投稿元:
レビューを見る
SF。
短い作品だが、なかなか面白い着想からスッキリとオチをつける展開といい、作品に込められたテーマ性の表現といい、まさに良作の名にふさわしい。
1940年の時点で、ここまでのSF作品が発表されていたとなると、20世紀のSF作家はさぞ苦労したろうなあ。
文章としては一人称小説で、主人公自身が状況を正確に判断していないところから、いわゆる「信頼できない語り手」であり、読み手はそこに書かれていることの何が本当で何が主人公の勘違いなのか、常に考えながら読めるのが楽しい。反面、主人公はちょっと頭が鈍い印象があり、短い作品なのに読んでいてじれったく感じる部分もあって、そこは残念だった。
投稿元:
レビューを見る
死からの逃避、あるいは恐怖の封じ込め。それはどこからしら理性の放棄という臭いがする。自らを騙すというニュアンスがあるのである。逆にどこまでも理性的に、恐怖に対する感情を突き詰めていったとしたらどうなるのか。本書ではまさにそういう物語が展開する、と言えるかも知れない。
それは読み始めた途端に満ちている。死が、である。しかしそこに満ちている死は、ただそこにじっと存在しているだけではない。動き回るのである。永遠の生として死が存在する。そこが不気味であり、恐怖の源でもある。
本書からは多分にボルヘスの怪奇譚に似た香りがする。それは個人的には、表と裏が入れ替わるような物語であることを意味するのだが、この物語の中では、その入れ替わりは鏡の中にするりと入っていってしまうような感覚で起こる。その予感は序盤から徐々に膨らんでいくのである。そして、その入れ替わりが何度起こったことなのか、そういう疑問がわいてしまうと、不気味さはより一層増すのである。
話は違うけれど、「去年マリエンバードで」という映画のことをずっと気にかけていたのだが、本書の始まりのほうでその避暑地の名前が出て来た時にピンときた。なる程、そういう繋がりだったのか、と池内紀の解説を読んで納得した。
投稿元:
レビューを見る
読んだ中では一番好きな南米小説。
私ってSF要素好きだったんだなぁ。
ボルヘスの大親友で共著も多いビオイ・カサーレス。そのボルヘスが序文を書き、「完璧な小説」と評したのがこの「モレルの発明」。'LA INVENCION DE MOREL'
故国ベネズエラから政治的迫害のために逃亡した男がたどり着いたのは孤島。無人島であるはずの島で男は奇妙な男女を目撃する。その島で行われていることとは・・・。
なんだか謎が多い小説。島の男女が徹底的に男を無視することから自己や、自己のなかの他者性など深読みしようと思えばどこまででも深読みできそうな要素が散らばっている。
単に奇怪なSF小説として読んでも十分面白い。
わたしはモレルの意味不明な発明品についてもうちょっと考えたいのでこの小説について書かれた論文を読んでからまた読みたい。あと、あとがき解説を読んで、モレルと男の「鏡像関係」もとても面白いと思った。
島に漂う暗い雰囲気が好き。
あと画家のレオナール・フジタの名前が出てきたのも、なんか嬉しかった。
映画「去年マリエンバートで」の元ネタにもなっているそう。
投稿元:
レビューを見る
[ 内容 ]
二つの太陽、二つの月が輝く絶海の孤島での「機械」、「他者性」、「愛」を巡る謎と冒険。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
投稿元:
レビューを見る
一人称の語りで、矛盾を含みながら日記形式で語られていく島での不思議な出来事。
何が事実で何が虚構なのか。
ラストに「私」がとる行動で物語の枠組みは崩壊し、我々読者の視線は奇妙に虚空を漂うことになる。
私が私として存在するとはどういうことなのか。
重いテーマと最後の「私」の選択の悲壮さとは裏腹に読みやすいのも良かった。
この雰囲気を映像でも味わいたいならブラザーズ・クエイの「ピアノチューナー・オブ・アースクェイク」を是非。
ストーリーを追うのではなく、映像の美しさを楽しめる方向け。
投稿元:
レビューを見る
あっという間に読めてしまう作品。つまり初めから終わりまで興味をそそられる作品。どういうことなんだろう?と先へ先へ進んでいく作品。SF的推理小説。
だから本当にとてもおもしろい作品である。
でも私は何か少し物足りなく感じた。あまりにも簡単に進み過ぎてしまう気がした。もっと引っ張ってもっと長くしてもいいように思った。
だって本当に構成も題材(内容)もスゴいのだ。
イマージュ、死(不死)、分身、愛情という感情。
提議している内容を普通に語ったらたぶん難しい学術論文になってしまう。それを小説として形にしているのだからスゴくて当然である。
私はこれを読んでこれまでも考えて続けていることをまたぶり返して考えてしまった。
それは『意識と肉体』について。延いては『死』について。
鏡や写真や映像といった本人を映しているにも関わらずそれは決して本人そのものではないという事実。
写真に映ったその人は写真として存在しているけれどその人そのものは存在していない。
写真の中のその人はその人であるがその人という実物ではない。
それは現実に存在するもの(=生きているもの)と過去に存在したが現在は存在しないもの(=死んでしまったもの)の対比に似ているように思う。
映ったそれは映されたものの過去の残像であり、過去の記憶の断片でしかない。
どんなに鮮やかに生々しく映っていてもそれは現実に生きているものにはならない。
平野啓一郎の『葬送』にもこれに通ずる似たような描写があった。
ショパンの姉が死んでいこうとしている弟を見て<生きている人間と死んだ人間>について考える場面がある。
現にいるというだけで曖昧さはない。証明も必要ない。
生きている人間の記憶は断片にはならない。
それは生きている人間は未来がありその未来にどんな人間にでもなり得る自由があるからである。
要約するとそういうようなことが書かれている。
どんなに生きているような映像であっても未来がなければ生きていることにはならない。
『モレルの発明』という本について感想はあるのだけれど、内容をばらさないように書こうとするとあまりにも複雑すぎてうまく文章にできない。
とにかく面白いからおススメとだけしか言えない。あとは読んでからのお楽しみ。
どんな人も楽しめる小説だと思う。
投稿元:
レビューを見る
語り口、描写のシンプルさ、使用されるイメージも好み。ただ、終盤にちょっと調子はずれの語りがあるのだが、あれはこの時期のラテンアメリカの流行りみたいなものなのかな?それとも主人公の矮小さを示すものか?
