創るということ 増補新版

投稿元：

レビューを見る

　不愉快なのは当の著者が「クーリバの木の下で」で起用したはずの木佐貫邦子を「専門バカのモダンダンスのダンサー」みたいな筆致で罵倒している事。木佐貫邦子は中尾幸世と年格好は同じくらいだと思うが、「川」三部作の亜流みたいな作品に起用した結果、全然話題にはならなかったではないのか？こういう無責任極まる文章を書く人がいるので「NHKの受信料不払い」の議論が起こるのだろうか。
　この本には上司や同僚がチラリと出て来るが、NHK会長になった川口幹夫の「主役・脇役・湧かせ役」と「夢の島少女」を酷評されてから「紅い花」を担当した近藤晋の「プロデューサーの旅路」の２冊で読み取れるような周囲からの批判などに対して気を使ってくれる上司や同僚の姿が見えてこない。「夢の島少女」まで予算も特別枠でフィルムの使用量も他の人より多いとも書かれていない。まるで自分「だけ」が中心となった唯我論そのものだ。「夢の島少女」がこけたのでNHKを辞めるのではないか？と言われたそうだが、辞めたら「さすらい」で芸術祭大賞の実績があってもカルト的な人気は出るかもしれないが商業ベースに乗るような作品はつくれないだろう。
　「四季・ユートピアノ」までを「評価」するという佐々木昭一郎ファンのブログなどを読んでいると「創るということ」や雑誌での寄稿文などは読んでいても、少なくとも「主役・脇役・湧かせ役」と「プロデューサーの旅路」を読んでいないんじゃないか、それ以前に存在自体を知らないのではないか、という気がしてならない。
　JICC出版局版には「夢の島少女」でデビューしたばかりの原田美枝子を人から勧められてカメラテストを受けた事が書かれているが、平成版では削除されている。「夢の島少女」は無理としても、石橋静河をヒロインにした「四季・ユートピアノ」のリメイクを見てみたくなる。この本では「夢の島少女」の撮影が始まってから「ヒロイン探し」をしているように読めるのが不自然だと思っていたら、中尾幸世のインタビューがネットにアップされていたので読んでみると誰かは明記していないが今でも有名な人が降板した結果らしい。おそらく冒頭のシーンの撮影を拒否して降板を申し出てしまったのか？中尾幸世は東京キッドブラザーズの舞台に立った事があるので、その舞台を見た人が彼女を勧めたのが代役？として起用されたきっかけのようだ。でないと「朝日ジャーナル」に記事が掲載された事があるにしろ、まったくの素人が起用されないだろう。「夢の島少女」は酷評されて上映会以外では長い間、お蔵入りしてしまうが、結果的に後年の「ピアノ調律師・栄子」を演じる「素人女優」が見つかったので「終わりよければすべて良し」か？もっとも「夢の島少女」のような昭和49年に放送された評判にならなかったような（「ちむどんどん」みたいな不評を買ったらしい）単発ドラマでは放送される事自体まずあり得ないし、フィルムでなくビデオで撮影されていたら重ね撮りされて消滅してしまっていただろうか？「夢の島少女」は「四季・ユートピアノ」の中尾幸世がヒロインを演じただけでなく、筋が酷似しているのは雪辱戦という意味合いがあるようだ。「夢の島少女」はヒロインが生きていたのかどうかハッキリしないお先真っ暗な話だが、「四季・ユートピアノ」はヒロインの成長物語としても見る事が出来る。もっとも「四季・ユートピアノ」までのアングラさが「川の流れはバイオリンの音」以降はなくなるので嫌う人がいるようだ。
　この本ではNHKが予算を出さないので打ち切りになった事になっている「川」シリーズは「悲劇喜劇」での寄稿文には多摩美大を卒業後、広告代理店に就職していた（「アンダルシアの虹」と「春・音の光」に出演しているので副業はいいらしい）中尾幸世が降板を申し出た結果とあるが、どちらが正しいのか？
　個人的には（全部見たわけではないが）「東京・オン・ザ・シティ」以降、「クーリバの木の下で」などは別として「二人三脚」な関係だった「オルガさん」の押しつけがましさと日本の事を何も知らないのにチェコスロヴァキアの感覚で書き慣れない脚本を書いたのを（手は入れているだろうが）そのまま使って「七色村」のような「時代考証をしない」という「ミンヨン」に至る平成期の特徴となってしまった作品ばかりになったのもあるが、もちろん中尾幸世がいなくなってしまったのも大きい。いくら「さすらい」と「紅い花」で芸術祭大賞を取った実績があっても彼女の存在抜きには佐々木作品は語れないし「素人を使う」と言われるのは中尾幸世の存在が大き過ぎるからだろう。「紅い花」にはアラカンや宝生あやこ、「七色村」にも出ていた草野大悟が出演しているが誰も「素人」だとは言わないだろう？
　さて「オルガさん」を以前はあれだけ賞賛していたのに、この改訂版では存在が希薄だ。何かで意見を違えてケンカ別れしたのだろうか？
　JICC出版局版は多摩美大卒の本職のグラフィックデザイナーだった（いつの間にかラジオドラマの俳優やテレビ番組のナレーター、朗読会での朗読者、ついにはアニメ映画の声優になったらしい）中尾幸世が装幀を担当しているが、平成版は「ミンヨン」の宣伝みたいで味気ない。彼女にもう一回、お願い出来なかったのか？「ミンヨン」以外は全て中尾幸世のスチールで、「主役・脇役・湧かせ役」にはスチールが掲載されている「紅い花」の沢井桃子や木佐貫邦子などは使っていない。