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記憶力を強くする 最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方 みんなのレビュー
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高い評価の役に立ったレビュー
11人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2001/04/02 11:42
記憶の脳内メカニズム研究の最新の知見を含んだ入門書。おすすめ。
投稿者:吉田 - この投稿者のレビュー一覧を見る
池谷裕二さんとは大学、大学院を通じての同僚なので、その分差し引いて読んでほしいが、この本は記憶に関する神経科学の最新の知見を興味深く読ませてくれる良い本だ。
まず、構成がよい。海馬が記憶に重要であることから始まって、最新の知見を散りばめ、スクワイアやタルビングの心理学的枠組みへとつなげる。エピソード記憶と意味記憶の関係とかは本当はいろいろややこしいのだけど、うまいことストーリーが流れている。教科書丸写しではなくて、よく消化してから書いている証拠だ。このあとに神経細胞、シナプスについての記述があって、LTPとは何かが説明される。いきなり本の最初から神経細胞の説明に入ったらうんざりだから適切な構成だ。そして6章の「科学的に記憶力を鍛えよう」に入っていく。
そしてこの6章が面白い。実際のところ、ここで書かれていることは先述のエピソード記憶、意味記憶、手続き記憶などの枠組みを使った話であって、「最新脳科学が語る」というほどのことではない。けれども池谷さんの経験と信念がにじみ出た人間味あふれる文章になっていて魅力的だ。たとえば、「どの科目でも優秀な成績をとることができる学業の優れた人は、一つの科目すらもマスターしていない人から見ると超人的な天才に見えますが、しかし、それは生まれつき頭がよいというよりも、むしろ、いろいろな科目の学習能力が相乗しあった結果なのです。(216、7ページ)」なんてのは家庭教師をしていた学生に教えてあげたいセリフだ。
ツッコミどころを探してみた。ベートーベンの「運命」とシータ波の関係にはヲイヲイって感じだし、ヴィトゲンシュタインの「語りえぬものについては沈黙しなければならない」という言葉の捉え方はおかしいぞと思ったし、記憶力の累積の効果はいいけど生物にはS字カーブもあるぞ、とも思ったけど、この本の良さを損なうものではない。
もう一点コメントしておくならば、7章の「天才ネズミ」や「記憶力を増強する薬」の可能性については私は懐疑的だ。老化などによる機能低下を抑えるようなものはありうるだろう。けれども正常な海馬全体に対する操作でできることは限られていると思う。神経細胞一つ一つがそれぞれに別の情報をもっていて、それが集団として働いているのが脳システムだ。これに作用を及ぼすためには、脳がどういう情報を扱い、操作しているかが明らかにならないとわからないのではないか、これが私の考えであり、私がいま生理学をやっている理由の一つでもある(ちなみに私は記憶の「再生」に関する研究をしているラボ(259ページ)に所属している)。まあ、とはいえ、歴史からすれば、メカニズムより先に薬が見つかるのなんてのはあたりまえだし(精神分裂症とレセルピンとか、他のほとんど全てについても)、面白いニュースを待ってます、というのがフェアな態度か(それでも正常からの増強ってのはね…アンフェタミンやプロザックをその例としてよいだろうか)。
この本の重要さを一つ指摘しておかなければ。この本には2000年あたりの国際科学雑誌の報告がてんこもりだが、これらが日本語で紹介されている一般向けの本は私が知るかぎりこの本だけだ。しかも羅列的でない。題材の取捨選択と配置がうまいのだと思う。人やサルの研究に関する言及が少ないのは専門家としては不満だが、1冊の本に全てを詰め込むことはできないからちょうどいい線だと思う。
この本は、新しい報告がどんどん出る分野を扱っているがゆえにそのうち古くなってゆくだろう。だから池谷さんにはあと5年たったらまたアップデートした本を書いていただけたらよいと思う。この本を記憶の脳内メカニズム研究の現状に興味のある全ての人に薦めます。
低い評価の役に立ったレビュー
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2001/02/26 21:16
脳科学,神経科学,薬学などの視点でつづる記憶のメカニズム。科学的な記憶力の鍛え方に触れる意欲作
投稿者:高山 博 - この投稿者のレビュー一覧を見る
脳科学,神経科学など,昨今の生物科学の進展は目覚ましい。分子生物学の発展で,記憶のメカニズムが少しずつ,見えてきた。啓蒙書から専門書に至るまで,さまざまな書物が出版され,脳科学,心理学など,その扱い方も多種多様である。本書は,脳科学,神経科学,薬学の視点から,記憶の謎に迫ろうとした解説書。一般向けに書かれ,興味を持った人は,著者の研究に参加してほしい旨記すなど,科学研究の醍醐味を伝えている。
8章構成で,まず,脳科学から捉えた記憶について解説する。主に,神経細胞の役割を記す。2章では記憶を司るうえで重要な働きをする海馬を扱い,記憶のメカニズムを考察。3章は脳とコンピューター比較を行い,シナプスやニューロコンピュータなどを眺める。4,5章において脳が記憶できるわけ,さらに脳のメモリー素子であるLTPについて記述。6章で記憶力増強の科学的なトレーニングに言及し,関心を集めよう。また,7章では著者の研究例が紹介され,記憶力を高める薬に触れ,最終章で脳科学の未来像を描く。
(C) ブッククレビュー社 2000