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逆説の日本史 20 幕末年代史編 3 西郷隆盛と薩英戦争の謎 (小学館文庫)
著者 井沢元彦 (著)
幕府は生麦事件の責任を認めて賠償金を支払ったが、薩摩藩は賠償金どころか犯人引き渡し要求にも応じていなかった。幕府を窮地に陥れた生麦事件と薩英戦争、そして西郷隆盛の謎に迫る...
逆説の日本史 20 幕末年代史編 3 西郷隆盛と薩英戦争の謎 (小学館文庫)
逆説の日本史20 幕末年代史編3/西郷隆盛と薩英戦争の謎
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商品説明
幕府は生麦事件の責任を認めて賠償金を支払ったが、薩摩藩は賠償金どころか犯人引き渡し要求にも応じていなかった。幕府を窮地に陥れた生麦事件と薩英戦争、そして西郷隆盛の謎に迫る。【「TRC MARC」の商品解説】
覚醒した薩摩、目覚めなかった長州
世にに言う「八月十八日の政変」で京を追われた長州は失地回復を狙って出兵を行なうも、会津・薩摩連合軍の前に敗走する。この「禁門(蛤御門)の変」以降、長州と薩摩は犬猿の仲となるが、その後、坂本龍馬の仲介で「薩長同盟」が成立。やがて両藩は明治維新を成し遂げるために協力して大きな力を発揮した――。
以上はよく知られた歴史的事実であるが、じつは禁門の変以前の薩長の関係は大変良好であった。策士・久坂玄瑞の働きにより、すでに「薩長同盟」は実質的に成立していた、と言っても過言では無い状態だったのである。
では、友好だった両藩が、「八月十八日の政変」「禁門の変」へと突き進み互いに憎しみあい敵対するようになったのはなぜなのか?
そこには、兄・島津斉彬に対するコンプレックスを抱えた“バカ殿”久光を国父に戴き、生麦事件や薩英戦争を引き起こしながらも「攘夷」の無謀さに目覚めた薩摩と、“そうせい侯”毛利敬親が藩内の「小攘夷」派を抑えきれず、ついには「朝敵」の汚名を着ることにまでなってしまった長州との決定的な違いがあった。【商品解説】
目次
- 第一章 一八六二年編 幕府を窮地に陥れた生麦事件と島津久光
- 幕末年代史編、前巻までの時代の流れ/国父・島津久光に「地ゴロ」と言い放った西郷隆盛の思惑/倒幕派藩士を説得に向かった西郷に対して久光が「爆発」したワケ/“同志”による殺し合いになった維新史最大の惨劇「寺田屋事件」/第一次薩長同盟を潰し明治維新を遅らせた「バカ殿」/「幕府はもはや頼りにならない」ことを天下に示した文久の改革/高杉晋作を“大攘夷”に転向させた上海視察での「幻滅と軽侮」/日本人の中国観を形成した「まともな水も飲めないキタナイ国」/長井雅楽を失脚させ長州藩論を尊皇攘夷に大転換させた「黒幕」は誰?/生麦事件で攘夷浪人たちから英雄視された島津久光の「実像」/京都守護職就任の切り札となった藩祖の遺命「家訓十五箇条」/開国派一橋慶喜を「攘夷断行」に変心させた最大の理由とは?
