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[ 内容 ]
失われたアイデンティティーを模索していた敗戦直後の時代状況に適合し、著者の名を一躍高めた書物。
山村の生活を観察記録風に叙しながら、都会文化が進展し生活様式に変化が生じても今なお原理的な、日本人の前論理的世界を澄明に活写している。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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今では、きだみのる、なんて、ほとんどもうどなたもご存じないでしょうが、私にとっては、幼少のみぎり昆虫少女だった頃に、『ファーブルの昆虫記』上下巻、その後『ファーブル昆虫記』全10巻(これは確か林達夫と共訳でしたっけ)の翻訳で身近にいた人です。
鼻を垂らして手足に擦り傷だらけでカミキリムシを追いかけ、スカートが捲れ上がるのも平気でバッタを追い求め、ずり落ちそうになるパンツを物ともせずセミを追い詰めていた、そんな幼年期のあの頃は、今の私とは別人のはずです。
著者の名前も違っていて、本名の山田吉彦だったはずですが、1991年に出た奥本大三郎訳を知るまで、私の最も大切な愛読書でした。
この本は私の書棚では、たしかに柳田國男や折口信夫、宮本常一や南方熊楠、今和次郎や谷川健一、網野善彦や福田アジオ、桜井徳太郎や宮田登、赤坂憲雄や小松和彦などの本と同じ一角に入っています。
そう、私にとっては民俗学や歴史学の範疇の著作のつもりなのですが、世間では違っていて、(何人もの私と異なる認識の人に出会いました)おそらく単なる奇書か、少し体裁がよいところで紀行文とか旅のエッセイ程度だと思います。中には、晩年は精神に異常をきたしていたので、ちょっと、という風評もあるそうです。
1975年まで80歳を生きた彼は、ちょうどこの著作を物したのは53歳頃で、その後この傾向の本を、約15冊ほど世に送り出していますが、体系的な何か新しい概念や認識を提出している訳ではありませんが、独特の視点で日本人の根源的なものが潜む部落を観察・考察していて面白くて、私は気味悪がりつつ、日本の深層部へ下りて行くような感じでワクワクして読んだものです。
今から思うと、似て非なるものかも知れませんが、その当時の私の感覚では、『神秘日本』や『呪術誕生』を謳い、縄文や沖縄へと潜航して行った岡本太郎に共通するものを、勝手にビビビと感じていた気がします。
ソルボンヌ大学留学で、『贈与論』であまりにも有名なマルセル・モースに師事して、人類学や社会学を学んだという成果が、はたして存在するのかどうかを読み取る能力は、その頃の私にはありませんでしたし、またここ10年以上まったく遠ざかっていますから、詳細をすでに忘れかけていますので、再読して確認しなくてはなりません。
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最高のタイトル詐欺。
蓋を開けたら2次大戦頃の普通の農村を紹介してる本だった。
ただ最初に「気違い部落」っていう名称で呼ぶことで読者にフィルタをかけてる。
このフィルタのおかげで普通の小市民の行動を気違いと捉えてしまうかもしれないし、正常かもしれないと捉える自分自身が気違いかもしれないとか考えるようなそんな感じ。
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とんでもないタイトル!
でも本来の部落というのは、村の中のさらに小さな単位を示すもので、なんら差別的な用語ではないのだ。
気違い、についてはよく分からないけど。。。
読み終わってないが、半分でお腹いっぱい。ギブアップ。
戦争の頃、奥多摩の山の中に移り住んだ作者の「ど田舎」体験記。
ど田舎の閉鎖性、退屈さ、無学で狭量な村人同士の意地の張り合い、陰湿さ、理不尽さ。。。ここには日本の一番嫌な姿の凝縮された縮図がある。
村人を英雄などと呼称し、村社会を面白おかしく揶揄する作者と対象的に、私はほんとに辛く哀しい気持ちになってしまった。本質はなんら変わっていない。。。21世紀の今になっても。
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なんかすごいタイトルに釣られて。
独特の言い回しや登場人物の言動、海外を飛び回っていた著者と猫の額を離れたこともない村民の関係などは面白い。
けど半分でお腹いっぱい。
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(推薦者コメント)
第2回毎日出版文化賞受賞作。書名だけ見るとまるで差別の塊のような本だが、そういうことではない。著者が見て回った部落の人々を考察と共に書き綴った紀行文である。実はそこから、日本人の考え方、行動論理の型が見えてくるのだという。著者は部落の人々を通して「日本人そのもの」を見たのである。いわゆる「日本人論」に興味のある人へおすすめしたい。
