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トルストイの易しく書かれた民話です。
字は大きいし、ふりがな付いてるし、子どもから大人まで読めます。
トルストイ年表なんかもついてて、なんだか嬉しい。
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トルストイ・というと「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」が有名なロシアの文豪として知られていますが、
数多くの民話もたくさん残されています。
この「人間の愛」の描かれている民話は、子供たちにもわかりやすくかかれていてお勧めです。
さて、「人は何で生きるのか」
主人公の靴屋さんは、多くの人と同じように、自分の生活のことで生きるのに精一杯でしたが、道端で寒さに震えている青年と出会い、人生の意味を考えさせられます。
人の中には何があるのか?
人に与えられていないものは何か?
人は何で生きるのか?
みなさんも考えて見ましょう。
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人はなにによって生きるかというトルストイの好きな命題の一つを扱っている。
まずしい靴屋がひろった男は何ものなのか。
そして 男は なぜ笑いもせず黙々とはたらくのか。
平易な文章で書かれたトルストイ後期の特色がよくでている。
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セミヨンは靴屋。貧しい靴屋。
ミハイルは天使。罰を受けた天使。
善なるものって何でしょう?
心静かに読んだ一冊です。
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トルストイ作、題名だけ見ると仰々しいが、中身は民話です。
宗教色強いところもあるが、もともとキリスト教の学校にいたので、抵抗感はありませんでした。考え方を深めるような生真面目な哲学本というより、ふと人生に立ち止まったとき、かるく手にとって、淡々と読むだけで癒されるような、子どもでも読める本。
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あすなろ書房/2006・5・30
人は何で生きるのか
トルストイ
訳:北御門 二郎
装幀:和田 誠
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まぁトルストイなので、民話だけど意味わからないだろうなぁと思っていたけど案の定の展開でした。民話とか童話には昔からいろいろな教育的、宗教的な意図が隠されているけど、これもその一部だと思いました。意味わからなすぎて面白いっていう点で星4つつけたいけど、もう少しメタてきな視点で冷静にみたら星2つくらいなんじゃないかな。
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「トルストイ」なら北御門とどこかで読んで、手にとって見ました。
久々、民話にふれましたが良いものです。若干、宗教観が違うので捉えにくい部分もあるかも知れませんが良いものでした。
でも若いときは読めませんね。バカにしてしまいそうで。純粋な小さき頃にふれているといい糧になりそうです。もちろん歳を重ねてから改めて読むのもいいものです。
もし読むに耐えない人やバカにするような人は何か悲しい人なんだと思ってしまいます。
子どもに読むもよし、自分で読むのもよし。
簡単ですし、考えさせられます。そして何より・・・・何か感じると思います
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愛たしかに他と比較しようがないほど、美しい。
愛万々歳と、僕もそういう人生も歩んでみたいかな。
ただ愛によって起こる争いや、愛が永遠ではないことの前提を加味すれば、なかなかこうも素直に愛を信用することは個人的にはできない。
世界中の人々がこういう価値観で、本当に愛に溢れていれば、理想的な平和な世の中になるであろう。
だが、現実には絶対にあり得ないと思う。これは絶対と言い切れる。
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借りたもの。
トルストイのタイトル通りの民話。
お人好しの貧しい靴職人・セミヨンが、冬の辻堂で助けた男――ミハイルを通して、人間が生きるために必要なことを指し示す。
それはキリスト教における愛――互いに助け合うこと――だった。
去り行くミハイルの言葉と、書籍冒頭の『ヨハネの第一の書』の引用はリンクする。
『何で生きるか』の「何」は“目的”ではなく、精神的な”糧”となるものについてだった。
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貧しい靴屋が、仕事にうまくありつけなかった帰り道に出会う、裸のおとこ、ミハイル。
裸の男など、面倒にしかならないと通り過ぎては見たものの、人が災難にあって、死にかけているのに、おじけづいた通り過ぎようとは!と引き返して男に服を着せ、靴をはかせ、家に連れて帰る。
そこから始まる不思議な寓話。
「人の中には何かあるか?」
「人に与えられていないものは何か?」
「人は何によって生きるか」
小さな子にもまるでわかりやすい、当時の教養のなかったであろう農民、貧しい家の人たちにもわかりやすい愛の物語。誰にもわかりやすい福音書のようなお話だった。
解説によると、トルストイは自分のブログ大作、アンナ・カレーニナや戦争と平和をひていし、これからは民衆とともに生きると民話を書き始めた…とのこと。
自らの贅沢な暮らしに耐えられないと家出をし、列車の中で倒れ小さな駅で天に召されたと。。
和田誠さんのイラストが、大袈裟でなく、可愛らしくて親しみやすさがあってとてもすきだ。
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2018年はトルストイの生誕190周年でもある(少しキリが悪いですが)ということで、何か読んでみようと思っていたところに出会った本です。
『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』などの傑作長編を手掛けたロシアの大文豪ですが、彼の作品は読んだことが無く、その長大さに圧倒されて手が出ませんでした。
この作品は童話でボリュームも手ごろでした。
他者への思いやり(キリスト教的には「愛」)をもち、「善」を為すことの尊さを訴える作品ですが、ストーリーにも”品格”を感じることができる、決して子供だましで終わらない力を持った作品でした。
キリスト教であれ、仏教であれ、儒教であれ(そしておそらくはイスラム教であれ)、人間が社会を形成して生きている動物である以上、その生き方の理想となるべき姿は同じだ、ということを確認することができます。
人の中には何があるのか
人に与えられていないものは何か
人は何によって生きるか
自らの生き方を見つめる際に、とてもよい「問い」だと感じます。その答えは、それぞれの信仰する宗教や信念によって異なるでしょうが、こういった問いについて考えるという行為そのものが大切であるように思います。
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トルストイの作品から想像すると、長編の難しい本のように感じてしまうが、短編で、子供向けの内容です。タイトルは、子供向けとは思えませんが、素直な心には響く内容なんだろうと思います。さらっと読んだ正直な感想は、よく分からない…です。難しいわけでもなく、抽象的というわけでもなく、モヤモヤって感じ。深くも見込めてないのか?子供の心になって読めばわかるのか?感じるものがないまま読み終えました。きっと、子供に読み聞かせるにはいい本なんでしょう。
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p69
〜人は、自分の死を知る力があたえられてないということ、つまり私たちは、自分がいつ針でも悔いのないような生き方をしなければいけないということを教えてくれます。
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少々文体に古臭いところがあるものの、大変読みやすく、簡潔な道徳本である。こどもにも読ませたい。
人の中にはなにがあるか、人は何(なに)で生きるか。この答えが愛であるというのは、わりあいしっくりくるところであったが、人に与えられていないものは何か。ここに一番ハッとさせられた。
人は自分の死期を知らない(与えられていない)。そのことを、これからこしらえようとする靴が来年までほころんだりしないかを気にする旦那が、注文したその日に死んでしまった、というエピソードでミハエルは気がつくのである。今の自分は、この旦那になっていないだろうか?
タイトルの「何で」はもともと「What」の意味だろうと思うが、実質的なところは「Why」の意味もあり、「人」ではなく「あなた」と読み替えられるのではないかと思う。「あなたはどうして生きるか。」そんな問いをこの本は突きつけているように思う。