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著者はインドの数学者で、20世紀統計学の第一人者とのこと。
この本は、統計学の概論であり、数式もあまり出てこないので、私のような数学の門外漢でも大体りかいできるように書かれている。ただし、通読してみるとよくわからないこともあり、素人向けの統計学の「入門書」とはちょっとずれている。ど素人にはもっと教科書的なものが必要だろう。
しかしながら、この本は読んでいて面白かったし、統計学なるもののおおまかなイメージと、社会におけるその問題性を掴むことができた。
私がこれを読もうと思ったのは、クセナキスをはじめ現代音楽の作曲者たちが数学、とりわけ確率論や統計学を利用していることもあるし、また、現代社会というものが統計データに基づく「多数者の意向や利益」が常に優先され、主体として同一性をもつ個人が、ときにマジョリティになり、ときにマイノリティになりうる。マイノリティになると社会からはほぼ黙殺されたような状態となるため、主体はまるで量子でもあるかのように、「存在したり、しなかったりする」不確実性の存在となってしまっている、という問題性への関心もある。
著者が主張するように、不確実性の問題を含んだ「統計学」が、20世紀の「知」において極めて重要なキーワードとなった、ということはよく理解できる。
だがもちろん、哲学的にそれはどういう意味をもつのか、ということは不明のままであり、それは私たちが考えていかなければならない。
個人の情動、主張、あるいは存在そのものが「データ」というモナドと化し、不確実性として社会により任意に捨象されてしまうこの現代社会。私たちは存在したり、しなかったりするあやふやで無意味な「主体」に過ぎない。どういった「知」を今後拡張することにより、「主体」は生き延びることができるのだろうか? それとも、主体はもはや生きることが不可能なのだろうか?