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“「だが、くれぐれも忘れるな。最初に、おまえを拾ってやったのが、だれかということを。おまえは、どこに属するものか、ということを。……以上だ。」
翁の話が終わったので、ぼくは深く頭をさげると、座敷をあとにします。
来たときとおなじ通用門をくぐって、どこもかしこもそうじの行き届いた敷地の外に出て、やっと、全身から力がぬけました。
翁のまえでは、表情には出しませんでしたが、ぼくは内心、とてもショックを受けていました。
ぼくの役目が、スパイだったなんて……。
そんな、まさか……。”[P.25]
5巻目。
ちょっとわくわくする展開……!
これが落ち着いたら終わってしまいそう。
“「ああ、そうだ。致命的な欠点だ。弱点、と言いかえてもいいだろう。あの子は、めったに他人に心を開かない。だが、一度、自分のふところに入れてしまうと、すっかり信じてしまう。」
そこで、秋麻呂氏は手をのばすと、びしっとぼくを指さします。
「あの子は、きみをうたがわない。」
ぼくは一瞬、ぎくりとしました。しかし、もちろん、顔には出しません。
秋麻呂氏はいったい、どこまで気づいているのか……。
「たとえば、この古城ホテルで、連続殺人事件が起きる。はね橋が壊され、よそからだれもおとずれることもできなければ、この場からだれも逃げることもできない。閉じられた空間、クローズドサークルだ。そんな状況で、ひとりずつ、だれかが殺されていくとしよう。」
どこか楽しげな口調で、秋麻呂氏は語ります。
「そして、ふたりだけになった。」
秋麻呂氏がつきだした片手では、二本の指がぴんっと立っています。
「次々に犠牲者が出て、ついに生きのこっているのが、あの子ときみのふたりだけになったとする。それでも、あの子は、きみのことをうたがわないだろうね。」
ぼくは表情を変えません。
どのような表情を作ればいいのか、わからなくて、石像のようにかたまっています。
「きみが刃を向けて、あの子におそいかかったそのときになっても、真相にはたどりつけまい……。」
秋麻呂氏は、ぼくの顔を正面から、じっと見つめます。
名探偵のふたつの目が、ぼくを観察しています。
「そんなことで、名探偵といえるかい?」”[P.130]