紙の本
細野さんの生活
2020/06/30 12:11
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投稿者:まさがき - この投稿者のレビュー一覧を見る
細野さんのインタビュー集。
細野さんは実生活における態度・習慣がその時期の音楽に色濃く反映される作曲家です。
80年代後期〜90年代の「環境音楽」志向、その裏側が垣間見えます。
ファンには興味深い本だと思います。
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最初は東京の昭和初期の風景ばかりを語っており、細野氏のインタビューであることを忘れてしまような気がして読み進めた。
リトルフィートとの出会いは細野氏の自分が持つ印象とは離れた位置にあるものであり意外だった。(図)
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1991年にされたインタビュー本の文庫化。面白かったので、すらすらと読み進んでしまい、あっという間に読了してしまった。この人の考え方の源泉が少し垣間みれたというのと、この人の原始風景が何なのかが少しわかった。ような気がする。あの作品がこういうことでできてたのかっていう単純に驚いた部分もあった。けれど、別に謎が解ける解けないってわけじゃない。そういうのを言葉に求めるのは筋違いだよ。音楽云々ではない話になるところの方が面白かった。こんなおっさんになりたい。目標。(05/11/4)
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幼児体験から音楽製作論まで多岐にわたる内容の濃さは読み応え十分です。
インタビュー冒頭が、港区白金台という、僕が子供時代に遊んでいた地理から出発するのも嬉しかったし、はっぴえんど後半に、細野氏自身が不安神経症に悩まされていたという証言は、たまたま自分も神経がくたびれてた時期に手に取った偶然もあって印象深い。
はっぴいえんど時代後期から、神経症と過喚起症候群に悩まされていた細野だが、それはある日を境に唐突に克服。すると今度は一転してハイになり、これまでの反動からか謎のトロピカル路線に。「TROPICAL DANDY」の製作に向かう。
つかみ所の無い細野の音楽スタイルと膨大な作品群を前に、むしろ細野の口からは、アーティストの創作の歴史が、隠遁する前の足の骨折も含めて単に個人の体質変容の連続性の結果でしかないことのように、この本では一貫して語られている。
無論、卓越した音楽プロデューサーとしての冷静な目線やマーケティング的視点も随所で発言に反映されていて読み所満載。
しかし平凡社ライブラリーの、文庫カバーがギリギリ装着できないこの中途半端な版形は何とかならないものなんじゃろかーい。
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子供の頃の街の様子、はっぴいえんど、海外の音楽、ソロ、YMOなど、
細野さんの歴史がよくわかるインタビュー本です。
アルバムのテーマ、つくりかたなども語られていて非常に有意義な内容だと思います。
ものすごくたくさんの道を通ってきたのだなぁと。
ほんと、天才。
凡人とは真逆デス!!
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聴いてきた音楽と自作について。冒頭に東京の今昔。長屋ぎっしりの白金台、変わらないのはカラスの多さ。池袋西武は鰻の寝床、と。
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色々な読み方ができる。さまざまな情報が濃密に詰まってて読んでてすごく楽しい。読み終わったあとはひとつかしこくなった気がした。笑
細野さんの深い教養に基づいた表現豊かな語り口でどんどん読み進める。幼少期から現在まで、東京の様子や音楽の変遷についてなど。読んでいて、瞑想や宗教といったスピリチュアルな事柄に対する意識が変わった。
細野さんは台風の匂いでそれがどこから来たものか分かるらしい。あ、これは東南アジアからきたやつだ、とか。笑
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この人については、知れば知るほど訳がわからなくなる。とりあえず、この人と比べると私はそれよりもずっとマトモでフツウだ。それぐらいぶっ飛んだ人みたい。細野さんは。
これまで幾つもの山と谷を歩いてきた人だから、筋の通った自分をしっかりと持っている。自然や仏教や宇宙をも味方に付けた、どっしりした考え方をしているな、というのが私の中での総括。
最後の方は読んでいてもう何がなんだか分からなかったけれど、この人の音楽以外の部分を垣間見できたことだけでも大きな収穫だった。もうこれ以上深入りできないと思う。あとがきにもあったけれど、謎が謎を呼ぶんだもの、きりがない。
「分福茶釜」を読み終えたあとに持った感想とは全くちがう。あちらだけだと、「細野さんは経験豊富な、素敵なお爺ちゃん」で終わっていたもの。併せて読んでよかった。
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1992年に出版された細野晴臣へのインタビュー集であり、幼少の頃からはっぴいえんど等における日本語ロックの創出から、トロピカル3部作に代表されるソロ作品、YMOの結成、そして再びソロ活動へ、という一連の活動が語られている。
私にとって細野晴臣というミュージシャンを始めて強く認識したのはSketch Showでのエレクトロニカ(最終的にはYMOの再活動に繋がる)と、HARRY HOSONO&WORLD SHYNESS名義でカントリー&ウェスタンを再解釈した「FLYING SAUCER 1947」であり、既にミュージシャンとしての”個”を強く感じていたものだった。一方、細野晴臣の音楽遍歴を辿ると、音楽プロデューサーとしても超一流であったということに気付く。それは本書に収められた本人の言葉を知ることで、ますます実感を新たにするものである。
そういう点では長らく廃刊状態になっている名著「レコード・プロデューサーはスーパーマンを目指す」について、早く復刊してほしい。