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誰もが一度は読んで英雄たちの繰り広げる謀略に心躍らされ、自分も将来リーダーではなく軍師的な人物に成りたいと考えた人も多かったのではないか。本書は「兵法三十六計」を題材に、三国志の世界を例に挙げ、現代のビジネスに活かすための叡智を授けてくれる。因みに挿絵はあの漫画三国志を描いた横山光輝氏だ。これ以上無いワクワク感で読める。
特に為になる計略を挙げるなら以下の通りだ。
・擒賊擒王(きんぞくきんおう)の計
人を射んとすれば先ず馬を射よ、俗を捕(擒)えんとするなら、先ず王を捕(擒)えよの意。呂布が計って曹操を誘き出して追い詰めたが、結果的に逃してしまった事で、4年後に逆に討滅されてしまう。攻めどきチャンスを逃してしまえば結果的に勝利は掴めない。物事の急所を捉えて、困難な先にある成功を掴む事が重要。
・無能安示(むのうあんじ)の計
明帝臨終に際して権力争いに巻き込まれた司馬懿が病気やボケたふりをして身を潜め、最後にクーデターで洛陽を占拠する。敵を油断させてその裏で着々と反抗の準備を進め、一気にやり遂げる。
・連環(れんかん)の計
赤壁で有名だ。強大な敵に対して正面からの戦いを避け、陰謀をめぐらせて連続性を持たせ、相手を翻弄しながら混乱に陥れる。心身ともに疲労させて弱めていく。王允が董卓を倒すために、呂布と董卓両者に貂蟬を譲り渡す話をして、貂蝉の見事な演技で徐々に二人を引き離して行くという「演義」での話や、赤壁の戦いで、舟酔いに悩む魏の兵士たちを見て、龐統が曹操に舟を鎖で繋ぐ様に進言する事で黄蓋・周瑜の火攻めを確実なものとした。
敵の不安な心理や不利な状況につけ込んでそれをカバーできると持ちかけ敵の自由を奪った上でこれを撃つ、ビジネスでもよく使う手だ。
・釜底抽薪(ふていちゅうしん)の計
煮えたぎった湯は手がつけられないが、火を発す薪を取ってしまえばいずれ湯は冷める。兵力では圧倒的な袁紹軍の糧秣を焼き払って仕舞えば敵は浮き足だって戦局を逆転できる。ビジネスであれば問題の本質を見極め、原因やそれを誘発する状況に潜む課題を取り除くことが重要だ。
・反客為主(はんかくいしゅ)の計
日本のことわざでも「軒下を貸して、母屋を取られる」とあるが、主人が上手に客をもてなせずに、客にもてなされるような恰好を指す。徐州を呂布に奪われた劉備や、益州を劉備に奪われた劉璋がそれにあたる。客の座に居座ったなら主人の弱点を探り行動を開始すれば一挙に権力を手にすることができる。部下に常に立場を狙われる上司の様だが、私もそう簡単には奪われない様注意している。
・指桑罵槐(しそうばかい)の計
服従しない有能な部下や、叱ることの出来ない上司を直接叱責するのではなく、叱られ役を用いて理解させる。北伐する諸葛亮が司馬懿の計略により寝返った部下にあらぬ噂を流され、北伐を中止して成都に戻らざるを得なくなった。孔明はそれを見抜いていたが、あえて帰り留守を任せた費禕や蒋琬を叱る。それは本来劉禅に向けられたものであった。ビジネスでも叱られ役をうまく用いて組織を引き締めるのは効果的。全員に対して注意を促してる様で、実は特定の部下に対するメッセージを発信している。
・樹上開花(じゅじょうかいか)の計
花を咲かさない木に花を咲かすようにカムフラージュすること。陽動作戦。孔明は北伐の開始にあたり、本来攻めるべき場所とは異なる場所を攻めると言う噂を流し、防備の薄くなった場所を一挙に攻め落とす。そこは魏を攻める上での要衝であった。ビジネスでも容易に真意を出さず、相手が注意を逸らしたタイミングで一気に本質的な話を持ち掛けると、判断の隙を与えずに傾れ込む様に事が進むことは多い。
・十面埋伏(じゅうめんまいふく)の計
曹操に登用された程昱が強大な袁紹軍に対して夜半に奇襲攻撃を仕掛ける。袁紹軍は姿も見えず半数にも満たない兵によって大混乱に陥る。夜半を利用して大声で襲いかかる、予め少数部隊を広く配置しておくことで、闇に紛れて本来の軍勢以上に見せかけたことから、本来持つ以上の力に見せかける策を指す。実力以上に見せかけることで、実力をつけるまでの時間稼ぎにすることができる。最後まで実力をつけずに威勢だけでは何れ見抜かれてしまう。
・走為上(そういじょう)の計
戦わずして逃げるのが他の如何なる策よりも有効であるとし、孫子も「善く戦う者が勝つとは、勝ち易きに勝つ者なり」、また呉子に「可を見て進み、難を知っては退く」とある様に、面子にこだわって逃げるタイミングを失えば窮地に陥る事を表している。曹操が劉備を攻めあぐねた際に「鶏肋」と言い残して退却したからこそ、大敗を免れ無事に帰還できた状況もこれにあたる。鶏肋とは食べ終わって肉のついてない鶏の肋骨の様に、これ以上は利益がないとする意。ビジネスでも費やしたコストの回収が不可能な状況のプロジェクトであっても、損切り出来ずにダラダラと続け、その間に有望な社員は状況を見限って次々と辞めていく、そんなシーンに出くわした。撤退は終わりではなく、次へのスタートと見るべし、とは今の会社でも叫びたい心境だ。
現代の戦争の様に兵器の善し悪し(ゲームチェンジャーと呼ばれる戦局をひっくり返す様な武器も存在)が戦況を大きく左右する様な時代ではなく、あくまで兵馬の質と量で戦う時代であるから、頼るところは人の頭脳と統率りにかかっている。
本書はどれをとっても戦争ばかりでなく、現代ビジネスに役立つ計にあふれている。判りやすい例とビジネスシーンを思い浮かべて、ぜひ明日の職場で試していただきたい。ほんの少し性格が悪くなりそうではあるが。