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山を歩き、動物と向き合って生きる筆者の生活を追体験できるかのようなビビッドな文章。
鹿のぬくもりで体を温める、とったばかりの獲物を生で食べる、熊の生きた証と向き合ってその死を引き受けること等、生きるために食べるという行為に向き合う猟師の信念に説得力がある。家族の話が一切出てこないのも、猟師としての人生に焦点が当てられているからだろうか。
何よりも、猟犬フチへの愛情、育成の物語。猟犬は猟師の器以上には育たないと、真摯にフチに向き合う姿が印象的。やや偏屈であっただろう著者の一番の理解者であり、相棒であり、体の一部だったのだろう。
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・木を集めて火を焚く。それからおもむろにシカの体を仰向けにし、右の後脚を左手で抱えるようにして自分の左膝の上にのせる。右手に持った山刀の峰側で腹線の切り開く位置をなぞって毛を分ける。昔から猟師に伝わる「けじめを入れる」という作法だ。刀を入れる場所をきちんと確認し、心の準備をする、切りやすいように毛を分ける、と言った意味合いがある。
・実家で過ごしていたある日のこと、近所の犬の、自分に対する反応の異常さに気がついた。他の人が近づくにつれ、吠え方が激しくなり、姿が見えなくなるまで吠えついているような犬が、私に対しては、近づくに従い吠えるのを止め、最後には尻尾を巻いて犬小屋に逃げ込んでしまうのだ。何度試してみても変わらない。獰猛そうな犬でも試したが、吠えつく時間が少し長いだけだった。グッと睨みつけると小屋に逃げ込まないにしても吠えつくのをやめ首を垂れてしまう。山の中での生活が長いため、獣のような匂いがするのだろうか。風呂に入り、服も着替えて試してみる。だが、私に対する様子は前と同じで変わらない。
・そうか、死だ。自然の中で生きた者は、すべて死をもって、生きていたときの価値と意味を発揮できるのではないだろうか。キツネ、テン、ネズミに食われ、鳥についばまれ、毛までも寝穴や巣の材料にされる。ハエがたかり、ウジが湧き、他の虫にも食われ尽くし、腐って融けて土に返る。木に養分として吸われ、林となり森となる。森はまた、他の生き物を育てていく。誰も見ていないところで死ぬことで、生きていた価値と意味を発揮していく。
・脆く壊れやすい、しかし私にとっては望めばすべてがあり、与えてくれたのが自然であった。獲物が、山菜が、川には魚が、厳しさが、優しさが、そして夢と冒険がそこにはあった。脆く壊れやすく、儚そうで強い自然だからこそ、その中にどっぷりと浸かりきってみたい、自分の野生を確かめてみたかったのだ。その自然から貪るようなことはするまい、と常に自分に言い聞かせてきたはずであったのに、気付かぬうちに楽をして多くを望んでしまっていた。
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自然と向き合う生き方を描いた一冊。
NHKのプロフェッショナルで拝見し気になっていました。
猟を通して自然、生命と向き合う久保さんの生き方が綴られています。
番組では語られなかった筆者の青年期のエピソードが中心で興味深く拝読しました。
現代の都会では全く想像できない生き方がそこにあります。
大きな声では言えませんが、鹿とのエピソードはゴールデンカムイで杉本が鹿に向かい合った時の内容と全く同じです。参考文献にされてるのかな(笑)
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往来堂書店「D坂文庫2014冬」から。プロハンターが書いた一冊。
北海道の大地で羆(ひぐま)や鹿を狩る様子を描いた冒頭には、正直、違和感を覚えた。なぜ、この人はこんなことをするんだろう、と。だが、その違和感はすぐに消えた。それは、著者が大自然に畏敬の念を抱き、獲物となる動物たちの生命を極めて尊いものと考えていることが分かったからだ。
大自然と対話し、パートナーである猟犬と対話し、そして獲物となる羆と対話する。もちろん、言葉に出しているわけではないが、圧倒されるほど力のある文章からその対話が見えてくる。
そして、その筆力は力強いだけでなく、とても繊細だ。北海道の大地の描写は美しい物語を読んでいるようだし、猟犬について語るくだりでは涙腺が崩れ去った。
読後に浮かんだ形容詞は、荒々しい冒頭とは反対に「崇高で美しい」というもの。ノンフィクションであることを忘れてしまった。
