投稿元:
レビューを見る
興味があったので読みました。
何で私たちがこんな目にあわないといけないんだという叫びが詰まった文。
しかし私は全面的に支持は出来ない。だってさ、どうしようもない人も居るだろうけど。もっと頑張れよと思うエピソードもあるからです。
親が祖父が貧乏だから今不幸なんだ。。って何考えてんだよ努力しろよ。自分で頑張って抜け出せよ。家だって貧乏だわ。国立大学にいってたせいか学生ながら親元に仕送りをするような子もいたんだ。そういうのを見てるので私は彼らは甘えていると思ってしまった。
自己責任という言葉の元で不幸になると書いてあるけど最低限しなきゃいけない事、するべきではない事を考えないといけない。
投稿元:
レビューを見る
たまたま図書館で見つけた本。
表紙の絵が異様に興味をそそりました。
主張は間違ってないと思う。
でも負の感情が篭っているので、怖い。
所々で視野が狭いのではと思わせるけれど
しっかりデータに基づいているので妙な説得力。
1つ言えることが、
現代社会が絶対に目を背けてはならない事だということ。
投稿元:
レビューを見る
図書館でこの本をみかけ、
この著者の名前を最近よく聞くけど、
どんなことを書いてるのかなあと思い、
借りてみた。
前に、ニートについて書かれた本を読んだときに、
「ニートの存在は社会構造的な問題である」
っていうようなことが書いてあった、
今イチ、ピンとこなかったのだが、
本書を読んで、
「なるほど、確かに
社会構造的な問題といえなくもないな」
と納得してしまった。
今まで読んだ「格差社会」関連の本の中で、
これが一番切迫感があるというか、
「ああ、今の日本ってなんだかとっても
ひどい世の中になってしまったのね」
ということを実感した。
自分と重ね合わせて読める部分も
多かったからかもしれない。
たとえば、過労死寸前で働く正社員の過酷さは、
かつての自分そのものだし、
低賃金で企業に都合よく使われるパートという身分は、
現在の私の立場そのものだし。
著者の主張に「???」と思う部分もあったけど、
読み応えのあるノンフィクションだった。
投稿元:
レビューを見る
動物関連の先輩から教わった雨宮処凛(アマミヤ カリン)さんの本を読んでみた。
私の友人(男子)で、30近くもしくは30を超えてるのに、フリーターの人がポツポツいて、この人達大丈夫か?と正直思っていた。私は8年程前に就職活動をして、三十数社落ちてやっとの事で今の職に就いた。彼らには、その努力が足りなかったのでは?しっかりしろよ、と思っていた。この本を読むまでは・・・・・・。
●日経連が働く人を
「長期蓄積能力活用型」(←正社員)
「高度専門能力活用型」(←『ハケンの品格』)
「雇用柔軟型」(←この呼称からしてひどい)
に分類し、大企業にはすっかり浸透している。大企業は経費を抑える為に、正社員よりも非正規社員を望む。
●今や日本の労働者のうち、三人に一人が非正規雇用。
●生涯賃金の差は正社員とフリーターで三倍から四倍。
●非正規雇用者は、労災を認めてもらえなかったり(工場で働いてるのに!)、昇給は有ったとしても微々たる物。有給無し、そして何より、不安定な雇用形態。企業の都合の良い様に柔軟に使われてしまう。一人暮らしのフリーターなんて、風邪を引いて休むのにも覚悟が要る。
●「フリーター」とは「自由に働いてる人」では無く、「企業にとって自由に出来る人」。
● フリーターになるのは自己責任、という風潮。はなっから正社員を採る気が薄弱なのに。
この『生きさせろ!』を読んだ今、「色々知ろうともしないで、軽々しくフリーターを判定してごめんなさい」と言いたい。雨宮氏は色んな人にインタビューしているが、それを読んだら泣けてきた。同じ時代に同じ国に住んでいるのに、こうも厳しい毎日を送っている人達が居るのだと。こんな事続けていたら、過労やストレスでおかしくなる人が増えてしまうだろう。自殺だって増えるだろう。それから、修理よりも新しいの買った方が安い、とか、すぐにあれが欲しいこれが欲しいと物欲に走るのが、柔軟な雇用を促進してるみたいだと思った。商品が安く成る事を手放しで喜んではいけない。その分誰かにしわ寄せが行っているのだ。高い方が大切に使うし。
