紙の本
力作である。立場を越えて読んで欲しい。
2006/08/11 17:06
21人中、21人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:銀の皿 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「小児科医が足りない、産科が、勤務医が減っている」。。。ニュースにもなるこれらの現象を「立ち去り型サボタージュ」と名付け、医師の気力を減じ現場を去らせている原因、医療全体の問題に対する医師の立場からの意見を著者はこの一冊にまとめている。力作である。医療に現在問われている問題に対する鋭い問いかけの本であるとともに、「人であること」「社会に生きること」を医療という具体論からとりあげた優れた本にもなっていると思う。
「立ち去り型サボタージュ」という現象については、もちろん「できるだけ重大責任の少ない、楽な仕事を」と勤務医よりは開業医、外科よりは眼科、というような判断をする医師自体の問題もあると思う。それは例えば、「つらい」とすぐ仕事を変わろうとするというような、他の職業に携わる人たちにも共通する別の原因も感じさせる。しかし、人一倍の勉強をし、医師になりたいと医学部に入ってくる若者は「金」や「生きるための手段の一つ」ではなく「人を助けたい」「役立ちたい」という職業への思いが(少なくともなった当初は)平均よりも強いと思うのだがどうだろうか。さらに、医療には行政的にも、倫理的にも一つの大きな集団としての特徴があることも確かである。医師個人の問題にばかり帰することは出来ないだろう。
著者はこの本の前に「慈恵医大青戸病院事件」を著しているが、本書では問題をより普遍的に扱っている。慈恵医大の事件も含め多数の具体例も引き、医師としての著者の専門的視点から問題点を丁寧に論じていく。心情的な意見も、感情的にならず、しかし見過ごすことなく書き込まれているので、共感を持つにしろ、疑問をもつにしろ、冷静に読み、考えることができる。
医療を受ける側として読む方々には「医療者側にも真剣に考えている人がある」ことを知り、自らも反省することがないか批判受容力(本書には医師の能力としてこの重要性が書かれている。p92)を発揮して欲しい。医療に携わる方々には「良く書いてくれた」と思うだけに留まらず、ここから積極的に踏み出して欲しい。事件として扱う立場の人たちも、立場を越えて読んで欲しい一冊である。
「医療、病院、医師への過剰の期待」「事故の責任が個人に向けられる構造」など、論点は各個人の考え方から、市場原理や共通資本という経済学としての考え方、司法の問題、ジャーナリズムの問題まで多岐に渡っている。「立ち去り型サボタージュ」の問題点は、医療の現状が、真面目な医師の努力を評価する方向になく、そのために志ある医師が気力をなくしてしまっているのだということになるが、読み進むうちにこれは医師、医療の分野のみの問題ではないこともひしひしと感じられる。
何度か引用される「人は誰でも間違える」ものであるということ、「人は誰でもいつかは死ぬ」という事実。それらを誰もがきちんと理解すれはもう少し状況は良くなる、という著者の意見には賛成である。そして多分「それでも「自分だけは」と目をつぶって生きている」のが人間であるということも意識しなくてはならないだろう。そういうことを知ってもまだ、必ず「誰でも間違えるんだから自分だって悪くない」と言い出す人間はいるだろうが。。。
著者は「事故防止に医師に必要なもの」として「批判受容力」をあげているけれども、これもまた人は誰しも身に付けなければいけないものなのではないだろうか。そして、それがきちんと発揮され、受け入れられるための社会システムを考えていかなければいけないと思う。
少々厚めの一冊であるが、著者の真摯な書き方、熱意に助けられ、一気に読み通してしまった。是非、開いてみて欲しい。そして、立場を越えて対話し、歩み寄り、事態を脱する方向へ進めることを期待したい。
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「人は必ず死ぬ」という大原則により、医療は究極的には失敗するという基本を忘れがちな過大期待と安全コストの増大が引き起こす問題を、医療過誤と警察介入という現象をもって、過重負担にさらされる看護師/医師が臨終現場から次々「立ち去る」為に、特定科〜病院〜地域医療が五月雨式に崩壊する危機的状況は、講座連座制/厚労省/医師会だけでなく社会コンセンサスを含めた「社会システムの問題」であると警鐘をならす。
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医師の良心、とでも評すればいいのだろうか。現役医師の率直な意見の羅列に、正直感服した。医療界の現状、法曹界の現状、メディアの現状、それぞれを、著者の視点でしっかりと見聞きし、「自分はこの発言に関して責任を持つ」という意志を強く感じる文章に仕上げている。これだけ率直に物を語れる臨床家が今の日本にどれだけいることか。
