紙の本
上手い論じ方
2007/11/01 20:15
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:濱本 昇 - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書の論の進め方は、意見の異なるAとBの対話と言う形で進められる。この手法は、著者の意見を二面から論じれるという意味で良く使われる手法である。ギリシア哲学でも、たしかアリストテレスの手に拠るものだったと思うが、ソクラテスと他2名の会話でアリストテレスの意見を主張する哲学書があったと思う。
AとBは、両者共にデモクラシーの本質を理解した知識人であるが、Aは理想家、Bは、現実派として議論が進められる。Bは、デモクラシーの根幹は、国家だと言い、Aは、国家とは偶然の産物故、それをデモクラシーの根幹とする事には、異を唱える。最終章にAの主張が長々と語られるが、これを読んで、私の意見は、Aに近いと思った。それは、デモクラシーの実践では、色々な単位の意見を尊重すべきだと言う事である。当然、国家としてデモクラシーも大切だが、一地域のデモクラシー、個人のデモクラシーあるいは、EUのような超国家のデモクラシー、それぞれの立場でのデモクラシーが在り、お互いにそれぞれのデモクラシーを刺激し合い、尊重し合う事に拠って、本当の意味のデモクラシーは発展するというものである。国家が前面に出ると、少数派は踏みにじられるのである。デモクラシーとは、諸刃の剣である。デモクラシーの名を借りた国家弾圧も、国家が前面に出る事から生じる。Aの主張が正しく本物のデモクラシーだと思う。それは、私が常日頃思っている「個」の尊重に繋がると思うのである。
私は、政治に興味が有る。しかし、職場でも酒の席でも、何故か政治の話しは、話題に上らない。私の政治談義に付いて来る人も居ない。国民主権の真の意味は、政治を政治家に任せっきりにせずに、自らが参加する事だと思う。その行動は、選挙だけでは無いと思う。政治は、生活である。私は、もっと政治論議をしたいし、政治をもっと語りたいと思うのである。
投稿元:
レビューを見る
政治学畑の人間じゃないからよく知らないけど(そんなんばっか)、こういうのは学部生のゼミの教科書とかになりそう。いわゆる「戦後民主主義的言説」を体現しているかのようなBさんと、それを相対化しようとする「ポストモダン」系?なAさんの対話は、いろいろ刺激的でおもしろい。「AがいいかBがいいか」じゃなくて、両者の間を行き来するところからスタートする、ってことですよね?(200508)
投稿元:
レビューを見る
ゼミの課題図書
2人の対話形式でデモクラシー論を展開している
デモクラシーは不断の議論に拠るってこと?
投稿元:
レビューを見る
ひとくちに「デモクラシー」と言っても、その運営の仕方は様々であり、はっきりと決まった(=理想的な)型があるわけではない。直接民主制がいいのか、間接民主制がいいのか。選択肢は2つでいいのか、それとももっと必要なのか。決定は常に多数決でいいのか。そういった論点を対話形式で考えていこうとする試みである。この作品の著者は「政治思想」「政治理論」がご専門というだけあって、内容は非常に「ピュア」。悪く言えば、政治学者の割には地政学的観点や文化的観点に乏しく、机上の空論のように見える部分も少なくない。
投稿元:
レビューを見る
デモクラシーの論じ方ソクラテス的チュートリアル。平易に書こうとしてかえって難しくなってしまったのではないでしょーか。行間から筆者の意図を読める読解力の高い人向け。
投稿元:
レビューを見る
目次
第1章 制度とデモクラシー
第2章 安定性とデモクラシー
第3章 国民とデモクラシー
第4章 公共性とデモクラシー
第5章 代表とデモクラシー
第6章 討論とデモクラシー
第7章 憲法とデモクラシー
第8章 重層性とデモクラシー
投稿元:
レビューを見る
この本のほとんどは、架空の2人による民主主義に関する議論である。
デモクラシーの考え方の様々な対立軸について知ることができた。
しかし、2人の対立という形をとったことで逆に読者の視野を限定することにはなっていないか。
自分の意見をしっかりもてるよう、より様々な議論を経験していきたい。
投稿元:
レビューを見る
QC vol.2|のための参考文献 - rad
http://radlab.info/2009/12/qc-vol2.html
投稿元:
レビューを見る
[ 内容 ]
民主主義、民主的な政治とは何か。
現代社会の基本的な価値理念であるデモクラシーが重要であることは間違いない。