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自然の描写とかはC.W.ニコルさんか何かを意識しているようで鼻につくし、共感できるところはありませんでした。狩猟を否定する人たちには、小熊まで殺しておいて自分は命を粗末にしていませんアピールなんて理解してもらえないだろうし、私は狩猟を趣味にしろ仕事にしろ否定しませんが、変なアピールをするより開き直って殺戮行為がいかに楽しいかを語ったもらった方が読んでる方は素直に読めるかな。面白いかどうかは別ですが。
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凄いノン・フィクション読んだよぉ!高純度・高密度の結晶のような著者の姿勢・覚悟によって、独学で精錬されていく猟の技術、パートナー(猟犬)の成長に胸が熱くなる。この爽快感、何?凄い人だなぁ。。。独学でプロを凌駕するまでのプロになっちゃってるんだもん。加えて素晴らしいのが、自然の描写。ここまで臨場感のある描写を読めるなんて!!最終章の著者の後悔の念はストイック過ぎるでしょ!パートナートノワカレノトコロハ、ナミダナシニハヨメマセンデシタ。涙がとまらへんがな。
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北海道のヒグマ猟師によるルポルタージュ。
著者久保俊治氏は、娘の「みゆきちゃん」らと共にたびたびTV番組にも登場している人だ。
この本を読むのは実は約6年ぶり2回目なんだけど、クマを追う迫力と猟犬を失った悲しみゆえに、前回はブログに書けなかった。(実際、その体験の大きさの前では感想もへったくれも出て来ないのである)
単身で山に入り、孤独のうちに自然の中で寝食し、野性と向き合う。次第に研ぎ澄まされていく感覚。山との、そして獲物との「対話」。そして自ら手塩にかけて仕込み、「これ以上ない」というほどに育った猟犬フチへの深い愛情。
2回目も圧倒された。
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猟師として生きることを決めた著者の自然に対する考え方に共感、愛犬フチとのつながりは人間以上に人間らしく心を揺さぶられた、必読書
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久保さんと猟犬フチとの強い絆と別れに涙。ご主人に忠実に機微を働かせて山を駆けるフチ。そのフチに深い愛情と信頼を寄せる久保さんは自然の中で生きた。自然の一部だった。アメリカのハンター養成学校やハンティングやガイドの世界を垣間見ることができた。現代ではかなり変化したところも多いとは思うけど。
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もはや伝説のハンター久保俊治さんの、自伝的な作品。
北海道を舞台に、若きハンターが自然の豊かさと過酷さに身を委ねて、ハンターとしての腕を高めていくとともに、自然についての思慮も深めていく。
テレビで久保さんの特集を観たことがあるが、並々ならぬじじいだと思った。少し偏屈そうで、世捨て人のような印象をうけた。社会に馴染めなくても生きていける人、社会を特に必要としていない人。
そんな人が書いた本が、口コミでは絶賛されまくっている。早速読んでみたら、映像でみた久保さんの印象からはとても想像できない文章だった。繊細で、緻密で、でもくどくない。心情と景色をそのまんま書き出しているような、とても素直な文章だった。
決して綺麗な描写だけではない。銃で熊を撃って、小熊も殺すのだ。生々しい表現が続く。でも決して酷さへ偏らない。
真剣勝負のひとつひとつをつむぎ、命が終わる瞬間の輝きを丁寧に描写している。
「こんな凄いことをしているんだぞ」っていう自己顕示が全くなくて、「ありのままの俺の一日」のようにさらりと書き連ねているから、なお心地よい。
冬山での連泊ビバークの場面(※舞台は北海道)は、体力と気力を含め、もはや選ばれし才能の持ち主なんだなと思った。風邪引いたり、心が病んだりしないんだね。
フチの最期の場面では、久しぶりに泣いてしまった。
久保さんは、命が終わる瞬間の描写がとても上手い。命の駆け引きをしているからだろうか。
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北海道で羆のみを追う日本で唯一のハンターである久保俊治さんの自伝的小説。
