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今回の芥川賞受賞作の『冥土おくり』を読みました、
家族が重いというはありがちですがとても難しいテーマだと思います。主人公から嫌味のようなものでると、とてもつまらない物語となってしまうと思うのですが、鹿島田さんの文章はとても成熟した感じで物語をうまく牽引されていたと思います。作家さんとしての経験値の厚みを感じさせる文章ですね。
〉きっと太一は海を怖いと思ったことがないに違いない。
〉奈津子は暴力のようにあらゆるものが変化することを
〉恐れる。この海ですらも。
押し寄せる波が暴力に見えるというのは既視感のある感情です。自分の立ち位置に揺らぎがあったときに、無機的なものに悪意を感じる心情でしょうか。
こういう感覚に鋭さを感じさせる作家さんに出会えた時に本を読んでいて良かったなと思います。
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芥川賞受賞の話題作、鹿島田真希『冥土めぐり』。「わたし」と妖精さんの対談形式でブックレビューをお送りします。人類は衰退しましたし。
わたし:妖精さん、今日は芥川賞受賞作『冥土めぐり』についてお話ししますよ。
妖精さん:芥川賞って何ですか?
わたし:まさかそこから!? 芥川賞は、純文学の新人(といってもプロですが)に与えられる文学賞で、だいたい短編か中編小説に与えられます。安部公房、大江健三郎、石原慎太郎、村上龍、綿矢りさなどの受賞が有名ですね。村上春樹は選考委員に理解されなくて受賞してませんけど。
妖精さん:『冥土めぐり』ってどんなお話?
わたし:そうですね。簡単に言うと、母親と弟とあんまりうまくいってない語り手の奈津子が、脳に障害を持つ夫の太一と、かつては豪華、今は落ちぶれたホテルに旅するお話です。ロシア文学的と言われています。
妖精さん:ロシア文学的って何ですか?
わたし:ゴーゴリの小説みたく寓話的、神話的なお話なんですよ。かつては金持ちで、今や没落した家族の描写がされるんですが、その家族やホテルの没落っぷりが、現代日本社会の衰退を表しているように読めるんですね。リアルな小説なんだけど、同時におとぎ話みたいな手触りというか。不条理でぐだぐだでみじめな境遇にいる人達のお話なんだけど、最後に救済の光が感じられるのも、ロシア文学っぽい作りですね。
妖精さん:救済、救済。
わたし:そう救済です。語り手の奈津子は、役所で働きながら、金使いがあらくて、しかも性格のよくない母親と弟と、脳に障害があるため働けない夫の生活を支えているんです。働いていない3人の生活費を1人で負担するって構図が、これからの日本社会みたいだって、選考委員の島田雅彦さんが言ってましたね。
妖精さん:一人で支えるの大変。
<夫の図太さ>
わたし:奈津子は、役所で出会った冴えない夫が、見栄っぱりでブランド好きの母と弟から罵倒されることを期待します。けれど夫は、奈津子の家族からけなされても、あんまりめげません。結婚後、脳に障害が起きて、働けなくなって、車椅子の生活になったら、ますます楽しそう。奈津子の視点からすれば、夫は奈津子にあまり気をつかってくれないし、不幸と不条理のど真ん中におちこんでいるようでいて、すごく図太くて、あっけらかんとしてるんですね。
妖精さん:あっけらかん。夫強そう。
わたし:例えばですね、こんな文章があります。気に入ってるので、引用しますね。『彼はきっと何も考えていないのだ。晴れの日は服を脱ぎ、雨の日は傘を差す。きっとその程度にしか感じていないのだ。季節が変われば「今日は、いつもよりあったいかいや」と呟いたりして、あらゆる猛威を前にして、身をさらし、束の間の休息をとる。そうやって生きてきたのだ。普通の人なら考える。もうたくさんだ、うんざりだ。この不公平は、と。だけど太一は考えない。太一の世界の中に、不公平があるのは当たり前で、太一の世界は、不公平を呑み込んでしまう。たとえそれがまずかろうが毒であろうが』ね。強そうですよねこの人。
妖精さん:奈津子最後、大丈夫になる?