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外界と切り離された地理条件を持つ村落に、著者が実際に入村。「寺の先生」として暮らした体験をもとに記したノンフィクション。学問的知性を排除した、むき出しの人間性に接近する「社会学」として読める。そして別の鑑賞法として、常識が揺さぶられてゆき、ところどころ観察者としての立ち位置が怪しくなる「冒険譚」の側面もあろうか。
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戦後すぐの知識人のあり方として、「進歩的」であるというのはこういうことだったんだろう。単なる啓蒙でもなく、さりとて「封建遺制」に寄り添うわけでなく、ある種冷笑的に(そう読めましたが?)大衆を観察した記録である。本書を発表後、著者が村にいられなくなったのは至極当然である。あとがきにご子息が「本書を読み、本当に気違い部落だと感じたら、その人が気違いである」という意味のことを書いているが、著者自身が彼ら部落に含まれる存在だと感じていたかどうか、そこにはやはり、決定的な距離があったろう。
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きだみのる『気違い部落周游紀行』(冨山房、1981)を読む。
えげつないタイトルで図書館でも貸出禁止になっていますが、中身は正統派社会学に連なるものです。
ファーブル昆虫記などの翻訳で知られる著者は戦前からフランス留学をした国際派。しかし敗戦のあおりで日本に「閉じ込められて」しまうことに。
それなら内部の探検だ!とばかりに八王子の古寺に居を構え、曰く「気違い部落」の愛すべき英雄たちの観察日記を雑誌連載。(曰く「珍らしい菌や昆虫の不思議な行動の観察と同じ」と。)そのまとめがこれです。
自ら漢籍、ギリシャ古典に詳しいというだけあって戦前知識人の重厚な、でありつつ諧謔を秘めた文体もなかなかに味わい深いものです。
一見知識人の傲慢にも思えますが、禅的反語で愛情の裏返しなのかもしれません。(続編がシリーズ化しています)
【本文より】
◯だがもし部落の勇士たちが、自己を常に中庸或は中道を歩き、その行動の基礎をなす判断は、一般の人がしかく思い込みたがるように、恰も常に謬りなく中正であると信ずる習慣を持って云云しているのだったら、彼らは殆ど存在しない中庸人の地帯上にあるというよりも、むしろ真実気違いに属する症状を示していると考うべきであろう。
◯思考の結果は極めて犀利な場合もあるが、思考を導く方法に欠陥がある場合には思考の病気を表すこともある。何れにもせよ、観察者に深い興味をそそることは、珍らしい菌や昆虫の不思議な行動の観察と同じである。
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今更、という感じだけど、やっと読んだ。面白いことは想像がついていたけれど、若いときはこの題名への嫌悪感を土井しても超えられなかった。読んだらやっぱり面白い。教養のある知識人の文明批判日本文化表という感じ。しかし何でこの題名にしたのから読み終わってもよくわからぬ。
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挑発的なタイトルであるが内容は古き良き時代のインテリの文章だ。“大学の先生”が戦後すぐに東京を離れて田舎の山村(と言ってもおそらく関東)に住み、村人と共に暮らしてそこで起きたことや見たものを書いている。
普通ならこういう田舎の暮らしは「牧歌的」とか「純粋」とかいう言葉で美化され、「都会人が失ってしまった大切な心の交流が‥‥」などと描かれることが多い。しかし本書はまったく違う。怠けたり人を出し抜いたりする人間の醜い姿が包み隠さずさらされており、息子が書いた文庫版のあとがきによれば、本書発行後は少々きまずい関係になったようだ。
とはいえ、本書に出てくる人々の醜さは、振り返れば我々にだって備わっているものであり、普段は隠して表に出さないだけで、田舎だろうが都会だろうが関係ない人間の本質だろう。だから、読んでいても彼らに対する嫌悪感はわいてこない。
なんとも評価しづらい本だが、面白いのは面白い。シニカルな笑いがこみあげるが、その笑いの対象は自分も含まれているのは間違いない。
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マルセル・モースのもとで人類学を学んだ著者が、戦中から戦後にかけて暮らすことになった山村での人間関係を、エスプリの利いた筆致でえがいた本です。
近代的な社会に生きているつもりの日本人にとって、本書で明かされている閉鎖的な集落の掟が、遠い世界のことであるように思える一方、現在のわれわれの行動もこれに類する暗黙の了解に束縛されていることに気づくことになるのではないかと思います。人類学を学んだ著者は、そうした前近代的な社会のしくみをただ批判しているのではなく、現代社会の深層を掘り起こして、普段は忘れ去られているものの今なお根強く存在している構造を明らかにしています。
吉本隆明は、柳田國男などの民俗学に学びつつ、「大衆の原像」という拠点に立って丸山眞男に代表される戦後の啓蒙主義的な社会像に対する批判をおこないましたが、著者は閉鎖的な集落の境界に位置をとることで、吉本が見ようとしていた大衆のとらえがたい性格にせまろうと試みたということができるのではないかと考えます。