バートンは千一夜物語に自作の物語をこっそり書き加えた、というエピソードを何となく思い出した。そしてそのエピソードよりも詩的。
---
【メモ】
・「去年マリエンバートで」のきっかけになった作品らしい(未見)。
・マリエンバート繋がりでロブ・グリエも未読。
・テーマである不死性に関してイマイチしっくりこなかったら、「ボルヘス、オラル」を読んでみるといいと思う。
投稿元:
レビューを見る
・ボルヘス経由で知った。
・去年マリエンバートで、も気になっている。
・ロブ=グリエも読まねば。
・信用できない語り手もの。→日記もの。→分身もの・鏡像もの。
・孤島の実験もの。
・「未来のイヴ」の進化版。
・意外と滑稽でもある。
・生きていることの、魂の証明とは。
・レオナール・フジタの絵はぴったり。
投稿元:
レビューを見る
ボルヘスの親友だけど、カサレスのほうが現実的というかちょっと乾いてるというか論文的というか文学大好きで真面目そうな人だなーという感じ。でもやっぱりラテン人種、作品の根底には滑稽さもあり、主人公たちもしっかり欲しいものゲットしたりしている。
★★★
政治犯で亡命中の主人公が隠れ住む無人島。
しかし夜には謎の男女の一団が現れる。
彼らは主人公を全く無視し、翌日には完全に消える。
その中の一人の女性に強く惹かれた主人公は彼らの事情を突き止め、そして自分自身を幻の世界へ同化させる。
★★★
投稿元:
レビューを見る
『逃亡の果てに、ある孤島にたどり着いた「私」。しかし、そこは無人ではなかった。風変わりな人々が、宮殿で優雅な暮らしを送っていたのだ。「私」はその中で、ひときわ目を引く美女に心を奪われてしまう。追手の目を避けながら彼女と対面する「私」だったが、そこである奇妙な現象が起こる。それは、その島に眠る、ある発明の産物だった。』
ミステリー的でもあり、幻想的でもあり、そして最後は切なくもあり……すごく不思議な読書体験でした。
オススメ、という訳ではないですが、どうか読んで、解説してほしい作品です!
この本に隠されたトリックを、僕はまだ理解しきっていません。
投稿元:
レビューを見る
とても不思議な小説
ロビンソンクルーソーかと思ったらSFで、しかも極度に観念的なSF。
絶海の孤島で無限に繰り返される一週間というモレルの発明に”愛”を契機として巻き込まれる私。けど、ひょっとすると私がモレルだったのかも。
主体と客体の逆転、あるいは同一化。もしかするとその先には主体と客体(見るー見られる)の超克さえ意図する、という大それた野望すらあるのかも。
無限の回廊小説。似ている作家がちょっと他に思いつかないくらいオリジナルだし、すごい好き。
投稿元:
レビューを見る
これ、よかったです。上半期ベストくらいかも!!!
幻想的な恋物語かと思ったら、何、この、SF的解決は・・・?!
人間の内面は他人に知覚できない
↓
五感で外側から捉えられれば人間は現象していることになる
どーです、この、「モレルの(へ)理屈」ってば?
