紙の本
未来でも低劣で醜悪な僕たち
2010/01/03 13:01
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
新しい科学技術の生まれるところ、夢やロマンもあり、経済的効果もあるだろうが、また一方で挫折や裏切り、嫉妬、あるいは詐欺や失業もあるだろう。そういう負の側面、人間の陰の部分を描くのが、深みがあるとかカッコイイという見方があるのは分かるし、僕もそういう性向はある。だからといってそっちばかり注目するのはバランスを欠いているようにも見えるし、それが時代の閉塞感というものかと思ってしまったりする。
この短編集の中心となる表題作を始めとする数編は、遺伝子工学を題材にした連作で、遺伝子操作によって睡眠を必要としなくなるという技術がテーマ。これによって勉強あり仕事なりで普通の人間より優位に立つ人々が生まれるわけで、一種の超能力者テーマとも言える。陸続と現れる無眠人(スリープレス)の集団にへの期待と嫉妬、公平な競争ではないといった民衆との摩擦は、しかしまた近未来というより限りなく現代に近い、明日にも我々に突き付けられかねない、いやもしかすると既に向き合っている課題でもある。あんまり日常に近すぎて、暗部ばっかり見させられると暗澹たる気持ちにさせられかねない、危険な領域かもしれない。
「密告者」は、人類が進出した先の惑星の住民達の奇妙な共同体制度の物語。共同体の中で共有すべき現実が、個人を絶対的に縛るこの社会は、明らかに我々人類のカリカチュア。グロテスクとも見える極端な社会だが、一方で彼らが感じているのと同じような不安、抑圧の芽を自分の中にも見つけてしまう。これは相当に不気味な話だ。人間同士のコミュニケーションが密になるにつれて、必然的に向かっていく方向ではないかとさえ感じられる(もちろん作者はそのつもりなのか?)。こういった社会の暗い側がきらびやかなベールに覆われて描かれているのを見ると、なるほどSFというのはゴシック小説の子孫なのだというのが実感できる。
「戦争と芸術」異星人との大戦争における英雄たる将軍を母に持つ、"弱虫"な芸術家の話。そういう母親に対するコンプレックスを主題にしている上で、芸術品やガラクタをいっしょくたに収集しているという異星人の謎の延長にある、戦争の意外な行く末についてのオチも、そのまんまじゃないかと。これらのアイデアストーリーものと、無眠人もの、「密告者」の間には少し差がある印象。文章のスタイルは共通だけど、掘り当てたテーマの大きさが違う気がする。作者が世界に対して感じる危機意識や疎外感にシンクロできた読者にはいいのだろうが、あるいはそういうマーケットに対しては強力なんだろうが、若干のパワー不足も感じる。「密告者」のアイデアは長篇化して3部作になっているそうなので、そちらには期待できそう。
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帯にデカデカとヒューゴ賞とネビュラ賞受賞、と書いてあったので買ってみました。
この賞取ってらっしゃるとあまりはずれはないかな〜とか思っております。
この賞の受賞作だったからカード氏も知ったんですよね、実は。
中編・短編集だったので読み終わるまでにちょっと間が開きました。
表題の中編は面白かった、というよりは読み応えがありました。結局自分にとって面白いSFという作品は今現実にはあり得ない科学技術や空間を創造することがメインなのではなく、その世界や技術を駆使して生活する人間の心情や生き様を見せるってことなんだなあ、としみじみ思いました。
そう言う広い意味合いで言えば「私を離さないで」も村上春樹もSFだなあ〜とちょっと思ったりしましたよ。
ケイシーの帝国じゃあないですがSFというだけで不当な評価を受けている気がするのは主にうちの親がSFというだけで読まない、とか毛嫌いしているからに過ぎないんですけれどもね。
下手なミステリーや現代小説なんかより全然面白いのに、といつも歯ぎしりしております。
個人的には眠る犬が面白かったです。
そしてSFは訳によってその作品に入りこめるかどうかがものすごく変わるなあ、と思いました。翻訳者は大変だろうなあ…
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7つの中短編からなるナンシー・クレスという人のSF短編集。
中でも本書のタイトル伴っている「ベガーズ・イン・スペイン」はヒューゴー・ネビュラ両賞を受賞してるだけあって一番楽しめました。
他には、「ベガーズ・イン・スペイン」と世界観を共有している「眠る犬」や「密告者」、このあたりもお気に入り。
