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実に、音が鍵になっているお話ばかりだった。
「台所のおと」
特にこの作品は、音の細やかさが際立っていた。
全体を通して、音がこの作品を包み込み、あふれ出し、行間から聞こえてきた。その音のたたずまいまで、ありありと感じることができた。
作者は、なんと繊細な感覚の持ち主なのだろう。
丁寧に生きてきた作者の人となりが、見てもないのにはっきりとわかる。
素晴らしい小説だ。
さすがだ。
「深川の鈴」
江戸っ子とはこんなに粋なんだな、と、感心した。
お糸のさばさばして、真っ直ぐで、すっきりした強さは、読んでいて心地よかった。
夜にお母ちゃんにそばにいてほしかった子どもたちは、ちょっと不憫だったけれど。
「斑鳩物語」
実に田舎らしい、そんな風景にあふれていた。
窓から見える景色も、塔のなかのほこりっぽさも、
話す声も、夜の音も。
通りすがりの旅人が、そこの生活に触れる、その感覚が伝わってきた。
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裏表紙に「何気ない暮らしの音が優しく響く三篇」とあったが、本当にその通りで、読んでいてほのぼのした。(こちらを読む前に読んだ、同じ百年文庫の『白』は真剣で重い内容の作品がおさめられていたので、余計そう感じたかもしれない。)
最初の、幸田文『台所のおと』がすごく良かった。
病気で床についている料理人の佐吉が、布団の中から、妻の立てる台所の音を聞く。
音だけで、こんなに色々なことが分かるなんて…。妻のあきさんが台所で立てる音の描写を読んでいると、自分も音に注意しながら丁寧に料理したいような気分になった。
音の描写から、あきさんの台所仕事ぶりだけではなくて、それを布団の中から聞いている佐吉さんの妻に対する優しい愛しみに満ちた眼差しみたいなものも一緒に感じられる。素敵な話だった。
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どの短編も、音が聞こえてくるとしか言いようがない、見事な三作品。静かな部屋で、本から聞こえてくる音に耳をすませたくなる。
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幸田文「台所のおと」
川口松太郎「深川の鈴」
高浜虚子「斑鳩物語」
どれも音にまつわる、美しく哀しい作品。
静かにひっそりと、丁寧で美しい音を立てることが
日常にあった時代。
どの作品も読後、それぞれの音が耳をすませば
聴こえてくるような余韻が残った。
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『音だけを頼りに一挙手一投足を想像する愉しみ』
普段、何気なく聞こえてくる音。いつも同じように聞こえるように感じても、実際には、音をたてる人の感情や状況で微妙に変わる。そんな音の精細さと、人の気持の揺れ動きを描写した3作品。『台所の音』がお気に入り!
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幸田文『台所のおと』、川口松太郎『深川の鈴』、高浜虚子『斑鳩物語』三篇のオムニバス作品。
冒頭『台所のおと』。
凄まじいほどの筆力で描写されているのに、息を呑む。
夫、佐吉のもう手の施しようのない癌を宣告された妻、あき。あきは、医師から、病人には決して悟られてはいけないと忠告を受け、自宅での闘病と看病とが始まる。
さてここまでは、別段変わりのない、どこの家庭にでもある話。
しかし、料理人一筋で、小料理屋を構えてきた佐吉のかわりに、あきは、自分が台所にとって店を取り仕切らなければならない。
そこへきて、佐吉は台所のおとを正確無比に聞き分ける。
水のあたる音を聞いて、菜のものの種類がわかる。包丁で刻む音で、板の前の人間の心情も読み取る。
料理以外には趣味も何もなかった佐吉は、障子を隔てて、台所に立つあきのおとを聞くのが慰め。
あきはそれを知っていて、自分のたてるおとが、佐吉に、病状の真実を伝えてしまうのではと、慮ってながら日々を送る。
物語は、近所の火事によって展開を見せる。
近所の魚屋の三男、秀雄が火事の出元と、ここの無事を知らせに家まで入ってきた。
どうやら、手伝いの下女、初子に気があっての行動だったらしい。
次第に翳りを見せていく佐吉と、それを取り巻くように物語の緊迫感は増していく。
夫婦の寄り添う日常は、そんな差し迫った死を前に、色艶を増し、佐吉は往年の夢だったあきとの新築を語り、あきは否が応でも、そう遠くない佐吉の死を前にして佐吉を見とるまで、自分が主人、手伝いの初子と秀雄の三人で料理屋を回していく未来を思い浮かべる。
後半にかけては、佐吉という男の一生を、これまで縁を持った女性たち、その女性たちが持っていた音によって語る。
人物の音によって、人物を描写していく筆致に恐ろしいほどの鮮明さがあって、ページをめくる手を止めさせる。
音という、限りなく抽象的な性質を持つモノが、人の描写に限りない具体性を与え得るという不思議に震えた。
物語の終焉は、くわいを炒めていたあきに佐吉の「ー芽がなすっちや、古株の形がわるいよね。そう思わないか?」の科白。
