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修猷館投石事件 明治二十四年、中学校と軍隊の衝突
  • みんなの評価 5つ星のうち 3 1件
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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:2018/11/18
  • 出版社: 花乱社
  • サイズ:21cm/159p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-905327-93-6

紙の本

修猷館投石事件 明治二十四年、中学校と軍隊の衝突 (花乱社選書)新刊

著者 水崎 雄文 (著)

福岡藩の藩校を源流とする修猷館は、明治24年の春、1つの投石をめぐって軍隊と衝突。それは中央政界をも巻き込んで、「立憲主義」と「天皇の軍隊」の相克とも言える問題へと発展し...

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修猷館投石事件 明治二十四年、中学校と軍隊の衝突 (花乱社選書)

1,836(税込)

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商品説明

福岡藩の藩校を源流とする修猷館は、明治24年の春、1つの投石をめぐって軍隊と衝突。それは中央政界をも巻き込んで、「立憲主義」と「天皇の軍隊」の相克とも言える問題へと発展した。正史から抹殺された事件の真相に迫る。【「TRC MARC」の商品解説】

明治24(1891)年の春、一つの投石をめぐって、尋常中学修猷館と福岡歩兵二十四連隊が衝突。この出来事は当時、中央政界をも巻き込んで、「立憲主義」と「天皇の軍隊」の相克とも言える問題へと発展した。その後時勢は軍国主義へと流れ、正史から“抹殺”された投石事件の真相に迫る。第二部は、福岡藩の藩校を源流とし、創設(1885)時より全国でも稀な英語正則授業を行っていた修猷館の幕末・明治期を明らかにする。【商品解説】

目次

  •  まえがき
  • 第一部 中学校と軍隊の衝突:修猷館投石事件と「立憲主義違反」問題
  •  第一章 投石事件の記録と記憶
  •  第二章 中学校が軍隊の支配下に
  •  第三章 事件の展開と波紋
  •  第四章 黒田家と修猷学会の動向
  •  第五章 尾崎館長の学校復帰
  •  第六章 投石事件その後
  •  終章 大日本帝国憲法と投石事件
  •  資料

著者紹介

水崎 雄文

略歴
1936年,朝鮮京城府(韓国ソウル市)に生まれる。西南学院中学校,修猷館高等学校卒業。九州大学大学院修士課程修了。在学中は九州中世史専攻。その後福岡県立4高校の教諭を歴任,在任中,『修猷館二百年史』(修猷館二百年記念事業委員会発行,1985年)編著に携わり,1997年退職後,校旗研究に専念,『校旗の誕生』(青弓社,2004年)を出版。

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みんなのレビュー1件

みんなの評価3.0

評価内訳

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  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

知りたかった内容。しかし、視野を広げて述べて欲しかった。

2018/11/10 17:51

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:浦辺 登 - この投稿者のレビュー一覧を見る

本書は、明治24年(1891)年3月に起きた「投石事件」を解説したもの。「投石事件」とは、中学修猷館の学生が投じた石が、校舎の外を歩いていた福岡歩兵二十四連隊の兵士にあたり、その対応を巡っての学校側と陸軍側の対立事件である。
 この事件について、現代、地元でも知る人は少ない。どころか、中学修猷館から現在の福岡県立修猷館高校を卒業した同窓生ですら知る人は少ない。
 著者は、中学修猷館での「投石事件」を日本初の立憲主義の事件と説く。しかし、大日本帝国憲法発布後の立憲主義事件は明治22年(1889)10月に起きた「霞が関事件」が最初である。この「霞が関事件」、別名、大隈重信襲撃事件とも呼ばれ、福岡の自由民権運動団体玄洋社の来島恒喜が外相の大隈重信に爆裂弾を投じた事件。大隈の憲法違反に対し、実力で阻止した事件である。
 福岡出身の著者が、この「霞が関事件」を知らないはずはない。これは、認識不足と指摘されても仕方ない。むしろ、一読後に感じるのは、意図的に著者が玄洋社を避けていることにある。中学修猷館の館長であり、「投石事件」の当事者である尾崎臻も玄洋社員であり、著者が新聞資料として引用している「福陵新報」は玄洋社系の新聞である。
 また、大日本帝国憲法について、伊藤博文、井上毅、伊藤巳代治、金子堅太郎の名前を挙げているが、帝国憲法草案を2本、元老院に提出したのは玄洋社の外郭団体ともいえる筑前共愛公衆会である。
 なお、明治19年(1886)8月の「長崎事件」にも触れていないのは残念。この事件を忘れるなとして、福岡市博多区の東公園には「亀山上皇像」がある。この像の裏面台座には、修猷館出身の廣田弘毅の父の名前が刻まれている。
 「投石事件」について、詳細に述べた一書が無かっただけに、これは貴重である。
 しかし、中学修猷館から見るだけでなく、視野を広げて述べていたならば、近代史の事件として興味深いものになったはずだが。

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