社会学を志す者としても、非常に刺激的だった。本書の価値とは、著者の小松医師が、その目で見聞きしたことを丹念に検証している一点に尽きると思う。印象ではあるが、過去の大社会学者たちが営んできた研究とは、ウこうしたものであったと思う。ウェーバー然り、デュルケーム然り、パーソンズ然り……。それが科学的検証と呼べるものかどうかについては留保するとしても、それが「社会学」であることに異論はないだろう。臨床家としてのプライドと自信と良心が結実するところに、社会学が存在するのだと感じた。
最後に、患者の一人として、医師の多くが良心を失っていないこと、むしろその良心がなければ医師、特に勤務医として勤めることが非常に困難であることを知ることができたのは幸いだった。
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あちこちで高い評価を目にしたので読んでみた。ものすごく簡潔ないい文章にまずビックリ。内容はけっこう重くて考え込まされてしまう。
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医療は当然の権利なのか、
貴重な資源なのか。
患者が質のよい医療を受け続ける環境を作るためには、
何が必要なのだろう。
内容はあまりにも絶望的。
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医療がなぜ崩壊に向かうのかストーリーがしっかりと描かれていて、医師側からの最後通牒のような感じ。どの業界も多かれ少なかれやりきれない部分はもっているだろうが、医師はどう立ち向かうのか? 考えさせられる。また読みたい本
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世間の無理解と理不尽な要求、過酷な勤務にあえぐ現役勤務医の声をあますところなく伝えた医療崩壊のバイブル
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医療事故を題材に法曹、警察、マスメディア、英・米の医療、政治家、官僚、果ては民主主義、中国史まで話題を広げ、現在の日本医療が抱える問題の社会的背景に鋭く切り込んだ著書です。数多くの具体の医療事故及びその後の経過をベースに記述されており、著者の意見にはリアリティを感じました。
医師の世界ではかなり有名な本らしいですが、いつかは患者或いはその家族として医療に関わるという意味では、職業上医療に関係のない方にもお勧めしたい一冊です。
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一般論に逃げず、筆者自身の意見として、一切の責任を引き受ける覚悟で書いている点が非常にいい。内容も面白い。
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12月?
日本の医療機関がさらされている強い圧力として、医療費抑制と安全要求を指摘する。医療現場における問題点として医師の立場から指摘されている。医師と患者の間の考え方の齟齬がある。医師は、医療は不完全なもので、限界があり、危険を伴うことを知っているが、患者は、病院が100パーセント安全でき、保障する義務を負っていると考えている点である。そういう患者は、医者に対して過大な要求をするようになる。つまり、患者の権利意識の肥大化が発生してきている。また、こういった齟齬は、メディアを通して大きく拡大され、世論として形成されてしまう。医療訴訟になれば、裁判は患者の視点で進められる。そのため、なおさら医師の立場は弱くなり、士気が低下していく一方となる。また、医療に関して詳細をしらない警察の介入に関しても問題意識を持っている。民事事件が刑事事件化することにより、マスコミの報道を大きく受け、裁判の情勢が影響を受けることもあるといい、被害者もそれを利用するケースもあるという。警察の介入を受けるようになった結果、善意の治療も場合によっては犯罪となることが大きくなってきた。またそれに加えて、患者の過大な要求である。こうした中で、大学病院などの勤務医が楽で安全で収入の多い開業医にシフトし始める現象―「立ち去り型サボタージュー」が起きてきた。
感想は、医師が書いているだけあって、説得力があり危機感を感じながら読んだ。読み進めた当初は正直言って、医師の言い訳のようではないだろうかという懐疑的な目で読んでいた。しかし、患者の権利意識の肥大化の指摘を受けたときに確かに自分自身の中でも医療というものは完璧という幻想を抱いていたのかもしれないと感じたときに本に対する読み方がは変わった気がする。医療というものは、利益極大化原理に乗せられない以上、社会、世論、司法、行政様々な場面からの制度の見直しの必要性を感じた。このままでは医療の崩壊が進んでしまう。
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医療に対する、患者からの安全欲求、無知な警察の介入、マスコミの「世論」、厚労省の無知無策を、東大出身の医者の視点から鋭く切った本。
父に勧められて読んだ本。
ミスをすれば患者に攻め立てられ、医療専門知識もない警察には悪者と決め付けられて白状させられ、感情論に走るマスコミに攻め立てられ、現場に無関心の省に医療費は抑制されて、労働環境は最悪・・・なんて、医者や看護師はやってられないだろうな、と気の毒に思った次第です。
