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紙の本
落ち込んでしまった人と這い上がった人、そして落ちたことのない人へ
2007/05/05 16:05
8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ばんろく - この投稿者のレビュー一覧を見る
角田光代の作品の主人公はみなとんでもなく甘っちょろいのかもしれない。しかしそれでもなお角田作品には魅力を感ぜずにはいられない。
作品の舞台はいたって平凡で、37歳にして独身女性のである主人公ハナの仕事や生活、恋愛を描いたものである。ハナは友人のチサトと共同で小さいながらも自分達の好みを反映させた古着屋を経営しており、少なくとも物語が始まる時期までは、苦労はあっても不安とはあまり縁のない人生を送ってきたように見える。たとえ独身であっても自分達の店を築き上げ経営しているという面では成功者であり、実際にハナ自身もチサトの言う「考えてみればわたしたちって一国一城の主よね」という言葉に一緒になって得意になっていた。
物語は恋人タケダ君の結婚宣言をハナが受け流すところから始まる。それを境に離れていってしまうタケダ君、もっと外から認められたいという欲求から中古ブランド品を扱い始めるチサトなど、今まで一緒になって好きなことだけをやってきた人達がいつの間にか身を固めていく。そんな中で取り残された感に苛まれたり、進むべき道をみつけられない自分に焦ったりと悩む始めるハナの心を描く。言うなれば自己が確立されていないことに伴う悩みであり、10代、20代ならば青春として微笑ましいものを37歳になって始めて味うことになるという、現在の若者の一部にみられる自己決定の引きのばしと、ある時点でのその飽和という心理を非常にうまく描いていると感じる。
角田作品の良さは、若者(というよりは大人になりきれない人)が抱える未熟や不安定な部分をテーマとして扱いいわゆるフリーター文学と呼ばれるジャンルに分類されながらも、氾濫する他作品から群を抜いて心理描写が素直でまた明瞭である点である。これらの作品に多い半エッセイ的で共感を呼ぶことにのみ長けているものとは一線を画す。むしろ、なんとなくわかると言ったような読み手の想像によって色を変える部分は少なく、各登場人物の描写は頑固ですらある。
著者が幾つかのインタビューの場で言っているように、納得できることしか書かないという正直さでもって、守備範囲は狭くとも説得力のある描写がなされていることで、どこかのだれかの物語ではなく、実際に相手がいるかのような存在感のある作品になっている。だから角田作品は好き嫌いが大きく分かれるだろう。何故なら登場人物自体を嫌いになってしまえば実在の人物同様に、一緒に居たく無くなってしまうからだ。
特に、大人になる、一人で生きるという問題に対してシビアな人にとっては、40歳にも手が届こうという主人公ハナがうろうろと人の価値観に流される様子は見るに耐えないかも知れない。しかしできればそういった人にこそ、ひとつ余裕を見せてもらってこの作品を読んでもらいたい。何故ならば、これは今の現実を非常によく反映していると思うからである。こいつはダメだと本を投げ出したくなるとき、それは作品自体(つまり著者の意図)に対してではなく、主人公自体に対して感じる感想であると想像するからである。こんなやつ現実の世界でうんざりするほどつき合ってるから小説の世界でまで出てくるな、という感想をどこかでみたときは思わず笑ってしまった。書いている著者は十分に自分を持っており、それでもなおこの視点を持ってものを書き、かつそれを必要とする読者が(若くない年齢層にも)多数いるという現実に目を向けてほしい。
いい歳して今まで何をしてきたんだ思う気持ちはわかる。しかしそれを誰よりも強く感じるのはハナ本人である。過去の空っぽを嘆いているうちは自分は変わらない。過去を正面から受け容れ認め、何もないところからでも足を踏み出すから前進が始まる。ハナが遅ばせながら気づくこと、それは今をうまく生きれない人達に共通した問いなのではないだろうか。