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先ずは中井紀夫「ドア」。自宅のドアが怖くなった男の話。夫婦水入らずな暮らしの風景も細かく描けているぶん、真相に至り恐怖するという展開が見事。
続く深川拓は窃視恐怖症を描く「あのバスに」。異形にしては珍しいミステリスタイル。章毎に人称が変わり全体像が掴めない感じもいい。しかし肝心の所で「監視」という文言を出されたばっかりに、全部の仕掛けが解けてしまった…それさえなければ。
飛鳥部勝則「シルエット・ロマンス」。影を怖がる浪人生のお話。流石、期待通りのクオリティと不穏さ!ラストの情景はあまり詳細に思い浮かべたくない気味悪さ…ぐぇ。
そして横田順彌「恐怖病」。傑作だった「木偶人」(異形コレクション「ロボットの夜」収)にも登場した、実在のSF作家、押川春浪が主人公の一篇。期待を裏切らぬ滑り出しに、一頁目から思わず笑みがこぼれる。
今回は押川の他にも、幸田露伴、村上濁浪という実在の人物を配して展開していくが、この押川シリーズ(と云っていいのか?)、物語的な展開(山場)よりも、その合間の、例えば押川家での会話などに深いコクがある。そうした旨味成分に幸田や村上が絡んでくるとノンフィクションなのかフィクションなのかさえ判然としなくなる…それくらい登場人物が活き活きと描かれる。まあ、恐怖という程の恐怖は感じられなかったが、このシリーズ(?)はこれでイイでしょう!構成も落としドコロもそして文体も流石にベテランの風格。
本作が異形初登場という瀬名秀明「眼球の蚊」。これも傑作! タイトルからも判るとおり、飛蚊症を題材にした恐怖譚。専門知識を弄する作者らしさをしっかりキープしつつ、飛蚊症をこう料理するか!とその発想に舌を巻いた。これは神経質な人が読むとトラウマになるかも知れない…それくらい繊細な恐怖を突いてくる。身近な人が手をパチンと叩きだしたら要注意!
朝松健「荒墟」。自分としては、横田、瀬名を差し置いて、これが本書の最高傑作。いつもの伝奇スタイルにブレはないが、今回のダークさは格別。室町六代将軍足利義教の「深淵」を追求していく禍禍しい回想に引きずり込まれる。「深淵」の追求とは、己の境界線を見極め、恐怖や痛みを知ること。そのために行われる虐殺拷問の数々…。幼少より出家し、天台座主を経て将軍となり謀殺されるまでの鬼畜非道の歴史が怒濤の筆致で展開される。内容は酸鼻を極めるが、ここまで大風呂敷広げられると寧ろ清々しい。これはいろいろな人に勧めたくなる一篇。
町井登志夫「ヘリカル」も期待通り。以前読んだ長編「血液魚雷」もそうだし、大傑作「3D」(異形コレクション「キネマ・キネマ」収)もそうだけど、病院を舞台にさせると本当に巧い。恐怖感でいうと、本作は若干弱めだが、人の意識とX線の考察も面白く、テンポよいラストも心地好かった。恋愛ものとして括ってもイイかも?な一篇。
今回は、朝松健「荒墟」、瀬名秀明「眼球の蚊」、横田順彌「恐怖病」がベスト3。次点で町井登志夫「ヘリカル」。