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アール・ヌーヴォーの歴史と思想を分かりやすく解説した入門書であり、さまざまな分野にまたがってエッセイを執筆している著者の、単著としてははじめての本でもあります。
歴史に関する解説では、とくにラスキンとの比較を通じて、アール・ヌーヴォーの特徴を浮き彫りにしています。ラファエル前派からラスキンを経てW・モリスのアーツ・アンド・クラフツ・ムーヴメントにいたるイギリスの芸術運動は、アール・ヌーヴォーと多くの特徴を共有しています。しかし著者は、ラスキンがターナーを評価する一方でホイッスラーを批判しているところに、イギリスにおける「狭さ」を指摘します。ホイッスラーは、芸術において道徳的責任からの自由をめざしており、そこに彼の近代的なデカダンスの立場を見いだすことができます。ラスキンが嫌ったのは、まさにこの点でした。さらに著者は、ホイッスラーが日本の浮世絵に色と形の抽象主義を見いだすことで、歴史的な枠からの超出をなしえたことに触れて、イギリスの線的なゴシックに対置される、平面の重視という性格を取り出しています。
また、「見ること」をめぐって印象派の立場からの発展として、アール・ヴォーボーを特徴づけるという試みがなされています。印象派の絵画論からの脱却の道は、セザンヌによって見いだされました。このことを著者は、ルネサンス的な遠近法の中から「奥行」がせり上がってきたと解釈しています。こうしたアール・ヌーヴォーの特徴は、「見ること」を構成としてとらえようとしたK・フィードラーやA・リーグルらの芸術学、あるいは『見えるものと見えないもの』で現象学的な視覚論から「奥行」を梃子にすることで存在論への移行を図ったメルロ=ポンティの芸術論との共鳴が指摘されます。
興味深い論点がいくつも示されており、おもしろく読みました。単なる概説ではなく、アール・ヌーヴォーの思想的意義についての著者の解釈が展開されている、意欲的な入門書だと思います。