投稿元:
レビューを見る
帯に書かれている「マジメなわたしたちのための愛すべきSF傑作短編集。」というコピーが、この本の内容をよく言い当てている。
この本には、点滅、逢魔が時、秋の陽炎、枯れ葉、素顔の時間、減速期、少し高い椅子という7つの短編が収められている。どの話も、これといって特別ではない主人公が、ある日、ちょっとした奇妙な出来事に遭遇する。それはまるで、今までマジメに生きてきた主人公に何か考えさせるためのきっかけのようなものなのかも知れない。
例えば、『減速期』で主人公の楠田余一が最初に出会うのは、高校時代のクラスメートとそっくりの少女である。ただしその少女が自分と同じだけ年をとっていないこと、つまり当時のままの姿でいることがやや奇異である。
それくらいの、誰にでももしかしたら経験できるかも知れない出来事から話が進んでいくところが、この本に収められている短編の共通した特徴かも知れない。
大多数の一般人は、それなりにマジメに生きているはずだ。マジメに生きることは、当然のことだし悪いことではないのだが、それなりに疲れるのも事実である。そんな疲れた心を、この本が少しだけ癒やしてくれるかも知れない。
癒やしというか、少しだけ夢が見られるという意味で言えば、『少し高い椅子』が私のお薦めである。二部上場会社の経理部で係長をしているバツイチの秋山誠一郎が、ある日突然、同期入社の企画部第一企画課長と入れ替わってしまう。バツイチの過去も消え、10歳も年下の妻と半年前に生まれた娘も突如現れる。
あり得ないと思いつつ、こんな空想の世界にちょっとだけ心が癒やされる自分、それがマジメに生きてきた証のようにも思えた。