サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

ポイントUPキャンペーン  ~9/30

※0時~ 本の通販ストア OP 3%OFFクーポン(1019-23)

電子書籍化お知らせメール

商品が電子書籍化すると、メールでお知らせする機能です。
「メールを登録する」ボタンを押して登録完了です。
キャンセルをご希望の場合は、同じ場所から「メール登録を解除する」を押してください。

電子書籍化したら知らせてほしい

  • みんなの評価 5つ星のうち 4.2 6件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×
  • カテゴリ:一般
  • 取扱開始日:2012/05/17
  • 出版社: 岩波書店
  • サイズ:20cm/193p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-00-022921-0

紙の本

言葉を生きる

著者 片岡 義男 (著)

小説のための自分の日本語を、作家はどのように手に入れるのか。「好きな日本語」「世田谷の古書店」といったテーマで、揺らぎながら続く言葉と思考の実践の日々を綴る。『図書』連載...

もっと見る

言葉を生きる

税込 2,310 21pt

予約購入とは

まだ販売されていない電子書籍の予約ができます。予約すると、販売開始日に自動的に決済されて本が読めます。

  • 商品は販売開始日にダウンロード可能となります。
  • 価格と販売開始日は変更となる可能性があります。
  • ポイント・クーポンはご利用いただけません。
  • 間違えて予約購入しても、予約一覧から簡単にキャンセルができます。
  • honto会員とクレジットカードの登録が必要です。未登録でも、ボタンを押せばスムーズにご案内します。

予約購入について詳しく見る

ワンステップ購入とは

ワンステップ購入とは、ボタンを1回押すだけでカートを通らずに電子書籍を購入できる機能です。

こんな方にオススメ

  • とにかくすぐ読みたい
  • 購入までの手間を省きたい
  • ポイント・クーポンはご利用いただけません。
  • 間違えて購入しても、完了ページもしくは購入履歴詳細から簡単にキャンセルができます。
  • 初めてのご利用でボタンを押すと会員登録(無料)をご案内します。購入する場合はクレジットカード登録までご案内します。

キャンセルについて詳しく見る

あわせて読みたい本

この商品に興味のある人は、こんな商品にも興味があります。

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

このセットに含まれる商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

商品説明

小説のための自分の日本語を、作家はどのように手に入れるのか。「好きな日本語」「世田谷の古書店」といったテーマで、揺らぎながら続く言葉と思考の実践の日々を綴る。『図書』連載に加筆し書籍化。【「TRC MARC」の商品解説】

この著者・アーティストの他の商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

みんなのレビュー6件

みんなの評価4.2

評価内訳

  • 星 5 (2件)
  • 星 4 (3件)
  • 星 3 (1件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

二重言語の小説家

2012/07/13 12:33

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る

ちょっと変わったエッセイ集である。表題に『言葉を生きる』とあるように、自分と言葉のかかわりについて誕生から現在までを四つに区切り、通時的にまとめられている。自伝風エッセイと呼んでいいかもしれない。自伝風といっても、そこは片岡義男である。主題に関係のないアネクドートの類は一切切り捨てられている。ハワイ生まれの父は本土に渡り、いかにもアメリカらしい英語を身につけた人であり、母は日常的には関西弁を話すくせに片岡少年に対しては東京言葉で語りかける人、といった徹底的に言葉とのかかわりにおいてのみ読者の前に登場する。

日本を観光中の父が母と知り合い結婚する。戦時中のため母を連れて帰ることができず、二人は東京で暮らすことになる。片岡は赤子のときから父からは英語で、母からは日本語で話しかけられて育つ。その結果、そのどちらもが母語となる二重言語の人として彼は育つ。東京から瀬戸内に引っ越すまでの少年時代を描くのが第一部。

東京に戻った片岡は古書店でペイパーバックを見つけると買い集める。読むためではなく、そこにアメリカを感じていたからだ。大学生時代は、ビリヤードと古書店めぐりに明け暮れた。先輩の小鷹信光から翻訳してみるかい、と渡された一篇のミステリが彼の行く道を開いた。第二部の最後を飾る「美人と湯麺」がいい。片岡の小説のヒロインの原型がどこから来ていたかを明らかにする上出来のエッセイになっている。

第三部は、雑誌に文章を書き出した時代。テディというペンネームの由来がサリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』から来ていたことを初めて知った。田中小実昌のジョークをネタに、自分の日本語の文章を語る「西伊豆とペン」もいい。片岡は「拾う」という日本語を自分の文章で使えない。なぜなら、「拾う」という語が持つ日本人なら誰でもが理解するニュアンスを表す英語がないからだ。片岡は英語で考える。英語で考えたことを日本語で書くのだから、言葉として存在しないものは書けない。当然のことだ。彼の書く文章が好きだが、その秘密がこんなところにあったとは。

第四部は、小説作法について実例を挙げて書いていく。自分の小説がどうやって描かれているのかを、こんなにあからさまに書いてみせる作家を他に知らない。片岡の書く小説はほどよい具象と抽象の均衡の上に成立する。例えば、居酒屋の品書きに見つけた「塩らっきょう」と、その右隣にある「えんどう豆」。この絶妙の組み合わせから小説が生まれる。

片岡の小説は完全なフィクションである。それは、彼が小説を書く言葉が日本語だからだ。英語で書くならノン・フィクションになる、と彼は言う。英語はアクションの言葉だから。英語で考えたストーリーやアクションを日本語で書くわけだが、片岡には生理的に書けない文章というものがある。先にあげた「拾う」もそうだが、心理的に書けない言葉もある。ある意味、きわめて不自由な作家ということになる。しかし、そのできないことの多くが片岡を他の誰でもない片岡義男にしているのだ。そういう意味ではなんと自由な作家だろう。

日本で小説家といえば、なんとなく胡散臭い人物を思い浮かべてしまう。自分の思ったことや考えを人物に託したり、あるいはもっと無意識に自分を垂れ流すように書き散らしたりすることに何の疑問も持たず、小説家でございとやっている、そんな作家の書くものを小説というなら、片岡の書くものをなんと呼べばいいのだろう。自分とは完全に無縁の虚構としての小説。この風通しのいい乾いた場所を好む少数の読者に向けて片岡は今日も書いている。何軒かの喫茶店をはしごしながら。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

2013/02/05 19:52

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2012/08/28 11:04

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2012/07/13 12:15

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2013/04/22 17:50

投稿元:ブクログ

レビューを見る

2014/06/08 11:14

投稿元:ブクログ

レビューを見る

×

hontoからおトクな情報をお届けします!

割引きクーポンや人気の特集ページ、ほしい本の値下げ情報などをプッシュ通知でいち早くお届けします。