『蟹工船』が売れている理由が判った。
『生きさせろ!』というタイトルは決して大袈裟ではありません。そして、これは今現在の日本の話です。
(2008.8.8読了)
投稿元:
レビューを見る
最近の若者は根気がない、フリーター・ニートは甘えだという考えが違ったと思った。当事者にも至らぬ点があったのかもしれないが、一番の問題は社会構造なのだと痛感した。競争社会といわれているが、そもそもそのイスが少ない。大企業だけが利益を出す(そこで働く個々人もノルマに追われて余裕のない状況だと思うが・・・・)現状はとても危険だと思う。過労死予備軍だといわれている正社員、社会からドロップアウトして貧困にあえぐだけでなく非難の的になるフリーター・ニート。日本は今後どうなってしまうのだろうか・・・・・・。
経済大国という肩書きをすててでも、もっとスローペースな社会になってしまったほうがいいのではないかとも感じてしまうほどの惨状だと思う。
投稿元:
レビューを見る
不安定労働、将来のなさなど、身近な問題で初めは暗く感じるかもしれませんが、第六章「抵抗する人々」を読んで、抵抗のための考え方に触れてみると心強くなってくるかもしれません。
投稿元:
レビューを見る
ただ生きることただ働くことが
どうしてこんなに困難な社会になってるんだと、
気が遠くなる。考え込む1冊。
http://takoashiattack.blog8.fc2.com/blog-entry-734.html
投稿元:
レビューを見る
今から9年前に発行され、後に文庫化(ちくま文庫)されたが、今の雇用情勢は当時より悪化している。本書では「労基署は何もやってくれない」と訴えているが、今や労基署の窓口で失業者に対応する職員も、そのほとんどが「非正規社員」である。安倍政権は発足以来、国会で「自民党政権になって以来、雇用情勢は回復している」と強調するが、雇用が増えているのは「非正規社員」であり「正社員」は減少傾向が止まらない。工場の多くが非正規社員になったことで、日本企業の技術力は完全に失われた。
とある投資家が「日刊ゲンダイ」に執筆しているコラムで
「スーパーの『ダイエー』が凋落したのは、人件費を削ったからだ。パート社員が売り場の主力を占めていたのに、彼ら彼女らの勤務時間を削ったために、彼らは一斉に退職した。結果として売り場が荒れ、それが業績低迷につながった」
と書いていたが、その通りだと思う。正当な仕事に見合う真っ当な評価を下す経営者が増加しない限り、日本経済の復活はありえないと思うのは、私だけではあるまい。
投稿元:
レビューを見る
文章に引っかかったのかなんだかよくわからないが少し読みづらかったのだけれど、読み終わった。具体例が豊富に出てくるのでよくわかる。大企業がどんな体制を強いているのかとか、クリーンなイメージの裏でなにをしているのかなど、わかりやすくてよかった。特に、クリーンルーム(無菌室みたいな部屋)での作業を派遣社員がやるという話に衝撃を受けた。危険な仕事は、専門の知識を持つものがやるべきだし、事前の安全確認を万全に行わなければならないのが倫理・道徳である。普通の人が普通に考えること(だと私が思ってるだけなのか?)と企業倫理や経済効率優先の結果生み出される理論との大幅なズレが問題である。
投稿元:
レビューを見る
2012/04/30読了
フリーターの「フリー」は「自由」なのか?違う。企業にとっての使い勝手がいいという意味での「フリー」なのか。
低賃金低コスト 果ては人権までもが投げやりなフリー
普通に生きることさえ儘ならず、奴隷のように働かされて、どうしようもなく「自殺」という退路…いや進路しか残されない労働者
社会に出たならば、生きることすら制限されなければならないのか
政府や企業 経営者の方針が安価を求めて経済を円滑にしても
弱者へのフィードバックはあるのだろうか、と、疑問に思う。
日本は豊かだというけれども、果たして日本人は、労働者は豊かなのか?
