紙の本
幕末の動乱を舞台にした哀しい恋の物語
2012/01/09 10:13
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る
これは日経新聞が公募したコンテストで見事グランプリを獲得した小説ですが、いまどき珍しい史実とロマンを表題の香り高い植物に結実させた秀作でした。なるほどこれならゆうに賞金1千万円に値する作物です。
私はよく知らなかったのですが、世の中には種子の遺伝子情報を売買する種苗産業が国際的なМ&Aを繰り広げていて、たとえば韓国では1990年代に財政破たんした際にキムチ用の固有の白菜、大根の遺伝子情報を持つ種苗会社が欧米系の種苗コングロマリットに買収されてしまったそうですが、そんなこととはつゆ知らず私たちはキムチを美味しく頂いているわけです。
沈黙の遺伝子帝国とも言われるそんな日本の種苗会社に勤務する商社マンが、偶然英国の田舎で日本風の庭園に出会い、庭園の女主人から手渡された150年前の先祖の古びた手記を開くと、そこに登場するのはアーネスト・サトウを思わせる英国の外交官と彼に日本語を教授する謎の美しい大和撫子……。幕末の動乱を舞台にした海を越えた清らかな、そして激しい恋の物語のはじまりです。
結局恋する2人には哀しい結末が待っているのですが、そのロマンスを折に触れて彩るのが本作のタイトルにもなった日本原産の野いばら(野薔薇)。春にはむせるような甘美な芳香と共に白く小さな無数の花弁を付け、秋には深紅の果実を付けるこの美しい植物は、ちょうどこのころに欧米に移植され、後にさまざまな交配を経て今日私たちが薔薇としてめでる華麗な飛躍を遂げるのですが、著者はそんな歴史的事実を踏まえつつ、いわばつぼみの時代の花と人間と国家の象徴としてこの海を渡った植物をいとおしく描写しています。
2人の主人公が囁いたように、あらゆる植物の中で小輪の野薔薇ほど美しいものはない。
それが毎年拙宅の壺庭の上に崖から咲き下る可憐な花をうっとり眺めている私たち夫婦の実感でもあります。
野薔薇咲く崖下の家に棲みにけり 蝶人
紙の本
著者はどんな人なのか?
2012/01/29 13:01
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:セケン - この投稿者のレビュー一覧を見る
日経小説大賞を満場一致で受賞したというこの作品。
一読後は思ったよりあっけない感じが残った。
しかし機会があってまもなくもう一度読み返すことになった。
するとストーリーだけを追っていた初回とは違って、あたりの風景や空模様や庭の様子が実に自然に描き出されているのに驚かされた。
不思議な体験であった。
冒頭フラワービジネスに関して、遺伝子情報の売買というような言葉が出てきて新鮮である。
著者のプロフィールについては外語大卒の会社員程度にしか書かれていないが、どのような人なのだろう?
それを知りたいという気にさせられるのも珍しいことだ。
封印されていた100年以上前の革製のノート…。
はるかな丘の尾根に広がるノイバラの群落…。
舞台は現代のイギリスから江戸時代の横浜へ。
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評判が良さそうだったので、読んでみましたが読む価値ありです。
読んでいるうちに、どんどんと引き込まれます。
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ワタクシモニゴザイマス
同じものを同じように美しいと共感できる人に出会えるって素敵なことだと感じました。
それに当たり前にある日本の風景や文化も、外国人からみるととても美しいものとして映るのかと誇らしく思うと同時に、私自身ももう少し日本の文化や歴史について学んでみたいと思えるような本でした。
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読み終わった後、なにかさわやかな気分になれました。
うまくは言えないけど、人が人生において一度くらいは経験するだろう、というくらいの、心にとどめておきたい大切な思い出。
ありえないような偶然や奇跡、スペクタクルを描いた派手な物語もいいけど、こういう肌触りのやさしい本が僕は好きです。
比喩表現がちょっとだけくどいかなってところも有るけど、一気に読み通せるような滑らかさがあります。
おススメです。
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あるイギリス人の残した幕末当時の出来事、自分の心内を綴ったもの。
100年間は見てはいけないという大切な大切な想い出が紐解かれる。
どんな時代にも名もなき人々の暮らしがあって、想いがある。
そんなことをそっと思い出させてくれる物語。
こういうトーンと物語に出合うとほっとする。
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新年早々、とてもいい本に出会いました。
とにかく表現が綺麗。
21世紀のイギリスにて、たまたま趣のある庭を持つ家と遭遇する一人の日本人。