わたし:そ��は読んでからのお楽しみですよ。ということで、妖精さんもちゃんと小説読んで下さいね。
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また新しい作品に出合えた感じ。
設定がとてもおもしろい。ものすごい母と弟がいて、そのキャラクターに鳥肌が立つほどイライラする。そんな2人から逃れるきっかけになるダンナさんの純真さ。自分のために、誰かが何かを我慢しているなんて気付くこともないダンナさん。それはとても不快なことなのに、そんな彼に救われる。巡り合わせの不思議なこと。凄まじい悪意まで濾過してしまう人間の強さや美しさ。それに触れたら多分、きっとこれからも大丈夫なんだろう。
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母親と弟に自分の人生を明け渡していた一人の女性の、心の解放の物語。
聖なる愚者として妻をあるべき場所へと導く夫の存在に光を感じる。
そして、イチバン気になるのは「父なるもの」の不在。
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ようやくの芥川賞受賞。もっと早くにとれたはずなのに、タイミングを逸するあたりが芥川賞クオリティなんだよなあ。
鹿島田真希を読むのは「ナンバーワン・コンストラクション」以来だが、やっぱりうまい。過去に固執し現実を見ようとしない母と弟の存在に人生のすべてをがんじがらめにされた女性と、何もかもを受け入れ動じない夫との一泊旅行。かつて母が愛し今では落ちぶれたホテルを訪れることも、家族の期待とは全く異なる男性を夫として選んだことも、どちらも母と弟への密やかな抵抗なわけだけど、それはそもそも母や弟からを逃れることを目的としてはいない。きっと自分の人生は彼らとともにあり続けらなければならないだろうという諦念がすべてを支配している。彼女の抵抗は、所詮ガス抜き程度のものでしかない。
そうした女性との対比として、そして彼女を諦念から救い出す存在として、夫が重要な役割を果たすのだが、絶対化されてしまったのはちょっと残念。より不安定な、可能性程度の存在として描いたとしても、十分効果があったと思う。
夫の描写は改善の余地があるにしても、閉塞感やある種のオブセッションを書かせたら鹿島田真希は本当に上手。久々に長編も読んでみようか。
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芥川賞受賞作ということで拝読。というかここ最近の芥川賞・直木賞はもっぱら大森望&豊崎由美両氏のラジオで面白そうだと思ったかどうかで読むかどうかを判断しているなぁ。というか下手したらお二人の解説・推薦からその本の内容を想像してる時のほうが面白いと感じてるかもしれない…この本についてはちょっとその落差があったかも。正確には☆3.5かな?受賞作とその他1編が収録されてるのですが、私は後者の「99の接吻」の方がふんわり淫靡で好き。受賞作は、ラストには腑に落ちる感覚があったけど、主人公の、投げやりになることすら諦めた心境と、そんな主人公に旦那がどういう契機で結婚を求めたのか、が、もう少し詳しく過去を絡めて書かれてたらすんなり掴めたかなーと。
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芥川賞受賞作。
救われない陰鬱さに、読むのが息苦しくなった。
声に出した言葉って現実に起こることに対して、何らかの影響を与えるんだな。
良い言葉を使うようにしよう。
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母と弟による精神的なDVを受け続けてきた主人公。夫は脳障害を得、一見悲惨なお話だ。が、母の思い出のホテルへの一泊旅行を通じて、家族の意に染まぬ結婚をし、夫を支えていく身の上となった主人公が解放されていく様がじわじわと伝わってくる。彼女の回想がつらくねちねちと繰り返される分、ラストの母に贈られた服を着ない選択をするシーンに爽快感を感じた。
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読みやすく読後感は悪くないのですが、読んでいてイライラしてしまった。過去にとらわれている母親と弟と、諦めと倦怠でその2人に飲み込まれてしまいそうな主人公、その対極にあるダンナ。主人公の再生の話というよりも、気づきの話だったように感じました。