人権を無視され、工場の機械の一部となり、過労死を持って訴えた若い労働者にも、かつては希望と自由があったはずなのだ。
全ての労働に関わる人間は読んでおくべき一冊。
投稿元:
レビューを見る
2007年出版。
当時は予約がいっぱいで断念した本。当時と状況は変わっているのか、など、時事ネタは、時間が経つとダメな部分あり。
原則として、みんな安定した暮らしをできないと社会が不安定になって、治安の悪化などで、私たちも巻き込まれる。他人事にはできない内容。
投稿元:
レビューを見る
プレカリアート(不安定さを強いられた人々)問題に体当たりする、著者の代表的な一冊
ここにはワイドショーでは放送させない、日本の真実があります。そしてこれからの日本に対する問題提議がある。
20から30代の皆さん。現状に疑問があったら読んでください。
ちょっと疲れた方、未来がないと思う人。読んでみて
そして周りに自殺願望者が居たら、死ぬ前にデモや集会にでも誘ってみよう。
決死の覚悟があれば、世の中変えられます。・・・・・変えられなくても仲間が見つかる・・・・・かも
個人的には、大学でて就職できずに仕方なく就活とバイトにがんばる、弟に読ませたい。
投稿元:
レビューを見る
本書で度々指摘されているように、フリーターやワーキング・プア等の若年労働力を巡る問題を複雑にしているのは、彼らのプライドに関わるデリケートな部分である。本書のタイトルのように「生きさせろ!」とストレートに叫ぶことを彼らの多くは忌避するし、むしろそう叫ぶものを侮蔑することで自らの優位性を確認する。「社会のせいにしたくない」という台詞は、この世代が大人になる過程で刷り込まれた「中流的」プライドが吐かせるギリギリのつぶやきなのだろう。
そのような彼ら心のタガをさらに固めるものとして、自己責任論や「犠牲の累進性」(典型例として曽野綾子「貧困の光景」を挙げよう)を強調する言説が存在する。「第三世界の貧困」を「餓死するものがいない」日本の現実と対比させることで、彼ら・彼女らはアフリカの不幸を嘆いているのではない。日本の貧困を糊塗し、追い込まれている人たちをさらに追い詰めているのだ。フリーターになったのは自己責任。三食欠かすわけでもなく何を甘えているのか、と。
しかし、一人一人がフリーターにならない努力をしていれば、世の中にフリーターという存在はいなかったのか?そうではない。初めからそのような労働力の存在が期待されていた中で、たまたま彼らがその役割であっただけなのだ。つまり、彼らでなくてもまた別の「誰か」が彼の代わりにフリーターをしていただけの話である。そんな当たり前の事実を本書を通して多くの人に共有してほしい。
投稿元:
レビューを見る
市場原理やいきすぎた利益追求は弱者を追い詰める。自己責任論で断罪している人を見ると悲しくなる。構造的な問題だ。そういうことをわかっていないのに、自分の力で今の自分があると考える人を見るとアホだなと思う。
投稿元:
レビューを見る
“日本の場合、求職活動しないと失業者としてカウントされない。失業者数のカウントの世界基準だったらもっと高くなるという話です。(略)まあ、そういうふうに失業者がたくさんいるとわかると政治的にまずいので、できるかぎり低く数字を出そうとするのは当然です”(251ページ) と書いてあったけど、世界基準でカウントしたらどのくらいなのか気になる。
日本って新卒一括採用とかもあるのに就職氷河期もあったし引きこもりも多いしネットカフェ難民とかも問題になってたし、大丈夫じゃないのに求職活動していない滑落者が多いような(増えた?)感じがするよね。