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79098.98
遂に登場!ハードボイルドの超大作。久々に痛快で楽しいハードボイルドという感じだ。
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遂に登場!ハードボイルドの超大作。久々に痛快で楽しいハードボイルドという感じだ。
http://booklog.jp/users/5674/archives/1/4488158013
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〝死刑執行人〟を自称する元軍人マック・ボランは、「悪人には死を」という極めて短絡的思考で問答無用の私刑を履行する。法に縛られた社会を唾棄し、己が標榜する独善的正義の旗を高々と掲げた超人ヒーローは、裏を返せば「コミック」にしか成り得ない設定だ。いかにもアメリカ的な暴力志向に捕らわれ、ミステリ界では、先駆と言っていいスピレーン/マイク・ハマーの系譜に連なる。本シリーズは即効人気を得て、数多の亜流を生んだ(根元では繋がっているパーカー/スペンサーという変種もあるのだが、言及すると長くなるので省く)。恐らくは、平凡な日常に飽き足らず、過激な暴力小説から刺激を得ようとした米国市民の〝ガス抜き〟として作用したのだろう。その意味では、ペンドルトンは読者のニーズに巧く応えている。
第1弾発表は1969年。ベトナム戦争で並外れた戦功を上げていたボラン軍曹が帰国する。闇金に手を出した父親が、追い詰められた果てに家族を道連れにして無理心中を図ったらしい。その元凶となるのは、市民の心身を蝕む悪の権化イタリアン・マフィアだった。ボランは復讐を果たすため、素性を隠して組織に接触し、皆殺しの機会を待つ。そして、どうにも〝中途半端〟な襲撃を終盤で繰り広げた後に、一人悦に入り「続きは次作で」と読者を待つ。
ボランがベトナム症候群であることは明らかで、汚い戦争を戦ったという負い目と、その半面では決して無駄ではなかったという憤懣がある。その捌け口となるのがマフィア殲滅であり、どこまでも利己的/慰撫的な動機に突き動かされている。その証拠に、マフィアへの個人的復讐は、序盤で驚くほど早く変節する。「悪を滅ぼすことこそ、己に課せられた使命」だと宣言。そもそも、ボランの家族を殺したのはマフィアではない。だが、男の脳内では、もはやどうでもよくなっている。要は、大半の読者が予想/期待する通りに一気に飛躍して〝ヒーロー〟化を遂げる。狂った人間の殺戮を密かに支持する愚劣な警察も味方につけ、準備万端整う。
ベトナムが駄目ならマフィアがある。声高く「正義」を誇示できない戦争の代用として、完全なる悪/犯罪組織を添え、それを完膚無きまで叩きのめすさまを描けばいい。本シリーズが、ベストセラーとなったのは至極当然といえる。
ただ、屍の山のてっぺんから銃を構える男の歪んだ形相に、終わりなき戦争/紛争を生み出す者どもの捻れた表象を視る私にとっては、何もかもが空虚に映り、本作を通して得るものも何ひとつない。
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スマホの蔵書管理アプリに本を登録していた際に、“ゼロ円”で電子書籍を「自炊」する方法を思いついた。詳細はプロフィールのウェブサイトに記したので省くが、そのときお試し自炊に選んだのがこの本だ。
死刑執行人(The Executioner)シリーズ第一作。
1973年4月初版、もちろん再読。自分が持っていたのは1977年10月第15版だ。いやぁ、売れてたんだなあ。
“ペーパーバック・ヒーロー”という言葉をご存じだろうか。
ググればすぐに出てくると思い込んでいたが、全然引っかからなかったのが自分としては意外だった。ぜんぜんマイナーだったのか……。
1970年代アメリカの推理・冒険小説周辺でブームとなったスーパーヒーローストーリー、と言えばいいのだろうか。
巨大犯罪組織等を相手にたった一人で戦いを挑み、悪党どもをばんばん殺しまくるアクション小説だ。
本作はその嚆矢とも言うべきもので、アメリカでは本作のヒットを受け矢継ぎ早に数多くの個性的なヒーローが生み出されていった。
そして、小鷹信光氏によるこれら“ペーパーバック・ヒーロー”たちの熱い紹介・解説に、もっと読みたい!、と自分も胸を熱くしていた。
本作品群に対して「中身がない」とか「読んでも何も残らない」といった批判もあったようだが、もとよりそんなことを求めた文学作品ではない。ただの娯楽小説であり、思索も内省も洞察もいらない。読み飛ばして、次々と打ち倒されてゆく悪党どもにカタルシスを感じ、ストレスを発散してスカッとしたら、すぐに忘れてしまうのが正しい読み方だろう。
OCRで電子テキスト化したものを校正しながらではあったが、誤読み取りが少なかったので「読書」を楽しめた。
東京創元社からは20冊が訳出されているが、本来の第4巻1冊のみがハヤカワポケットミステリから出版されているのは何故なんだろう? 事情をご存じの方がいらっしゃったら教えてください。