紙の本
名作ミステリ『時の娘』に先立ち1949年に発表されたテイのもうひとつの代表作。埋もれた名作の本邦初訳。英国の田園生活や登場人物の心理の描写が魅力。
2003/06/13 21:13
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投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
『不死の怪物』という古典ホラーの名作がしばらく前に出たとき、「古典的名作にも訳し忘れってあるんだ」と不思議な感じがしながら、掘り起こしを歓迎した。
内外でおびただしい出版物が刊行されている今なら、「あの作家のこの話題作がまだ訳されていない」などという情報が、原書で読む熱心なファンや研究家たちによって寄せられるのを複数のサイトで眺められる。
しかし、50年以上も昔のことであれば、英米圏で評価が高い小説はほぼ遺漏なく紹介されてきたのでは…という印象がある。ましてや、古典ミステリ定番中の定番『時の娘』の作者が寡作の人となれば、しかも読了してこれほど出来が素晴らしいものであれば、「よくぞこれまで埋もれていた」と驚きを禁じ得ない。
ジョセフィン・テイの他作品のレビューでどなたかが書かれていたが、『時の娘』は傑作ではあるが歴史ミステリであり、英国の歴史に多少なりとも興味がある
読者でないと入っていきにくいという面が確かにある。入院中の警部が、多くの史書からリチャード3世の子殺し事件という史実ミステリを解明していく設定であり、動きが少ないから特定人物に感情移入もしにくいかもしれない。
それに比べると本書は、行方不明の名家の家督相続者にうりふたつの孤児が、本人に関する情報をみっちり叩き込まれ、当の屋敷に身代わりとして送り込まれるという設定からして分り易く、どうなることかと、とっつき易い。読者が面白そうだとイメージを抱くストーリーの展開パターンを、きっちり踏まえている。
「身代わり」「成り代わり」というモチーフは、ここ50年のうちにミステリのみならず小説やマンガ、アニメなど多くの後続を生み出してきたであろう。その先輩格のひとつである本書が、そういったものの「見本の型」を提示していることを改めて発見するのは興味深い。尚且つ、後輩たちに負けない魅力をいくつも有していて、決して古臭くないことに名作の底力を知らしめられる。
いくつかある魅力のひとつが、名家の繁栄を支えてきた「馬」の存在だ。孤児院を出て就いた仕事に夢も希望も持てなかったブラットは、船に乗ってコックの下働きをし、メキシコに渡り米国へ入国する。南部で馬と出会い、牧童や調教や蹄鉄の仕事などを重ね、英国の馬と働きたいという望みをもって帰国する。
人をだまして財産を手に入れる悪だくみに気が進まないながらも、彼をラチェッツという土地へと駆り立てたのは、その領地を所有するアシュビィ家が厩舎を持ち、ポニーの飼育や調教、乗馬レッスンで家を維持していたからなのである。
物語のクライマックスは、この馬に関するイベントでテンションが高まる。といったように馬という素材を効果的に利用しているほか、題名にある通り「魔性」という性格づけをされた不思議な馬が登場し、その馬と孤児ブラットとの交流がまたひとつの読みどころとして描かれている。馬のことばかり書いたが、それが駆けめぐる英国の自然の豊かさというものが、丁寧に書き込まれているのも楽しい。
犯罪に加担しながら、周囲の人の優しさに鈍感ではいられないために悩みつづける主人公はじめ、家族や使用人、近隣の人びとの特徴や言動が目に浮かぶ人物像として丹念に書かれている。これも期待を裏切られない小説たるゆえんだ。
ミステリの結末としては、過去として書かれる事件も、本の中で進行していく事件もすっきり解決することが必須条件だが、解決以上の余韻も残る結末になっている。それが、人物たちに共感して読み進めた読者にとっては何よりである。
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行方不明の相続人に成りすましたブラットは、本来というか同じような小説であれば悪役みたいなもの。だけどこれを読んでいるとそっちに感情移入しちゃっていつばれるかいつばれるかとハラハラし通し。色々な場面それぞれもほのぼのしてたりハラハラしたりで物語にものめりこんじゃうからページをめくる手が止まらなくなってくる。楽しかったー。
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「時の娘」の作者として名高いジョゼフィン・テイの、これは1949年の作品。
300年の間、ラチェッツで自由農民として栄え続けたアシュビイ家では、跡継ぎのサイモンの成人式を目前にひかえていた。8年前、サイモン、エレノア、ルース、ジェーンたちの両親は飛行機事故でなくなり、叔母のビーは後見人として屋敷と三つの農場を支え続けてきたが、それもようやく終わろうとしていた。一方、アシュビイ家の谷の向こうのクレア屋敷のレディガム家は、今は没落し、一族の放蕩者のアレックスは、サイモンの成人式を吹っ飛ばすべく、画策する。両親の死後自殺したと思われていた、サイモンの双子の兄パトリックにそっくりの、ブレット・ファウラーを相続人パトリックとして屋敷に送り込もうというのだ・・・・・
じゅびさんや茶葉さんの評通り、素晴らしい作品でした。