しかし、それを共有している社会において、いろいろな意見の対立や争点が生まれてくるのはなぜなのか。
物事を「民主的」に決めるとは、どういうことか。
古くて新しいこの難問について、対話形式を用いて考える試み。
[ 目次 ]
第1章 制度とデモクラシー
第2章 安定性とデモクラシー
第3章 国民とデモクラシー
第4章 公共性とデモクラシー
第5章 代表とデモクラシー
第6章 討論とデモクラシー
第7章 憲法とデモクラシー
第8章 重層性とデモクラシー
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
投稿元:
レビューを見る
読みづらい。
対話形式は、一見わかりやすいが読みづらい。
対話の中で論点が右往左往するからである。
そこで、対話形式の本については、簡単な表を作ることをオススメする。
ここではタグの使用ができないので、メモを書く。
Bさん
デモクラシーの本質=決定のための手段
Aさん
デモクラシーの本質=新しい価値観の発見(=目的)
このデモクラシーに対する根本的な対立が、様々な論点についての結論の相違となる。
今後、この本を読もうと思う方はこれを念頭において読んでみて欲しい。
対話形式にもかかわらず、頭の中がすっきりとすることだろう。
投稿元:
レビューを見る
民主主義、民主的な政治とは何か。現代社会の基本的な価値理念であるデモクラシーが重要であることは間違いない。しかし、それを共有している社会において、いろいろな意見の対立や争点が生まれてくるのはなぜなのか。物事を「民主的」に決めるとは、どういうことか。古くて新しいこの難問について、対話形式を用いて考える試み。(「BOOK」データベースより)
投稿元:
レビューを見る
〈2者が討論していくディベート形式〉
多数決で行くべきかどうかを、多数決で決めても良いものかどうか。p10
決め方をどう決めるか。p16
多数派が横暴に振る舞うようになると。19世紀にトクヴィルやJ•S•ミルが憂慮したような「多数者の専制」という事態になりかねない。つまり、ある一団の人々が常に自分たちの意見を押し通し、少数派の権利をないがしろにする状態に。p26
【欠乏と過剰】
僕が危惧しているのは、民意が無視される状態、つまり民意の政治への反映がゼロの状態だ。一方、君が憂慮しているのは、民意が暴走している状態、つまり民意が無限大の状態だからね。p34
デモクラシーというものは、本来、古代ギリシャのポリスのような数万人か、せいぜい数十万人くらいの規模の政治社会を前提にしていたものだ。つまり、全員参加の会合を行えるくらいの単位を前提としていた。人々が集まって、政治的な問題について直接に議論し決定することができるというのがデモクラシーの原型だ。ところが現在国民国家を形成しているとされる国民集団は、数百万人規模なら例外的に小さいほうで、数千万人から億単位の規模だ。こんな規模で、デモクラシーができるのか、というのは当然疑問視とすることができるだろう。p94
→苦肉の策としての代表という制度。民意を本当に代弁できているにか?
民意はもともとあるものではなく、選択肢を示すことによって形成される。二大政党制のような、単純化された選択構造を求めることとも結びつきやすい。PとQのような2つの選択肢しか示さなければ、人々は、自分がPに近いかQに近いかを考え、どちらかにくっつく民意が形成される。p105
誰か天才的な人物の直観が政治についての最終的な真理を発見できるという、エリート主義的な考え方とは異なり、デモクラシーは人々の多様な意見に期待するもの。p190
投稿元:
レビューを見る
多数派の側が圧倒的な優位にある場合には、彼らには妥協する動機付けは何もない。一方、少数派は採決されれば勝ち目はない。だからおべっかを使わなければならない。デモクラシーとは、つねに多数決を優先しなければならないものなのだろうか。
デモクラシーとは、さまざまな意見がぶつかり合う中で、新しいものが生まれる過程、発見の過程である。
社会的実践がまずあって、それが次第にルールすなわち法になる。
投稿元:
レビューを見る
デモクラシー(民主主義)って、わかるようでいて分からない。学校では金科玉条のごとくおそわってきたけど、最近の政治をみていると、まさに「多数者の専制」なのではあるまいか。ずっと対話形式で綴られているのは、政治学だけにプラトンを意識したのかしらん⁇
投稿元:
レビューを見る
民主主義についてAとBの対話形式で考えていく本。普段何気なく使っている民主主義という言葉の意味について考えさせられた。しかし、筆者の主張が曖昧だったのが残念だった。