彼はそこで「日本人に読んでほしい」としたためられた一冊の日記に出会う。
その中には・・今から150年前、幕府の軍事情報探索の命を受けて日本に派遣された一人のイギリス人がある日本人女性に抱く切ない恋心が描かれています。
彼らはお互い好意を抱くものの、背負う任務もあり、お互いがその気持ちを秘めたまま日々をともに過ごします。
「同じものを同じように美しいと感じる。それだけがどれほど人を満たすことだろう。分かち合うことができれば、苦痛でさえ、ときにわれわれに活きる意味を与える。」
・・ほんとにそうですね。
「この世には二種類の人間がいる。すべての問いには答えがあると信じて疑わない人間と、この世界が答えのない問いにあふれていることに黙って耐える人間と。」
最近、答えのない問いがあることに気付いた感じのする私にとって、この本に出会ったタイミングもちょうど良かった気がします。
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日本開国前夜、イギリス将校・エヴァンズと
彼の日本語教師・由紀の、古く美しい恋物語。
由紀の兄が言うところの
「百回生きても使い切れないほどの富を追い求め、
まだ満足しないような化け物になる競争に参加する」
ことになってしまった今の日本を、強く考えさせられる。
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静謐。
一言で表すとしたら、この言葉以外にはない。
身分を越え、国境を越え、時を越え。「想い」がそこに永遠に咲き誇る様に、素直に感動する。
稚拙な表現だけれど、「自分が今そこにいるかのよう」に思える作品。
静かに流れるような文体が、読み手の心を落ち着かせてくれるからこそだと思う。
昨今の『バカ売れ本』にはない、素晴らしい本に巡り会えた。
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時空を越えた設定、着想と、冒頭からの文章力、展開力に思わず引き込まれるところは素晴らしい。しかし、中半、後半にかけての中だるみ感とエンディングの物足りなさがあり、読後感は、あまりスッキリとはしませんでした。ただし、文章力が素晴らしいので、次回以降の作品に期待大です。
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幕末の横浜に赴任した英国軍人エヴァンズが、簡素な暮らしの中で高度に洗練された日本人の美意識に心を奪われていく過程の描写がたまらなく美しく、そしてせつない。時空を超えた物語の展開も秀逸だが、もう少し余韻に浸れるような結末を用意して欲しかったのが本音である。この点を差し引いて☆4つ。
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幕末の混乱期に日本へ赴任した英国軍人と彼に日本語を教える事になった武家女性の物語。開国に向けて、やがては維新に向けて混乱し騒然とした巷の雰囲気とは対照的な二人が過ごす寺院での静謐な雰囲気。
日本にあった”良きもの”を英国人の主人公が述懐する場面には感慨深さがある。
己の分を知り日々の暮らしに満足し誇りを持って仕事をする。
西洋的な考えだけでは測りきれない幸福の表現は今でも通じるのでは。
音楽と花についての美しい表現をはじめ、文章の美しさに圧倒される。
ただし、現代の部分はちょっと唐突で繋がりが感じられない。
ラストシーンのためだけに無理につなげたような印象があるのが残念。
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幕末の不穏な空気の中で、日本語を習うということで知り合ったイギリス人エヴァンズと武家の離縁された女人ユキ。決して結ばれることのない運命の二人に通う静謐な時間と情感の美しさは素晴らしい。それを現代の視点で振り返るという二重構造はあんまりいいとは思わなかった。
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よくできた話ではある。生麦事件あたりの日英関係や江戸・横浜あたりの様子もイメージできるようになる。ただ、登場人物の造形やストーリーはありがちで、海外出張のビジネスマンに免罪符を提供するような語り口が、どうも自分の趣味にあわない。日経小説大賞受賞ということについては、妙に納得した。
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今年読んだ本でベスト。オックスフォード近郊の庭園から幕末の生麦事件後の横浜にタイムスリップ。イギリス武官エヴァンスと攘夷派に通じていると思われる聡明な日本語教師由紀との愛の行方が抑制がきいた筆致で描かれます。文章が素晴らしい。景色、花、人物が活き活きと描写され本の中に入りこんでしまいます。二人の愛の象徴である野いばらの群生、匂いに最後圧倒されました。また江戸時代の日本文化の質の高さ、規律、清潔もエヴァンスの目から語られています。映画化を期待したい作品です。読後無性に藤沢周平を読みたくなった。