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労作である。長年この分野に研究を費やしてきた著者の集大成的な著作。難点は、少し繰り返しが大きいこと。繰り返し出てくるまとめを省けば本の分量は30%は減りそう。
大学院の講義内容に関連した内容であり、日本の正義論ではどのように考えるのか読み解くために読んだ。正義論にありがちな理想主義的思考がないわけではないが、正義論の本としてみればかなり現実主義に近い本であると思う。現実のデータを見つめ、問題を発見し、それをどのように捉えるか分析していくところは良い本だと思う。
ただし、正義論の本である点で、正義論そのものの弱点を孕んでいることも事実。つまり、どのようにそれを実行するかという視点を欠いている。例えば、本書で富裕国からのODAなどによる2%の所得移転で、貧困を解決できると提唱している。本文ではわずか2%程度と記述され、読む人からすればそれくらいできるのではと思うかもしれない。そして何より、貧困にあえぐ人々を助けることは大切だなと思わせる。
しかし、日本の防衛予算はGDPの1%程度である。この2倍を他国の貧困削減に用いることが現実的かどうかは自明だ。貧困は悲惨である。しかし我々は身近な問題を優先してしまう。例えば今話題の待機児童問題にその分の資金を回したほうが国民には必要だし、政治家にとっても選挙などの面でメリットが大きい。国益という概念から見た時に2%を”わずか”と捉えることは実現可能性を無視しているのではないかと思ってしまう。
このようにhow?という疑問に対して正義論は概して対応できていない。正義論に共通するのは、それが倫理的に正しいこと(利点)、それがどうやって実現できるかという視点が欠けていること(弱点)である。問題提起にはなっても、政治的に考慮されるところまで対応できていない正義論はまだ、成熟していないことを露呈する。
このように批判は多くできるが、それでも問題提起としては面白いし、何よりこうした理想的であっても重要な問題を考えることは長期的には必要であり、それをやめるべきでないだろう。