相棒の犬「フチ」との出会いから、リアリティに充ち満ちた狩猟、アメリカ留学、帰国、そして再びの猟生活を類い希なる表現力で描いていて、めちゃくちゃ面白くて泣ける。
久保さんは、NHKのプロフェッショナルにも出演していました。弟子を育てていたのが印象的でした。
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少し昔の話とは言え、北海道でこんな生き方をしている方がいるなんて。
とても刺激的な話でした。自叙伝ながら文章も素晴らしく、記憶を元に書かれたと思えない緻密な描写に、自分が山の中に居るような気がしてきました。
羆の臭いはどういった感じなのでしょう。
そして犬好きの方にもおすすめします。
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よほど優秀な編集がついていたのかな、と勘繰るぐらいの構成力と文章力で、出だしの一章、初めて羆の母仔を仕留めた場面を回想する克明かつ凄惨な描写にいきなり引き込まれる。
それにしても、この微に入り細を穿つ書き込みはなんだ、まるで今起きたばかりのことを説明しているかのようじゃないか。
洗練されたプロの書き手によるものとはまた違う、当事者しか語り得ないダイレクトでシヴィアな現実が、鮮やかな筆致で全編に渡り描かれている。
山を主な生活のステージとし、狩猟や野営などの実態を市井に伝えんとする人たちの著作を目にする機会はこれまでも少なからずあったが、中でもこの久保俊治氏の生き様、そして彼を包む世界観はまるで別格であるように思う。
既に物心ついた時から猟や銃といった存在が身近にあったという環境もあろうが、山に生き暮らすという、我々にとってはとてつもなくハードルの高いサヴァイヴァルスキルが、まったく何でもないこととして、実にさらりと綴られている。
極寒の北海道の山中にベースキャンプを設営し、そこからさらに奥深くへとビヴァークを繰り返しながら獣を追って何日も道なき道を歩き通す…、それが著者にとってはただの日常に過ぎない、という事実に思い至り驚愕するまでに少しタイムラグがあるのだ、それがさも当たり前のように書かれているので。
獲物に気取られにくくする具体的な技術、手負いの鹿を最後まで幾日も追い続ける執念、羆を視界に入れながら状況の好転をじっと待つ数時間、藪の中で五感を駆使して姿の見えない羆に立ち向かう恐怖、捕らえた獣を掻っ捌きあるいは食用に適する植物を採集して得る日々の糧、行き当たりばったりではなく根拠を基にした推論を積み重ねて獲物の居所を探り当てる知性…もちろん一つ一つ心に残るトピックスを挙げていけばきりがなくて、例えば山中でコンタクトレンズ1枚失っただけですぐに野垂れ死んでしまうであろう、動物として圧倒的に劣った存在である私にとってみれば、すべてが超人的な所業である。
縦横無尽に人跡未踏の山を広範囲で移動しながら、遭難しないという単純な事実一つとっても、驚異だ。
1970年代に単身、アメリカに武者修行に赴いた行動力と対応力にも感服。
本書の後半は、久保氏と愛犬・フチの物語である。
フチと出会い、年月と経験を積み重ねて互いに成長していく様が、ありありと脳裏に浮かぶ。
死期が迫ったフチに向かってライフルを構える場面では、当時の著者の心情と同期してともに涙に濡れた。
別れは避けられないものだが、このような相棒と今生で巡り合うことができた久保氏は幸せだな、と思う。
山奥深くで命を懸けて獣と対峙した経験がない私は、決して著者の感覚すべてに無条件で寄り添うことはできないが、殺して喰って生きるという動物の原点が余すところなく表現された本作は、紛れもなく大自然の賛歌である。
「自然は人間が考えるよりはるかに深遠です。」
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冬の旭川に仕事で行った日、ホテルで通読した書。
これを読んでから、羆に対しとても興味が湧き、次々と羆やマタギに関する本を読むようになった。
この本は、わかりやすく涙を誘うのだけど、自分と犬一匹だけで羆に立ち向かう情景が素晴らしい。
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普段は都会に住み、気候のいい時期にだけ登山を楽しむ自分には知り得ない世界。この本を読んで知らなかった価値観に出会えた。やはりノンフィクションは良い!