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- カテゴリ:一般
- 発売日:2022/04/01
- 出版社: 日本キリスト教団出版局
- サイズ:19cm/127p
- 利用対象:一般
- ISBN:978-4-8184-1106-7
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商品説明
新約との訳語統一など大幅に刷新された「聖書協会共同訳」旧約聖書。従来の「新共同訳」等と対比しながら、翻訳作業に携わった聖書学者・スタッフらが、旧約全体から27項目を解説する。『信徒の友』連載を書籍化。【「TRC MARC」の商品解説】
最新の学術研究も踏まえ、新約との訳語統一など大幅に刷新された「聖書協会共同訳」旧約聖書。「新改訳2017」や従来の「新共同訳」等と対比しながら、翻訳作業に携わった聖書学者・スタッフはじめ、日本の学界を代表する執筆陣が旧約全体から27項目を解説。
【目次】
1 「神のかたち」(創世記1・27)
2 「人」か「アダム」か(創世記3・8)
3 「私はいる」(出エジプト記3・14)
4 「いなご」、「ばった」(出エジプト記10・4ほか)
5エフォドの石の名称(出エジプト記28・17〜20)
6 「家系」は「父祖の家」か「親族」か(民数記1・2ほか)
7 「わたしが」?「あなたが」?(士師記5・7)
8 「預言者のようになった」?(サムエル記上19・24)
9 「補佐官」(サムエル記下8・16)
10 「アビシャイ」は何者?(サムエル記下23・18〜19)
11 喜んだ「国の民」とは?(列王記下11・20)
12 王は何しにメギドへ?(列王記下23・29)
13 ユダヤの租・庸・調(エズラ記4・20)
14 「あなたの手の中にある」(ヨブ記1・12)
15 「幸いな者」(詩編1編)
16 神の栄光は天の上にあるのか、地に置かれているのか(詩編8・2)
17 「主は私の羊飼い」(詩編23編)
18 「誇る」から生まれる異化効果(箴言31・30)
19 「空」(コヘレトの言葉1・2)
20 「喜び」、「息」(コヘレトの言葉8・15、12・7)
21 「人生を見つめよ」(コヘレトの言葉9・9)
22 「黒いけれども」から「黒くて」に─翻訳に潜む暗黙の差別感覚をめぐって(雅歌1・5)
23 「魂の苦しみの後、光を見」(イザヤ書53・11)
24 「相続地」(エレミヤ書12・15)
25 「希望もまた」消えうせた(哀歌3・18)
26 「公正」と「正義」(アモス書5・24)
27 読(ケレー)・書(ケティーブ)とは?【商品解説】
目次
- 1 「神のかたち」(創世記1・27)
- 2 「人」か「アダム」か(創世記3・8)
- 3 「私はいる」(出エジプト記3・14)
- 4 「いなご」、「ばった」(出エジプト記10・4ほか)
- 5エフォドの石の名称(出エジプト記28・17〜20)
- 6 「家系」は「父祖の家」か「親族」か(民数記1・2ほか)
- 7 「わたしが」?「あなたが」?(士師記5・7)
- 8 「預言者のようになった」?(サムエル記上19・24)
- 9 「補佐官」(サムエル記下8・16)
- 10 「アビシャイ」は何者?(サムエル記下23・18〜19)
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生きている「レニングラード」
2022/04/16 00:15
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オタク。 - この投稿者のレビュー一覧を見る
未だにBHS・BHQの底本をサンクトペテルブルグ写本ではなく、「レニングラード写本」(107ページ)などと表記している。共産主義時代ならいざ知らず、宗教迫害の頭目であるウリヤーノフの名前を冠して表記するとは時代錯誤もいいところだが、対独協力者であってもヴラーソフ将軍は「ナチに協力した最悪の人物」でウリヤーノフは「人類史上初の社会主義革命を導いたメシア」とでも思っているのだろうか。
聖書協会共同訳は新共同訳が刊行された昭和62年時点から「ダヴィデの家」碑文のような発見もあって、色々と本文や古代訳の研究が進んだ面がある一方、文語訳・口語訳時代の訳語を復活させた面もある。新共同訳の申命記では死海文書の読みを使っていたのに、聖書協会共同訳ではマソラの読みに戻している個所もある。さすがに「燔祭」のような用語までは復活しなかったけれど。
列王記と歴代誌とでは即位した時の年齢が違うヨヤキン(エホヤキン)について本文では「八歳」、注釈では「十八歳」とある。新改訳などでは「十八歳」を本文に入れているのはバビロンで発掘された粘土板に彼がバビロンに連行(エルサレムが陥落した時に投降したのが潔いと見なしたネブカドネザル王の賓客待遇?)されてから王子が5人いる事が分かるからだろう。この例のように聖書の記述が矛盾する個所で列王記の記述が正しいと思える場合、どう解釈するのか、という問題はある。
聖書協会共同訳と新共同訳、カトリックの諸訳、聖公会の旧約聖書外典などでは、「旧約聖書続編」がどう変わっているのか、という巻は出るのだろうか。