- 第二章 一八六三年編 “攘夷は不可能”を悟らせた薩英戦争と下関戦争
- 坂本龍馬の「船中八策」に影響を与えた横井小楠という大人物/公使館焼き討ちは「隠れ開国派」高杉晋作による“ガス抜き”だった!?/公使館焼き討ち実行犯が数か月後に留学した“謎” /高杉のアドバイスを“無いこと”にした伊藤博文、井上馨の「ホラ話」/「正論を述べれば殺される」長州藩を見限った高杉晋作の暇乞い/高杉に突然の“東行”を決意させた長州藩の「空気」とは?/「完全なる攘夷」と「討幕」を生み出した徳川家康の「大失敗」と「小失敗」/幕府の陰謀を逆手に取った「策略の天才」清河八郎/生まじめな容保を覚醒させた「足利三代将軍木像梟首事件」の衝撃/「愛国を考えない勤皇」久坂玄瑞が仕組んだ攘夷実行のシナリオ/大まじめに「オモチャ」で列強を撃退しようとした“関門海峡の攘夷”/攘夷の無謀を悟った公家、姉小路公知を暗殺した真犯人を推理する/勝と龍馬の出会いが「日本史上の幸運」を生み出した!/旗本が武士以外からの歩兵創設に反対しなかった「驚きの理由」/“引退”していた高杉に奇兵隊創設の全権を与えた「そうせい侯」/大善戦でも薩摩藩に「攘夷不可能」を悟らせた薩英戦争の意義/「帝国陸軍不敗神話」「原発安全神話」をもたらした「長州的観念論」/下関戦争の敗因を小倉藩のせいにした長州藩の「おかしな論理」とは?/忠臣トリオに「長州の横暴を許さぬ」と意を強くさせた「朝陽丸事件」/長州の油断を衝いて会津・薩摩が仕組んだ「八月十八日の政変」/長州藩を二分した「俗論党」と「正義党」の死闘
- 第三章 一八六四年編 沖永良部島流罪の西郷赦免で歴史は動いた!
- 沖永良部島流罪で衰弱死寸前の西郷を救った現地役人の機転/虚無の中から西郷を立ち直らせ活路を開いた「敬天愛人」思想/「将軍家を支える雄藩連合」確立を目指した島津久光の思惑/明治維新に「貢献」した、日本史上最大の「マイナスの英雄」とは?/「殺したいほど憎い」西郷の赦免を久光が認めた理由/二・二六事件を引き起こした朱子学+神道=「天皇教」の正体/高杉晋作は、なぜ藩に無断で京に向かったのか?/「御所焼き討ち」「天皇動座」計画を阻止した池田屋事件の真相/「薩摩は中立を守る」と判断した久坂玄瑞の見通しの甘さ/「長州の乱」ではなく、「禁門の変」と呼ばれるのはなぜか?/伊藤博文、井上馨を緊急帰国させた「ロンドンタイムズ」の記事/戦争回避の必死の説得を阻んだ「逆さびょうたん」の藩風/幕府の「長州憎し」が頂点に達した「賠償金三百万ドル交渉」/対長州強硬派の西郷隆盛を変心させた勝海舟の「国家観」/「命がいくつあっても足りない」高杉晋作の長州脱出計画/俗論党復権で風前の灯となった長州「討幕の炎」
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紙の本
薩摩と長州
2021/05/04 11:10
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:だい - この投稿者のレビュー一覧を見る
○1862年 生麦事件
寺田屋事件(第一次)
倒幕過激派薩摩藩士20名の誠忠組を同じ誠忠組に説得にあたらせた
説得に応じない場合、久光は“上意討ち”を命じた
過激派6名斬死、後2名の切腹で終結した
禁門の変以前の薩摩と長州
実質的に“薩長同盟”は成立していた
久坂玄瑞はクーデターという既成事実を作り藩内の反対派を一掃し、薩摩と力を合わせて新政権を樹立し、朝廷を保護する形で倒幕を図った
時代は公武合体派の薩摩島津久光と倒幕派の長州久坂玄瑞を核として動いていた
久光は江戸で“文久の改革”を進め、安政の大獄の犠牲者の罪を取り消した
とたんに直弼の残党狩りが始まる
生麦事件
久光一行が横浜生麦村で騎乗のまま見ていた英人4人を警護の薩摩藩士が“無礼”を咎めて斬りかかり、逃げた1名を殺傷
久光は旗本が勝手にやったこととシラを切った
文久年間の対立軸
“攘夷派” 桂 久坂 高杉 武市←反幕
岩倉←公武合体
“開国派” 勝←反幕
久光 慶喜←公武合体
一橋慶喜は、二心殿と呼ばれ、孝明天皇の勅使“攘夷断行”を将軍家茂に伝える、”自分は攘夷断行の自信がない”と将軍後見職を辞任した