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日本オリジナル短篇集。7篇収録。
家族間に生じる相克も含め、社会の動きを追うことで、異質なものに対する人類の不寛容さをリアルに描いた表題作「ベガーズ・イン・スペイン」。
遺伝子改変により睡眠を必要としない“無眠人”として生まれたリーシャと遺伝子操作を受けなかった双子の妹アリス。
“無眠人”の社会的貢献により、“無眠人”“有眠人”ともに同じ人類として共存していけると無邪気に信じるリーシャには、アリスの「傷を負ってるときだけ、“あんた”のほうで姉妹になれるってこと」という言葉は理解できないものであったに違いない。まだその時は・・・・。
物語の最後で、アリスの底力を見せつけられたリーシャは、そこで初めて以前のアリスの言葉の意味を理解する。それとともに、生まれた時からアリスに対し抱いていたであろう、持てる者としての負い目からも解き放たれたのではないか。与えもすれば、与えられもするという人の関わり方へ思い至ったことが、ラストの明るさに表われているように思える。
2篇目の「眠る犬」は、表題作のある一時期を“有眠人”の少女の目から捉えた物語となっている。この作品もまた、少女の決意に希望が感じられる終わり方だ。
最後に明かされる隣人の正体に、老女の決意を思いっきり応援したくなる「想い出に祈りを」は、短いながら心に残る作品。
遺伝子改変によるバレエ・ダンサーの肉体改造をテーマに、二組の母娘の姿を描いた「ダンシング・オン・エア」。
人の道に外れる場合は別として、途中どんなにじたばたしたとしても、親というのは結局、子ども自身が行くと決めた道を進んでいくのを、やきもきしながら見守ることしかできないのかもしれない。アンナ・オルスンのような母親になりたくなければ。
Beggars in Spain and Other Stories by Nancy Kress
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遺伝子操作で、睡眠不要となった子どもたちの物語。優れた知能とほぼ不老の身体を持つことで、家庭や社会から羨望と嫉妬と差別を受ける。ミュータント物定番の展開ともいえるが、現代社会の問題点を活写して、なお重く暗い。自分とはさまざま性質の違う人たちに対して、人はどうしてこんなに不寛容なのかしらねぇ。
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よかった。表題の短編が特に良かった。
2作目の眠る犬の冒頭で子供が死んでしまったときには、読むのをやめようと思ったけど、狂乱の様子をうまくまとめていて、かえって感動してしまった。
表題の短編はプロバビリティー三部作になっているみたいだけど、評価が低いので読むの保留中。
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われわれを説明しているものは、われわれのなかの誰かである。ひとつの≪われわれの解説書≫に目を凝らす者達の間には、何かしらの同質性があるのではないか。われわれでない者達の解説を、われわれは受け付けない。これには、ある種の自己紹介的な特徴が現れる。アイディンティティとか呼ばれるものを崩壊させない程度の解説が必要なのだ。われわれには、われわれが、われわれ以外の何かを観察する時の「客観性」など求められていない。われわれ以外はバカなのだ。だからこそわれわれは、われわれが示す解説にのみ、妥当性を「感じる」事が出来る。
それはそれでいいのだが、危険なのはそれが一般化への過程を進む時であろう。われわれでないものが、われわれの「一般」の中で生きることは、われわれへの服従を意味する。
解説の妥当性云々を議論する前に、解説をする者は誰で、その彼がどんな権力を持ちうるか、どんな権力関係の中にいるのか、それを理解することを一歩としたい。
本書はそんな「われわれ症候群」(社会学に顕著な病)がもたらす未来を描いた作品である。遺伝子工学の普及した社会において、「われわれ」を規定する境界(=帰属意識、常識)が顕在化する時の混乱を警告することで、現代に顕在化していない境界線、われわれがわれわれの良心を保つために見まいとしている境界線の存在を問う。
妥当性は境界線の内側で形成され、一般化は境界を「侵害」しながら行われるのである。そして一般化は、「侵害」を可能とするような権力を持つ者達が、「妥当」と判断して、「良心」に基づいてするものなのだろう。