唯我論の裏側というより、外側にいるね、モレルってば。
でまた、仕掛けを知った私が取った解決手段も、
これまたなかなかエグくて・・・
幻想ものとSFとマジックリアリズムと恋愛ものがお好きな
あなたに(欲張った!)是非オススメしたい1冊です〜。
ちなみにデュラスの「愛人」の清水徹訳。
仏語屋さんが頑張った!愛情感じますね〜
投稿元:
レビューを見る
本の表紙に記された粗筋にはこうある。
「故郷ベネズエラでの政治的迫害をのがれて絶海の孤島に辿り着いた《私》は、ある日、無人のはずのこの島で、一団の奇妙な男女に出会う。《私》はフォスティーヌと呼ばれる若い女に魅かれるが、彼女は《私》に不思議な無関心を示し、《私》を完全に無視する。やがて《私》は彼らのリーダー、モレルの発明した《機械》の秘密を……そして《私》は自らをひとつの……」
この粗筋を読んだだけで、「もしかしてああなるのかな」という予想はつく。
物語はメタフィクション構造を持った叙述トリック作品と言ってもいいだろう(それだけではないが)。
叙述トリックということで、僕自身も「騙されないもんね」といった意志の元、「これはAAAだな」「いや、これはBBBだな」「もしかしたらCCCかも」と色々と推理しながら読み進めた。
僕に想像出来てしまうくらいなんだから、それらの推理は陳腐このうえないもの。
本書が発表されたのが1940年のことなので「まぁ、それくらいの時代だったらこれくらいの陳腐な叙述もあったんだろうな」的な態度で読んでいた。
そしたら作品のほぼ中頃あたりで、本書の語り手である《私》の口から、自分の目の前で起こっている不思議な現象は「もしかしたらAAAかも」「いや、これはBBBかも」「もしかしたらCCCかも」と語り出してしまった。
おまけに「DDD」「EEE」まで挙げた挙句にそのすべてを理論的に否定している。
この時点で、推理することは諦め、ひたすら「どういうことなんだろう」とワクワクしながら読み進めた。
他の方のレビューを読むと、割と早い段階でこの仕掛けに気が付いた方が結構いるみたいだけれど、頭の悪い僕なんか、全くわかりませんでしたよ、はい。
まぁ、そのおかげで最後まで面白く読み進めることが出来たけど。
ただ、この作品、謎解きだけがメインではなく、もしかしたらこの謎が解けた後がクライマックスになるのかも知れない。
そこには「存在」とは何か、という問題もあるし、「自己」とは何か、「他者」とは何か、「不死」とは何か、といった問題も出てくるだろう。
「愛」なんて問題も勿論出てくるだろうし、「この《私》の自意識過剰な思想はなんなんだ?」といった問題(?)も出てくるかもしれない。
最後の段落で「分散した存在」なんて言葉が出てくるが、このあたりを深く考えていくと、なかなかに哲学的な思考に陥ってしまう。
それと、後書き、というか本書の解説を読んで「ああ、そうか!」と思ったのは、実はこの本の構成自体がトリックになっている可能性があるということ。
この《私》が書き残した「日記」のような文章が主体となっている(つまり一人称の作品ですね)。
その「日記」をどこかの出版社が出版したものを読者が読む、という形式になっている(所々に出版社による「刊行者注」が載せられている)。
つまり「日記」「出版物」「読者」という三層構造になっているのだが、そのどれが現実でどれが虚構なのか曖昧模糊としているのだ(読者は現実か……)。
���小説なのだから、全ては虚構なのだけれど、「日記」にも「出版物」としての内容にも、小説上の現実感に揺らぎがあり、さらに《私》の存在、モレルの存在、果ては男なのか女なのか、といったところまで謎が残る。
さらに言ってしまえば「モレルの発明」は本当にあったのか、そもそもこの《私》の「日記」は真実なのか? といったところまで突き詰められるかもしれない。
一人称の作品なので、語り手自身が謎を解けなければそれまでだし、語り手自身が何かを隠そう、あるいは何かをねつ造しようとしている印象すらある。
読めば読む程に謎が出てくるのだ。
短い作品であり(200頁にも満たない)、難しい言い回しや単語も殆ど出てこないので、割とサササーと読み終えることが出来る。
だから軽い印象を受けるだろうし、いくつかの謎は解かれるので「なるほどなるほど、ああ、面白かった」で終わってしまう作品、と思われるかもしれない。
でもそれは表面をヒョイと撫でただけであり、実はもっともっと奥の深い、決して解かれることのない謎に満ちた作品、と言えるのだろう。
本書の序文であのボルヘスが「完璧な小説」と絶賛している。
「完璧な小説」かどうかは判らないが、最高に面白い一冊であることには間違いない。
投稿元:
レビューを見る
独白で綴られたこの小説は最初のあたりは、話の筋がよくわからなくて混乱する。
主人公も矛盾と向き合う。
そして徐々に明かされる真実そして適応。
小説の王道シークアンドファインドを踏襲しており、
自分とは存在とは人間関係とは精神とは
などといったことにいろいろな疑問をなげかてくる
好著。
偶然手にとって読んだが、思わぬ収穫。
投稿元:
レビューを見る
[関連リンク]
『モレルの発明』 アドルフォ・ビオイ=カサーレス epi の十年千冊。/ウェブリブログ: http://epi-w.at.webry.info/201005/article_3.html
完璧な小説「モレルの発明」: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/11/post-a2f8.html