死んでしまったはずのパトリックをどう迎えればいいのか、揺れながら、やがてブレットを愛しく思い始める叔母のビー、戸惑いながらも素直に愛し始める妹たち、あるときは親しくあるときは突き放すようにくるくると態度の変わるサイモン、一方、偽者でありながら強くアシュビイ家に牽き付けられていくブレットなど、登場人物の一人一人の心の動きが細やかに描かれて、真実が何処にあるのか、このお話はどこへ行くのか、読者をハラハラさせます。
そして、第二次大戦直後の英国の田園地方には、貴族でも郷士でもない、しかし、豊かな自由農民の名家というものが存在したこと。彼らが豊かさを維持しつつ倹しく暮らし、必死に生活を維持しながらも、かつての使用人に年金を払い続ける、という奥行きの深い生活をしていたこと。そんな彼らの生活には馬が大きな比率を占めていたこと、などなど、その時代の暮らしぶり自体が私には興味深く、表題ともなっている「魔性の馬」が魅力的で、何処を読んでも興味深かったです。
そして、ラストがやさしくて、心暖かになりました。う〜ん、いいわあ。
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リチャード3世の実像に迫る歴史ミステリの名作「時の娘」で知られる作者の、それに先立つ作品です。
歴史ある牧場の跡取りだった少年パトリックが海で自殺したと思われて10年がたち、双子の弟サイモンが家督相続をしようという時に、死んだはずのパトリックが登場し、周囲を驚愕させます。
実は、孤児で各地を放浪していたブラットが、たまたま瓜二つだったために替え玉に仕立てられたのでした。
最初は断ったブラットも自分に似ているという一族を見てみたい気持ちがあり…
いつどんな風にばれるかというサスペンスと、10年前に本当は何が起きたのかという謎で興味を引っ張ります。
重苦しい話なのかと思ったらさにあらず、とまどう家族も個性的な馬たちもくっきりユーモラスに描き分けられ、地方の馬術競技など面白いシーンがあって飽きさせない。
古い作品なのでややあっさりしていますが、読後感の良さは貴重で、どこかディック・フランシスを思わせます。
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成り済ましとか殺人とか自殺とか、そういう話しなのに、どこか牧歌的というかノンビリして感じがするのは、田舎が舞台だからなのか、戦争が終わったあとのほっと一息ついているような時代が設定だからなのか、訳文のせいなのか、あるいは装本の印象のせいなのか。というのも、これがもしハヤカワ・ミステリだったら受ける印象が違うかも・・・となんとなくだけど思ったから。そう思うと、これって紙の書籍だからこそであって、電子書籍じゃこういう楽しみ方はないんだろうねぇ。
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ファージングにて知ったジョセフィン・テイの「魔性の馬」
読後、ジョー・ウォルトンが捧げた意味を分かったように思った。
イギリスの田舎にある貴族の館、今は失われつつある階級と暮らしぶりを変遷も含めて描き興味深い。節度のある、良識のある登場人物たち。と同時にイギリスらしい変人に対する寛容さ。ゴシップ。
罪に目をつぶり円くことを収める成熟した処世術。
この作品では「良し」と温かい読後感を生み、もう一方の作品では生涯拭い去れない苦味を残した。
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牧場や農場を持つ名門アシュヴィ家のサイモンは21歳になったら、母親の遺産を相続することになっていた。その直前八年前に遺書を残して姿を消した彼の双子の兄が帰ってきた。「リプリー」みたいな話なので、終わり方を心配しましたが、読み終わってほっとしました。昔は今みたいに科学捜査もないから、こんな終わり方でも許されたのでしょう。時には真実を追究しすぎないことの方がいいこともあります。古き善き時代の御伽話もいいものです。
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Reading BOOK REPORT
双子 自殺 相続 替え玉
---- basic plot ----
・イギリス 牧場で栄える田舎貴族
自殺したとされていたパトリックが、突然家族の前に現れた。家族は彼の生存に驚き、彼の双子の弟であるサイモンも驚愕する。しかし彼の正体はパトリックの替え玉として送られた、その彼に瓜二つの男、ブラットという人物だった。ブラットが偽の家族と過ごしていくうちにパトリックの自殺の真相が明らかになっていく。
途中で真相が読めてしまったのですが、人間関係や馬それぞれの性格などユーモアに溢れていて面白かったです。レポートがんばろ。
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孤児のブラットはロンドンの街を歩いていると、役者のロディングに、故郷の親戚にそっくりだから、成りすましてその男になり遺産を相続し、二人で山分けしようと言われる。その親戚では両親が飛行機事故で亡くなっており、双子の弟がもうすぐ21才になり正式に財産を相続するというのだ。迷いつつその誘いに乘ったブラットはその故郷に向かうが・・
無事プラットはなりすまし通せるか、はらはらどきどきの展開。双子の兄の死の真相、なぜブラットは顔が似てたのかも最後に明かされる。オリバー・ツイストみたいな感じのする奇想天外ともいえるストーリー。「ロウソクのために1シリングを」にも通じる突飛な感じの雰囲気と同じような活発な少女も出てくる。
1949発表
2003.3.20初版第1刷 図書館