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この人の小説を読むのは初めて。今時代小説で流行っている料理帖モノの先駆けらしいが、私が手にとったのはその理由ではない。この小説の題材が津山山中一揆(騒動)を扱っているからである。この一揆の事はほとんど知らなかった。しかし、岡山の地方を舞台に小説が書かれること自体が珍しく、題材が一揆なのはさらに珍しい。興味を覚えたのである。結果、よく歴史的事実に取材しながら、なおかつ視点を一人の津山藩士にする事できちんととしたエンタメ作品に仕上げていた。それは同時にこの作品の弱点にもなっていたのではあるが。
他の人はいざ知らず、私は二年間津山市内の借家に住んでいた事がある。よって、圭吾の住む田町の街並みも、一の宮、川辺、二ノ宮、院庄などの地名も、地図をまざまざと思い浮かべる事ができる。山中一揆がどの様に広がっていったのか、初めて知る事が出来た。
享保年間、年貢加増に加えて、津山藩主死亡により領地減知による山中地域の公領への変更で二重に年貢を取られまいとする農民の必死の抵抗が、やがて一揆に広まっていく。藩内の勢力争いが一段落ついた途端に強権発動をする家老。異例の一般農民含めて51人もの犠牲者を出したこの一揆の遠因は、二回の騒動で改易を体験してきた津山藩松平家の体質にある事を描く。また、農民の苦しみよりも藩の存続を第一とする中間管理職たちの「狡さ」も描く。
惜しむらくは、一揆首謀者の徳右衛門の人物造形の描写があまりにも説明不足で、何故あそこまで急激に一揆が広まったか、全然説明出来ていないということだ。それを描くと、あまりにも重くなりすぎるので、已めたのであろうか。
2012年9月23日読了