○1863年 薩英戦争と下関戦争
高杉晋作は上海に行った時点で“完全攘夷”は無理だと悟ったが、当時の長州はそれを許さなかった
高杉の説得により伊藤博文、井上馨は長州ファイブの一員として、イギリスに留学する
久坂ら完全攘夷派は本気で“日本刀で黒船に勝てる”と思っていた
高杉は完全攘夷では清の二の舞となり亡国の危機を迎える
これを防ぐには開国し海外の技術・文化を取り入れ強国になるしかない
正論を述べれば完全攘夷派に命を狙われる
だから、一旦身を隠した
朝廷は攘夷後見職慶喜に攘夷実行を迫り、5月10日実施を確約させた
久坂ら長州藩完全攘夷派は関門海峡を通過する外国船に砲撃を仕掛けた
下関は米艦の報復を受け、軍艦2隻を失いと砲台も破壊された
高杉は奇兵隊を創設したが、長州藩は相変わらず目覚めなかった
英艦隊は生麦事件の賠償と犯人引き渡しを求め錦江湾に入った
英は薩摩藩所有の蒸気船三隻を拿捕し、沈没させた
薩英戦争で薩摩人は目覚めた
英と和平講和を結び、英人と歩調を合わせ日本の改革に乗り出して行く
8月18日の政変
天皇側近中川家と薩摩・会津が手を組み、朝廷から長州過激派を一掃した
○1864年 西郷の赦免
久光は自身を田舎者と酷評した西郷を流罪先の沖永良部島から呼び戻した
久光の構想は日本の独立を保つためには、天皇を頂点として将軍は軍事を担当し、雄藩が幕閣に参加するというもの
慶喜は、久光が天皇の支持により、自分が雄藩連合の長“将軍”になるつもりではないかと疑っていたため、久光を追い落とした
長州は8月18日の政変で京から兵力が一掃され、更に慶喜は孝明天皇の信任を得て長州排除に乗り出した
追い詰められた長州藩士は状況打開のため”中川邸焼き討ち計画”を立て、池田屋に終結した
この動きを探知したのが“新撰組”であり、長州派30名を殺傷した
久坂は軍事的圧力の下、交渉で長州復権を果たそうとしていた
が、池田屋の惨劇が完全攘夷の長州軍は京進撃を加速させ、来島又兵衛らは御所占拠を目指し、“禁門の変(蛤御門)”を引き起こした
長州の暴走を留学中の伊藤・井上が急遽帰国し、列強への攻撃中止の説得を試みるが、下関戦争回避はできず、負けるべくして負けた
勝は西郷の長州潰しに一石を投じ、西洋列強に対する国家構想を語ったと思われる
この後、薩長同盟、江戸城無血開城が実現する
紙の本
通説的史実とは異なる見解も面白い。
2018/06/18 17:00
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:気まぐれネット購入者 - この投稿者のレビュー一覧を見る
歴史上の人物像は様々な見解があり面白い。有名人と、その周りにいる人々の様子を考えると更に面白い。本書は、通説的な見解とは異なる部分がある。このあたり、細かい指摘はとりあえず置いておく事にして楽しく読むことを主眼とするならば、それで結構という立場で楽しむことも必要だろう。とくに、島津久光との係わりについて記述された箇所は興味深く読むことが出来た。
紙の本
自己矛盾
2017/05/01 20:52
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ぴょん - この投稿者のレビュー一覧を見る
このシリーズには最初から「自己矛盾」がある。
文献至上主義の学者を批判したすぐ後に、著者も文献を引用して論説している。
本書でもその状況は変わっていない。
紙の本
複雑な幕末史を交通整理
2017/04/28 13:16
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:K2 - この投稿者のレビュー一覧を見る
幕末の歴史は分かり難いと思う。特に長州藩の動きが複雑である。本書は、その辺の事情を分かりやすく解説する。あつかっているのは、1862〜1864年の僅か3年間に過ぎないのだが、いずれの年も中味が濃い。特に印象深ったのは、幕末の志士に対する著者の基準である。早い段階から日本を自覚し、開国を主張してブレなかった勝海舟への高い評価は納得できる。