マンガや絵本のようにイチジクの葉なんか付けていません。スポーツに限らず、教育機関、当時のギムナジウム(青少年のための訓練所)でも皆裸でした。もともとギムナジウムという言葉は『裸』を意味していたのです。・・・」(p36~37)

日本の裸といえば、渡辺京二著「逝きし世の面影」の第八章が裸をテーマに取り上げておりました。

すこしそこからも引用。

「明治14年に小田原付近を旅したクロウが描き出すある漁村の夜景は、ほほえましい自然な印象を私たちに与える。『あちこち、自分の家の前に、熱い湯につかったあとですがすがしくさっぱりした父親が、小さい子供をあやしながら立っていて、幸せと満足を絵にしたようである。多くの男や女や子供たちが木の桶で風呂を浴びている。桶は家の後ろや前、そして村の通りにさえあり、大きな桶の中に、時には一家族が、自分たちが滑稽に見えることなどすっかり忘れて、幸せそうに入っている』。」

「ラファージが日光への旅で、ある茶店に休んだとき、『女の馬子たちは腰まで衣服を脱ぎ、男の眼もはがからずに胸や脇の下を拭いたりこすったり』した。・・・ラファージは馬子たちのはがかりのなさにはおどろいたかも知れないが、もともと画家であるから、裸体を怪しからぬものとは考えていなかった。『日本の道徳は着衣の簡単さによって一向損なわれないし、また芸術家からみるなら当然のことだが、法律にはいたって従順にできている民族に流れこんだ新しい観念が、これらの習慣(裸体をことさらに羞じぬ習慣)を変えて行くのは残念なことだ』と彼は述べている。」

ここも引用しておきましょう。


「徳川期の日本人は、肉体という人間の自然に何ら罪を見出していなかった。それはキリスト教文化との決定的な違いである。もちろん、人間の肉体ことに女性のそれは強力な性的表象でありうる。久米の仙人が川で洗濯している女のふくらはぎを見て天から墜落したという説話をもつ日本人は、もとよりそのことを知っていた。だがそれは一種の笑話であった。そこで強調されているのは罪ではなく、女というものの魅力だった。徳川期の文化は女のからだの魅力を抑圧することはせず、むしろそれを開放した。だからそれは、性的表象としてはかえって威力を失った。混浴と人前での裸体という習俗は、当時の日本人の淫猥さを示す徴しではなく、徳川期の社会がいかに開放的であり親和的であったかということの徴しとして読まれねばならない。アーノルドが『日本人は肉体をいささかも恥じていない』というように、彼らの大らかな身体意識は明治20年代まで、少なくとも庶民の間には保たれていた。・・・」

断片の引用は、もどかしいですね。
やっぱり、読んでもらうにこしたことはありません。
ちなみに、第八章は「裸体と性」となっております。

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紙の本

日本文化の見直しも弁証法の合のレベルに到達

2008/09/26 20:13

14人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:萬寿生 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 第一章を読みはじめた段階で、この本の趣旨と著者の見識が理解できる。色眼鏡をかけて物事を観察したり、特定の立場から事物を解釈したりはしていない。文化人類学や比較文化論の現時点までの進展を受けて、公平というか、明治以降現在までに失ってしまった、あるいは滅ぼしてしまった、日本の文化を、幕末から明治にかけて日本を訪問した西洋人がどのように感じ、どのように解釈したのか、を素直に再現しようとしている。そこには、当時の西洋や現代日本とは異なる、別な文化社会があった。
 日本近代史は自分達の歴史や文化の否定を繰り返してきた。しかし今や、特定の思想に染まらずに、公平客観的に見直せるようになってきているようだ。弁証法の正反合の合のレベルに到達したようだ。
 そのようた立場から振り返ると、滅ぼしたもの失ったものの多いことと貴重さに、残念な思いがする。そのようのものへの郷愁は深いものの、昔の環境へ戻りたいとも思わないのだが。全体を見渡せば、現代の生活から離れることはできない。生活の便利さ、快適さに差があり過ぎる。一方では、絶滅動植物種への思いと同じく、絶滅させる前に何かやり様があったのでは、という思いも強い。

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紙の本

異人たちから知る日本

2011/11/28 13:19

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ソネアキラ - この投稿者のレビュー一覧を見る

遅ればせながら話題のこの本を読んでみた。幕末・明治初期に日本を訪れた外国人の著作から当時の日本や日本人をさぐるというスタイル。どっかで覚えがあるスタイル。そうだ、小熊英二の著作『1968』のスタイルか。大森貝塚を発見したモース博士、ベルツ水や草津温泉など温泉の効能に着目したベルツ博士、日本を探検した女性版インディ・ジョーンズ(?)イザベラ・バードなどなど有名・無名の異人が書いた膨大な書物から情報を選んでリミックスする。

明治時代の日本の映像を見ると、なんだか別な人種のように思える。あるいは東南アジアなどの後進国と呼ばれる国へ行ったときに感じるような気持ちになる。同じようなものを当時の欧米の外国人は日本人に対して抱いていた。これはわかる。しかし、よく見ると、ステロタイプの日本、ジャポニスムではなくて、自分たちの文化・文明とはまったく異なるものがある。その驚きたるや。

以下ランダムに。

○当時の江戸は何百もの庭園があり、西洋の都市の成り方とは違っていた。目につくのは江戸城ぐらいで、木々の緑や草花に埋もれた都市。ソメイヨシノの発祥の地・染井村から駒込一体は巨大なガーデニングセンターだったとか。NHKの『ブラタモリ』のCG映像を思い浮かべる。

○職人はチープな道具ですばらしいものをつくる。視点のとらえどころが後の民芸運動と重なるところがある。

○ブルーカラー、ガテン系の男性の肉体と容貌が素晴らしい。

○道の真ん中に野良犬が寝そべっている。野良犬天国だったようで、刀の試し切りの絶好の的になっていた。

○商店などは女将さんが実権を握っていた。

中世は決して暗黒時代ではなかったと述べていたのは誰だっけ?フーコー?それにならえば、江戸時代は決して暗黒時代ではなかった。江戸東京博物館だったかな。長屋の原寸大展示を見たことがあるが、狭い、狭い。何もない。壁も薄くてプライバシーもない。ものも、金もないが、なぜか心は豊かな日々。よく笑い、草木花を愛し、物見遊山に興じる…。しかし明治以降は「脱亜入欧」を旗印に西欧に追いつけ、追い越せで、それと引き換えにさまざまなものを失くしてしまった。捨ててしまったといってもよいのだろうか。

内側からだとよく見えないが、外側からだとよく見える。異邦人からの眼でとらえた当時の日本、日本人は、改めて新しい。

なかなか生硬な文章ゆえなじむまでは骨だが、なじめば読むスピードもあがる。なんかタイトルで損しているような気もする。

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2012/05/04 21:08

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