ここで、あきと同様に読者は、やはり佐吉は自身の不癒に気づいていたのかと、確信にいたるのだけど、不思議と死の陰鬱さとか、恐怖とかは無い。
新築の夢は、自身の叶えたかった夢を、やり残したことを終えてしまいたい、といったものではなく、あきがこれから主人になるその構える城として残すため。
見て覚えろと、教えなかった料理も、懇切丁寧に言い聞かせ、新築の具体的な間取りに、取付までも言い聞かせた。
それもすべては、最後の科白に集約される。
佐吉の臨終は描かれない。最後の科白のあと、〝えらくたくさん喋った〟と筆を置く。
佐吉にはこのような最後しか有り得ない。そう思ってしまうほどの、物語に付与された、夫婦の絆の辿る道。確実性。限定性に感服する。
私が一番好きなのは、茶を焙じる場面。茶葉を焙じるときのおと。
本オムニバスの命題、『音』に見事に合致する。
物語のそれぞれの場面で、当人以上に内情を語る音のかずかずを読めば、人の放つ音がどれほどその人を表すかを如実に物語っているとわかる。
幸田さん、よくここに視点をあてたなぁと、思う。
『深川の鈴』は、作家志望の青年、私と、子二人を抱え深川に鮨屋を構える後家、お糸さんの愛の話。
生きていくことの内実に焦点があてられつつ、生きていくとことの些末で、不都合なあらゆる雑多な出来事を、文学を志す純朴な青年の真摯さと、それを側で支えるお糸さんの愛が、打ち消していく。
人は物語に生きる。
それがよくわかる。洗い物から、飯炊き、料理、掃除、洗濯。労働、金銭の種々。すべてをひっくるめた、この煩雑な生活すべてが、他の何とも結びかずに、ただそこにあるのだとすれば、人は何のために生きているのかと、たちまち心を病むだろう。
愛は、生活に意味を加え、その他一切を打ち消していくことができる。
『深川の鈴』の凄味は、その生活を立ち行かせていくという点で、芽生え育まれていた愛を決定的に、すれ違わせる現実を描いたところだ。
私は、執念と努力の甲斐あって、懸賞に入賞し、文士としての道を切り開く。
お糸さんとの愛はますます、深まっていくと思えたが、鮨屋の職人として、二児の母としての生活とは、互いに交わらないものだった。
お糸さんは鮨屋の婿を取り、私はあっさりと、一人になってしまった。
しかし、お糸さんは自分の生活を守りながら、私を裏切ったのではなく、文士として羽ばたくであろう私を世に送り出した。
この愛の結実に、二人の愛の誠実さと、苦しい思いを断ち切ったお糸さんの人間としての深みが感じられる。
物語は終わらない。
文士と映画俳優養成学校をしていた、私のもとに、当時、私が可愛がっていたお糸さんの娘の娘が生徒としてやってくる。
私はお糸さんとの再開を試みるも、お糸さんは女性の容姿は変わるもの、と断る。
私は、それを認め、再開はせずに終わる。
愛を思い出の中にしまうことで、それが、損なわれないように、よりにも増して、輝くように保存する。
これが、琥珀のようでもあり、私の思い出の中に完全に生き続ける物語となって終わるというのが、心を打たれた。
『斑鳩物語』は、坊主と健気に働きながら、叶わぬ愛の前に精一杯生きる娘、お道さんを、主人公、私が眺め、描写するお話なしである。
私の、傍観者に徹する筆致が、読み終えてからじわじわと良さを覚える。
お道さんの恋が、機織りと筬の音、彼女の歌で表現されるところも、これは、聞いている、読んでいるこちら側に、それぞれの感傷を抱かせてくれる装置として意味を持っている。
描写的な文章が苦手だった自分には、その描写の目的と意味とを考えろと言いたい。
今は、斑鳩物語と題した、作者の真意がまだわからないが、法��寺、若草伽藍を舞台にして、そこで繰り広げられる、修行僧と、娘との恋にもなんらかの意味があるのだろうか。
三作とも選りすぐられている、名作で、タイトルの通り、音が物語を動かし、人に命を吹き込んでいる作品ばかりだった。
この『音』。普段から、私も気をつけて聴いてみることにする。
人の放つ音といものに、人が読みとれるということを、本書より学んだのだから。
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テーマがもう一つピンとこないときもあるが、本書のテーマ「音」は3編ともにうまくはまっている。高浜虚子の斑鳩物語は機織りの音(と抑揚まで再現される大和言葉も)、幸田文と川口松太郎は題名のごとくそれぞれ台所と鈴の音がそれぞれ作品の鍵となっている。
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(図書館本)
音にまつわるはなし
幸田文…台所のおと
気の難しい料理人(男)が床にふせ
聞こえてくる妻の台所の音にいろいろと思い馳せてるみたいなやつ。
料理人目線が中心。
時代もあるのか…ちょっと上から目線が
気に障る(笑)
音はタイトル通り
川口松太郎…深川の鈴
さくさくと読みやすい。
ちょっと艶やか場面あり。
主人公信吉の師匠の円玉…に
おいおい、って突っ込みたくなった。
お糸さんが気丈で強い…
音は鈴の音
高浜虚子…斑鳩物語
京都奈良に仕事にきた?男の話。
宿で出会った機織りをする女の子を気になり…
なんか、よくわからなかった。
旅エッセイみたいな感じ?
音は機織り機(筬)
一番読みやすかったのは深川の鈴