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始まりは平凡である。無頓着な夫と夫にアイスをねだられるのも億劫なほど疲れた妻の、温度感としてはありがちな中年夫婦が温泉旅行に行く。しかも行先は、5000円の区の保養所だ。しかしこの平凡な夫婦を文学にするために、鹿島田さんはある仕掛けを用意していた。その保養所はかつて、妻の奈津子の家族が特別なバカンスとして通った名門ホテルで、あのホテルに5000円で泊まれると知った瞬間から、奈津子の中で古ぼけた思い出が8ミリフィルムのように回り始める。
この小説を味付けするのは、選者たちが「聖なる愚者」と呼んだ夫太一よりも、まずは奈津子の家族の狂気だろう。読者も奈津子もその狂気に戦慄し惹き込まれていくうちに、聖なる愚者が存在感を増していくのに気付かない。高級中華料理店の思い出に戦慄している妻を「ビュッフェの朝ごはん食べ過ぎちゃった」の一言で希望のある現実世界に引き戻すのだから、お前は大した奴だ、と背中を叩きたくなる。
よく見れば、なすすべなく没落する母、狂気の放蕩に身を委ねる弟、最後に希望を見出す姉、という配役は太宰治の「斜陽」を思い起こさせる。偶然かもしれないが、意識して本歌取りしたのだったら尚更拍手を送りたい。鹿島田さんは太宰張りの狂気と、太宰にはなかった癒しと希望を二重奏のように描き切り、芥川賞を手にした。読み終わったら奈津子の過去にあった狂気よりも、夫婦のこれからの希望とか安らぎの方に目が向くようになっているのもさすが。自分と同世代の鹿島田さんは理想の夫婦を描いたのだろうか、としばし沈思黙考してみた。
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作者が受賞者インタビューにて、私的な不幸を抱える人に共感してもらって、救いになるような話が書きたかったと言っているのが印象的だったので読んでみた。
最後に奈津子は新しい選択肢を見つけたんだと思う。
母と弟に搾取され続ける奈津子にイライラしながら読んだけど、最後の部分に救いがあったのかなぁ。。
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お嬢様育ちの母と、金に執着する怠惰な弟に翻弄されてきた主人公。
人のいい夫が病で倒れたことにより、搾取されるものさえなくなる。
いやあな人間の負サイドがとことん描写されてて、主人公もそらたまらんやろなあ。
金の亡者みたいな母親も弟も大概めちゃくちゃな性格で、主人公の夫のこともケチョンケチョンに言うんだけど、夫がそれらをすべて「ちょっと変わってるよね」くらいに流せる、鈍感なのかおおらかなのかっていう人。
で、結局そういう人が一番しあわせなんだろうね。
もっと破綻が来るかと思いきや、最後はなんだかきれいにまとまっちゃった。
同時収録の「99の接吻」ていう四姉妹物語はちょっとお耽美な雰囲気。
没落華族っぽいのが好きなのかな?
どっちかちゅと純文学路線なんだけど、最後まで退屈させずに読ませてくれます。
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この作品が芥川賞を受賞したのは納得が行くが、わたしの好みではない。この小説に登場する聖愚者たちがちっとも魅力的でないんだもの。
ただ、小説として、過不足のない文章というものを久しぶりにみた気がするので星三つ。
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芥川賞受賞作ということで。
この陰鬱さ嫌いじゃないです。
どちらかというと、四姉妹のお話のほうが好みでした。
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毎日生きていると人生にはエゴとか自己嫌悪とか恨みとかあまりにも複雑なことにあふれているので、時々そういうものを振り捨ててシンプルに純粋になりたいと思うことがあるけれど、そういう意味で奈津子にとって太一の存在は救いなのかな、と思った。私も救われたような気持ちになった。