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743ページ、しかも本文は二段組というボリュームにまず圧倒された。
でもカーヴァーの波乱万丈という手垢のついた言葉では
言い表すことができない人生に引き込まれていった。
カーヴァーの私生活は「ファイアズ」で読んで殺伐とした印象を受けていた。
短編小説でもその印象はますます深くなった。
でも実際は良き理解者で生活力にあふれたメアリアンに支えられ(彼女がいなかったらカーヴァーは生きていけなかったと思う)、禁酒してからは子供たちの仲も改善されていたようで、小説やエッセイの印象とは違い、平穏な時期もあったことにほっとした。
「コンパートメント」という作品の冷酷さ不条理さが好きなのだが、息子との関係を否定し捨てるというテーマなので、それを読んだ実の息子のヴァンスが傷つき父を非難し、カーヴァーも息子の気持ちを汲んで掲載予定の本に載せなかったというエピソードは特に印象的だった。
また、カーヴァーは禁酒以前の自分を「バッド・レイ」、禁酒に成功してからは「グッド・レイ」と呼んだそうだけど、アルコール依存症のときの彼は「バッド」なんていうものじゃなく悪魔的にさえ見えた。
泥酔して妻や子供に暴力をふるい(メアリアンは死んでもおかしくなかった)、生活能力はまったくなく、飲酒運転や無銭飲食に詐欺行為を繰り返し、はっきりいって犯罪者そのものに身を落としていた。
70年代のアメリカの時代背景や、その頃の平均的な作家たちの暮らし方を割り引いて考えても、この時代の彼は悪魔のような男だったと思う。
しかもアルコールに深く依存していくきっかけが小説家として名前が世に出始めた頃と一致するのも興味深い(アルコール地獄から立ち直るきっかけもまた作家としての人生を選ぶことなのだが)。
カーヴァーの作品は様々なバージョンが存在するものがあり、不思議に思っていたけれど、
彼の作品を激しく切り刻んだ編集者リッシュの存在を知って納得した。
リッシュもとんでもない人間(同時にとても優秀)で、彼の人生も知りたいと思った。
装丁にも使われているけれど、彼が全米の各地を点々とする様子も凄まじい。
カーヴァーの作家としての人生を優先させる両親と暮らした子供たちには本当に同情する。
でも、酒を断ったカーヴァーがそれまでを償うように(ときには嫌気が差しながらも)
元妻や子供たちと交流を続けたのは、彼が基本的に良い人間だったからなのだろう。
たくさん現れすぎて訳が分からなくなるほどの友人たちも、彼の人柄に惹かれたのだろう。
この本を読み終えた今は軽い興奮状態。
改めてカーヴァー全集を読み返したくなった。
前回は読み飛ばしてしまった詩もじっくり読もうと思う。