紙の本
元警察官が描く、理不尽な現実と対峙し懊悩する、生身の人間の姿
2008/03/16 00:43
9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:佐吉 - この投稿者のレビュー一覧を見る
五人の女性警察官を主人公に据え、(一編を除いて)その一人ひとりを語り手に、日常と呼ぶにはあまりにも過酷な、彼女たちの警察官としての日々を、内省的に、しかし冷徹に綴った連作短編集である。
著者のローリー・リン・ドラモンドは、かつて実際にルイジアナ州バトンルージュ市警に勤務した元警察官である。ドラモンドは交通事故によって職を辞した後、大学でクリエイティブ・ライティングを学び、十二年の歳月をかけ、この処女短編集を書き上げたという。この中の一編『傷痕』によって、彼女はMWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞最優秀短篇賞を受賞している。
原題を『Anything You Say Can and Will Be Used Against You』という。アメリカで法執行官が被疑者を逮捕する際、被疑者に通告することが義務付けられている「ミランダ警告」という条文の一節である。映画やドラマなどで耳にしたことのある方も多いだろう、被疑者の権利の保護を謳ったこの文言は、アメリカの警察官にとって、それを告知することを「Miranda-ize(本書では「ミランダする」と訳されている)」と一語で言い表すほど日常的かつ形式的な、云わばお約束である。この杓子定規なフレーズが、絶対的で融通のきかない組織の建前と、凄惨な事件現場、凶悪な犯罪者、そしてときに自らの生命の危機に直面する生身の人間の心情とのジレンマを象徴するかのように、作品全体に低く、重く、アイロニカルに響いている。
警察小説としてハヤカワ・ミステリ文庫から刊行されているが、本書は謎解きの妙を楽しむミステリでもなければ、スリリングなサスペンスに満ちたアクション小説でもない。そういった期待を抱いて、つまり何らかのカタルシスを得ることを期待して本書を開いた読者は、きっと肩透かしを喰らうだろう。この作品には、難事件を解決する名刑事も、超人的な活躍をするスーパーヒーローも登場しない。あるのはただ困難で過酷な、ときに理不尽な現実と対峙し懊悩する、生身の人間の姿のみである。
職務中に襲いかかってきた強盗犯を射殺したキャサリン。同じ警察官である夫の殉職に立会いながら気丈に職務を遂行するその後の彼女。交通課の警察官として様々な事故現場に遭遇し、自らもまた職務中の事故によって辞職したリズ。家庭を省みなかった父と同じ職場に就き、緊迫した状況の最中、彼に殺意を抱くモナ。暴漢に刺されながら自作自演の疑いをかけられた被害者に胸を痛めるキャシー。そして事件現場での思わぬ出来事によって職務放棄してしまうサラ。
ドラモンドは、抑制の効いた端正な筆致で、圧倒的なリアリズムをもって、警察官の日常を精緻に描く。そしてそれは執拗なまでに読者の五感を刺激する。周囲には胸が悪くなるような死臭が漂い、読者は我が身に直接痛みを感じるに違いない。彼女らが独白する苦痛や恐怖や葛藤は、そうして積み重ねられるディテールによってさらに鮮烈なものとなり、読む者の心に深く共鳴する。読者はいつしか、自分自身が彼女たちと同じ場所に立っていることに気づくだろう。
余談になるが、かつて本書が単行本で出版された際、その帯には書評家池上冬樹氏の「読みながら何度も心が震えた」というコメントが踊っていた。朝日新聞に掲載された彼の書評からの引用である。この作品が、比較的読者層の限られた「ハヤカワ・ポケット・ミステリ」の一冊として上梓されながら、広範な読者を獲得したのは、池上氏をはじめ多数の評論家がこの作品を絶賛したことに多くを負っていると聞く。そうして本書がジャンル小説の枠にとどまらず、数多の読者の目にとまったことは、本書にとってはもちろん、それぞれの読者にとっても幸いなことだったといえるだろう。
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5人の女性警官のそれぞれの心理描写がしみじみとしますが、所々のリアルな情景は飛ばし読みしたくなります。
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男性社会ともいえる、警察機構で仕事をしていく女性の物語。
リアルな事件描写や、心情描写に圧倒される。
特に、人間の死臭にこだわった描写が多かったことが、印象的。
そして、様々な事件を担当する警官たちも私たちとかわらない、人間なのだ、ということを改めて実感できる作品。
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良かった!海外小説が苦手な自分が、没頭して読めた。小学生の時にロアルド・ダールの『マチルダは小さな大天才』を読んだ時と同じような感覚。すごいなぁ。
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「あなたには黙秘権がある…黙秘権を放棄しての発言は、
あなたに不利な証拠として法廷において採用し得る…」
米国の警察官が犯人逮捕にあたって
容疑者に必ず告知するのが、この「ミランダ警告」。
はじめて耳にしたのは、ずっと以前に放映されていた、
ロス市警のパトロール警官のコンビを描いた「アダム12」というドラマだった。
毎回必ず出てくる言葉だったので、
ドラマの台詞のとおりに今でも憶えています。
そしてこの小説のタイトル、「あなたに不利な証拠として」も、
同じミランダ警告の中の言葉…
家族間のいさかいから、凶悪な暴力犯罪まで、
街で起きている出来事の現場に駆けつけ、
米国の警察官は幾つものドアをノックし続ける…
人間社会の歪みと耐え難い現実の最前線に毎日身を置き、
時には一日に何度も同じこの警告を誰かに告知する。
それだけにこのタイトルそのものが、この小説の持つ、
警察官の日常のリアリティを強く表しているように感じます。
著者の背景と同じく、登場する5人のパトロール警察官はすべて女性…
彼女たちは実に淡々と自分が職務上経験した事柄を語る。
一編一編が、強烈なリアリティをもって迫ってくる…
現場の空気を吸い、匂いを嗅ぎ、腐敗物を目にし、
そうした終わらない日常によって訓練された感覚を集中して、
彼女たちは今日も職務を遂行する。
そしてそれぞれが自分の中に折り合いをつけて行かなければならない…
その現場で目にすることに嫌悪と吐き気を感じ、
正義を代表する立場にあっても、自分の行為に時に罪悪感さえ抱く…
強くタフに感じられる彼女たちも、常識と精神の限界を抱えた、
心に深く傷を負うこともある生身の女性たちであることを、
読み進めながら痛切に感じさせられる。
警察官であるというこことはどんな体験なのか?
