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紙の本
稀代のコーヒー狂はニヒリストだった?
2008/12/25 11:29
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:江戸むらさき - この投稿者のレビュー一覧を見る
奇人としても知られていた吉祥寺「もか」店主の一代記。銀座ランブルの関口やバッハの田口と並び称されたコーヒー名人の一人で、タイトルにあるように、まさに「コーヒーの鬼」と呼ぶにふさわしいほど焙煎に、また抽出に我を忘れて没頭した。めざしたのは、ダイヤモンドのようなコーヒーだ。
もかのコーヒーは数知れないくらい飲んだが、飲むたびに感動があった。著者の前作『コーヒーに憑かれた男たち』の中では、もかのコーヒーには「品格」があった、などと書かれていた。店主の標はたかがコーヒーにも品格を求めていたのである。
この本に貫かれているのは、大事なことは言葉では伝わらない、ということ。それと作品の中に引用された魯山人の言葉「鑑賞力なり味覚なりは、わかる者にはわかるし、わからぬ者にはどうしてもわからない」に象徴されるような、ある種の諦観。もかの店主はよくこう言っていたという。「世の中の人間の99%は、うまいコーヒーがどんなものかを知らない」と。
コーヒーに対する世間の無知や無関心に絶望し、標はついには草莽に隠れるようにして晩年を送った。コーヒーの味は抽出温度1℃、焙煎時間1秒、コーヒー粉1グラム違っただけで、大化けしてしまうという。そんな微妙で細密な世界に生きたコーヒー馬鹿が標交紀だ。
お客が飲み残したりすると、精神に変調をきたすほどコーヒーにのめり込んだ稀代のコーヒー狂。他にも標に負けないくらいの奇人変人がいっぱい登場してくる。コーヒー自家焙煎の世界は奇人変人を生み出す腐葉土のようなもの、と著者は言うが、読めばそのことを得心するだろう。前作同様、コーヒーを通して描かれた東西比較文化論にもなっている。
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