そして、良心に叶わぬ者達を「スペインの乞食(ベガーズ・イン・スペイン)」とわれわれは呼ぶようになるのだ。「なにもわかっていない」人間は用済みなのである。境界を越えたところに、階層の切立つ崖があるのだ。
「そんなことはあってはならない」、そう思いながらも、最大のディレンマは、われわれがわれわれであることを逃れられないことである。
われわれって言ったら負けなのかもしれない。
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短編(中篇)集
表題作「ベガーズ・イン・スペイン」はさすがにおもしろかった。
新人類として眠らない人間というアイデアが、なかなか斬新ではないでしょうか。
「ダンシング・オン・エア」も衝撃的な作品。
全部読み終わってみての読後感はどうかなぁ…。
おもしろいとは思うけど、あまり私の好みではないかなぁ。
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ナンシー・クレスのベガーズ・イン・スペインを読みました。遺伝子操作が可能になった未来を舞台にしたSF中短編集でした。表題作のベガーズ・イン・スペインは遺伝子操作により眠らなくてもよい体で生まれてきた子供たちの苦悩を描いた物語でした。不眠人は有眠人に比べて知能的に優れていることが判明すると、不眠人が迫害されてしまうという事態がおきてしまいます。その騒動に巻き込まれる人々が描かれています。それぞれの物語を読んだ感想は、わかりにくい物語たちだなあ、というものです。物語の舞台や語り手が頻繁に切り替わってしまうため物語が追いにくく、登場人物たちの描かれ方も読者の理解を助ける方向ではないように感じられました。私は通勤電車で何回かに分けて読んでいるので、物語のつながりが追いにくいと楽しめません。収録された中で、気に入った物語は10ページちょっとの短編「思い出に祈りを」でした。脳の記憶を捨てることで若さを保つことができるという技術が開発された世界で、主人公の女性は自分が生きてきた証を捨ててしまうことは自分の人生を捨ててしまうことだ、と考えて、記憶を捨てるくらいなら老いていくほうを選択するのでした。
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まぁ、SFだからと軽い気持ちで読み始めたが、空想の上に空想…しかも都合の良い空想を積み重ねた内容になってきたので途中放棄。感動など全然湧かないが、皆は何に感動したんだろう?子供が死ぬから?この本を読んで感動する自分に感動したとか。
つまらん
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ナンシー・クレスの短編集。ナンシーさんの書き物初めて読んだ。表題の『ベガーズ・イン・スペイン』と『ダンシング・オン・エア』がぐぐっときた。興奮するような物語ではないけれども、あっさりと社会風刺を折り込んでくるのがたまらない。
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なんとも今っぽい。社会問題とそれに関わっていく女達。
ただ、短編なのに長く感じてしまう冗長さがある。そして、読後爽快な気分にはならない。
今風の遺伝子、DNA改変ものとして肩肘張らず読めばいい。
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http://shinshu.fm/MHz/67.61/archives/0000360166.html
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ナンシー・クレスの日本オリジナル短篇集。表題作を始め、遺伝子操作を扱ったものが多い。
表題作以外では『密告者』と『ダンシング・オン・エア』が面白かった。特に『密告者』で描かれる社会制度が印象深い。
各短編がページ数の割に長く感じたのが残念。
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訳:金子司他、解説:山岸真、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、スタージョン記念賞、アシモフ誌読者賞
ベガーズ・イン・スペイン(金子司訳)◆眠る犬(山岸真訳)◆戦争と芸術(金子司訳)◆密告者(田中一江訳)◆想い出に祈りを(宮内もと子訳)◆ケイシーの帝国(山田順子訳)◆ダンシング・オン・エア(田中一江訳)