この小説はこれまでになくリアルに表現しています。
生き生きとした5人の女性警官たちに羨望と少しの愛しさを感じると共に、
1990年度に公開された、やはり女性のパトロール警官を描いた映画、「ブルースチール」を思い出した。
その映画の公開時のPRコピーはこんなだった…
「ダーティ・ハリーを卒業したら見てもいいよ」
この小説を読んだ印象も、同じです。。。
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池上冬樹の帯を見て購入した。『素晴らしい!素晴らしい!もうこれほど素晴らしい小説を読んだのは、いつ以来だろう』こんなにベタ褒めの帯は見たことがない。まるでコピー・ライターのような帯だ。一抹の不安は、本書がアメリカ探偵クラブ賞の受賞作なことだ。これは読者に大きな誤解を与える。確かに10編の短編は、アメリカの女性警官が経験する強盗、殺人、レイプなどの様々な事件を題材としているが、むしろ、そこに描きこまれているのは、ひとりの人間としての女性警官の苦悩であり、生々しい葛藤である。これほど圧倒的に存在感のある『声』の小説を久しく読んだことはない。
池上氏は末尾の解説にて、いみじくも、『日本の純文学が失いつつある徹底したリアリズムの強さ、叙事が生み出す詩情の輝きをあらためて印象づけてくる』と述べているのが適切だ。決して、エンターテーメント、ミステリーといった面白さはないが、是非、次のようなリアルな文章を堪能して欲しい。
『肉体が活動を停止すると、たまった体液が放出される。死体を扱うのに最適なのは体液が染しみ出る前だ。死後硬直が始まると、死体は膨張して大きな黒い水疱になり、しまいに皮膚がはじける。そのときの匂いは、味になる。わたしは死の味が舌や喉や肺をびっしり覆ってしまうとは知らなかった。煙草を吸ってもだめだった。コーヒーや、思いつく中でもっとも刺激の強いアルコール、ストレートのジンですすいでもだめだった・・・』
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タイトルはミランダ警告の一文。
事件が起きて、犯人は誰だ?って内容ではなくて、女性警察官達の日常が描かれてます。常に死と向き合っている彼女達のようすが敢えて淡々と書かれていて、それがとても印象的で、どの話も胸が痛くなりました。
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エンタテインメントの枠の中で最大限抉ったらこうなるという手本。事件は終わってしまっていて、思い返す女性警官の内心だけが生々しいという構造がすばらしい。
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ミステリではないけれど女性たちの生き方がすごくリアルで面白い。
ただ、ものすごく彼女たちはアメリカ的で
どうしようもなくアメリカ的で笑った。
「それに実を言うと私の身体は勉強よりもセックスに関心があることが分かった」
主人公が大学を辞めた理由。
なんじゃそら、と日本人(私)にはその二つを天秤にかけるという発想がびっくり。
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なんでこんな風に書けるのか?
風や空気、匂いや音、なんの作りもなく読むだけで、遠く離れた地の空気に包まれる
そして悲しくなるほど淋しい自分の感想..... ふぅ
味、感触、視覚...のラスト1ページ
特に最後の4行が素晴らしいです 素晴らし過ぎていつか何かでパクろうと思い購入を考えたサイテーな私です
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タイトルの意味を全く知らなかったため、推理小説だと思って読み始めてしまいました。
警察用語だったんですね、タイトル。
中身は、だいぶ骨太の警察小説です。情景描写がとても細やかで、キレイな文章を書かれている、という印象を受けました。
(和訳の方が上手かったのかもしれませんが)
少し特異な形式ではありますが、一応短編集です。シリアス目な警察ものが好きな方にはオススメです。
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女性のハードボイルドは、それだけで星ひとつ甘くなってしまう。分かりやすくカッコ良く、分かりやすく生き辛そう。
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元女性警察官が書いたハードボイルド。女性から見た目が繊細で感覚的で非常に興味深かった。「考えるのではなく感じろ」とものづくりで言われるがそれに近い感触が表現されていた。男性作家にはない鋭さがある。面白かった。
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全くの未知の世界なのに、否応なく引き込まれした。
モナー!
職務からうけるダメージ。主人公が感じている恐怖、後悔などの気持ちは計り知れません。
それでも内面でひたすらもがくのは、彼女たちが人生の先の路を苦しみながらも求めているからかも。
凛とした外面の反面、彼女たちが誰にも零すことなく人生にくじけてしまいそうなほどの弱さを抱え込みながら、必死にまた明日を迎えようとする。その人間味に思わず彼女たちを抱きしめたくなります。
腐ったりいじけたり、ひん曲がっちゃうのだって、根が優しいからなんだよ皆。
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ミステリー(謎解きの)だと思って読み始めたのが失敗でした。警察小説だよこれ。そう思って読んでなければかなりの肩すかしで、評価が違ってたなあ、と。女性警官の生き様という意味では面白いですよ確かに。あああ。