でも現状に嫌気がさした医者は、モチベーションが低下するために、あるいは、総合病院、公立病院を辞めて開業するために、医療の質が下がっているとなれば、他人事ではないと思いました。
また、批判する相手に関する知識や事情を汲まずに、一方的に批判すべきではないという一般的なことも、この本は主張している気がします。
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よく耳にする患者側からの医療事故問題ではなく医療者側からの真摯なる分析と問題提起。
中立的な立場では中々読みにくい本だけど勉強になりました。
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昨今ようやくTVなどのメディアでも医療現場(特に病院の産科・救急・小児科等)の危機的状況に関する報道がなされるようになってきた。しかしながら、医療制度全体の構造的危機を網羅的に記述し、かつ一般人の教養の範囲内で読める完成度の高い媒体は希少である。本書はその意味において、日本の医療制度の現状を多角的・客観的に分析し、具体的改善策の提示までも行なった非常に質の高い書籍である。
筆者は、現在の医療制度が抱える最大の問題は、「患者と医師の相互不信」にあると繰り返し主張する。そしてその相互不信は、必ずしも両者に対して等しい負担を強いているのではなく、医師の側に過剰な負担がかかっているとする。具体的には、医療に対する民事・刑事訴訟の増加やメディアの報道が相互不信を増幅し、医療の本質を理解しない過剰な要求(主に過去に遡及した他の選択肢の正当化)が現場を圧迫し、「勤務医の減少=立ち去り型サボタージュ」が生じているということである。
また改善策としては、中立の医事紛争仲裁機構及び調査機構、安全監督機構などの創設と医療そのものに対する社会の捉え方を変えることなどを挙げている。この改善策を理想論と切って捨てることは簡単かもしれないが、筆者の勤務先である病院で指針を策定したところ、その指針が当然のものとして受容されるに至ったという事実を振り返ると、まず重要なことは現実を見据えた全体の構想を分かりやすい指針として明示する(例え理想論だ!とかどうせ骨抜きだろうという批判があろうとも)ことが必要だろう。筆者が医療に関して多角的に議論する「医療臨調」の創設を提言しているように、まずは問題の適切な認識とその解決に対するグランド・ビジョンの提示が喫緊の課題だということだ。もちろんそれに付随して、勤務医増加等による医療従事者保護の水際的な対策の実行も必要だ。
本書を読んでいて、ふとブラック・ジャックを思い出した。ブラック・ジャックは法外な報酬と引き換えにほぼ完璧な外科手術を施術する医師である。彼の存在は、同時に金銭的または機会的な理由のために、彼の手術を受けられなかった患者が多数存在することの裏返しでもある。日本の医療は全ての患者に平等性を確保しようとしつつ、ブラック・ジャック的な治療を求められてきたという点で、その構造的崩壊は必然であったといえよう。
筆者は医療に対し市場原理を導入することに批判的であり、資源が限られ逃げ場もない閉鎖的な社会においては譲り合い・協調の精神が必要であるとする倫理学の主張を引用している。しかし、イギリスにおける医師流出やマイケル・ムーアが「シッコ」の中で描写した(「シッコ」の中では、米国内で医療を受けるより海外へ治療のためだけに渡航した方が安上がりであるという事実が提示されている)ように、グローバリズムの進行がいずれは日本を閉鎖的な社会から脱却させる(例えばフィリピンからの看護師輸入や臓器移植のための海外渡航などはその例だといえる)ことになるだろう。その時に、国家が供給すべきとされていた公共財・社会資本としての医療という位置付けをいかに変容させることで全世界的な医療資源の配分に対応していくのかが将来の課題だと感じた。
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大変興味深く読んだ。わたしたちは、まず医療は不確実なものであることを認識しなくてはならない。不老不死ではありえないことを納得しなくてはならない。そうでなければ医師は医療訴訟で犯罪者にされ、勤務医は病院から去り開業医となる(立ち去り型サボタージュ)。そうして医療は崩壊してしまう。産婦人科や小児科はすでに崩壊しているといえる。
裁判の問題、警察の問題、そしてマスコミ・ジャーナリズムの問題点にまで切り込んでいるところが興味深かった。記者の採用は、新卒はよほど質の高い文章を書ける者だけにして主に中途採用にするべきだとか、記事はフリーのジャーナリストから金を出して買えばよいとか。
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難い言葉が沢山で、ちょっと面倒臭い。言い回しもややこしいし。
でも、今の病院の状況がわかる。
増大する患者のエゴ。追い詰められる医師。
メディアは、患者の味方。
医療は万全ではない。
入院すれば 生きて出られるか屍となって出られるか だ。
『絶対安全』なんて…誰が保障できる?
医師も人間だ。看護士も人間だ。
だから間違うこともある。(間違って良いとは言わない)
情状酌量も必要だろう。
自分は、我侭な患者になっていないか?
総合病院崩壊を担ってないか?