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ノンフィクションはほとんど読まない。この作品はどのフィクションより恐ろしい。警察に対する不信感が読み終えた後増した。この事件をきっかけに、同じような事件が2度と起こらないで欲しいと願うばかりだ。
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主犯である角田美代子が留置所で自殺し、犯罪が被害者のプライバシーに深く関わることから、報道が停止してしまった尼崎連続殺人事件のルポ。
この事件の異常性は角田美代子を長とする家族グループが他人家族の住居に押しかけ、その家族を丸ごと監禁状態にして、自らの支配下においてしまう点だ。支配の方法は弱みを握ったり、子どもを手懐けたりと、様々。警察に告発しても、警察は家族間の争いには関わろうとしない。
支配された家族は家族同士で殴り合い、告げ口し合う。そして、不動産売却や退職金、サラ金などで得た金を角田美代子に貢ぐ。やがて、金も尽き、家族間の争いもエスカレートした結果、衰弱した者から亡くなっていく。その間、角田美代子は直接暴力を振るうことはなく、話術や仲間の指示によって家族間を相互不信にするようにコントロールする
他人家族に寄生し、財産を吸い尽くし、それが尽きればまた次のターゲットを探す。そんな「家族喰い」を職にして、10数年間生計を立てていた角田ファミリーは常識では理解し難い。
本書を読むと、どうしても比べてしまうのが「消された一家―北九州・連続監禁殺人事件」での事件。両事件とも、家族を軟禁状態にしてカネを貢がせ、殺人にまで発展した事件だ。家族の絆というのは、悪人から見るとメシの種になるのだな。
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美代子の暴力団まがいの支配も恐ろしいが、助けを求めてきた人々を見殺しにした兵庫県警の反省が全く見られないのがもっと恐ろしい。
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こういう事件で本を読んでもわからないのは、なぜ角田美代子のようなおばさんにみんな言いなりになるのか?よほど言葉巧みなのか?もともとの家族ならいざ知らず苦情の相手をしたひとまでが丸め込まれて被害者になっている。それと本書を読んだ人なら警察の対応に対しても腹が立つと思う。
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20140112
どうしてこんなひどいことが、できてしまうのか知りたくて読んだ。元を正せば、美代子の親がひどく、さらにひどくなってしまったのが、美代子だと思った。救えた命があったことが本当に悲しい。家族内で殴り合いをできてしまう精神状態は誰にも理解できないほど、つらいことなのだろう。そして、川村大江さんたちがそうだったように、いつ誰にふりかかるかわからないことが、怖くて仕方なかった。本としては少しわかりづらかったけど、仕方ないのかな、
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恐ろしい事件。人物相関図が複雑すぎてわけがわからない。家族間で殴り合わせたり、監禁させたり、ただのおばさんにそこまでさせる威圧感があったのが信じられない。いろいろな人が警察に駆け込み、近隣の人や友人も通報したりしたけど、警察は民事不介入と言って何もしなかったそうだ。調書も書いてもらえなかったり。法律はよくわからないけど、事件かどうかの判断が難しいなら介入すればいいのに。やりきれない。この手の話にしては、著者の踏み込み不足を感じた。当事者の話がなく、これでは単なる詳しいニュースのようだ。
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フィクションのエンタメもや純文学も好きなんだけど、
ノンフィクションも好きなんだよね。
東電OLや婚活殺人、
オンナが起こした事件が、あたしは特に気になるのだ。
「ホラー小説も逃げ出すくらいの気味の悪い本だった!」と
百田尚樹が帯によせているが、まさにその通り。
鬼畜の所業としか思えない。
何十年も平和に生きて暮らしてきた家族が
あっという間に他者に破壊され、駆逐され、
乗っ取られていく。
小説でもこんな陰惨な話なかったことだろう。
つまり、本来の情を持つ人間には
思いもよらない恐ろしいことばかり。
婚姻や養子縁組で縁戚関係になっている人たちとの
トラブルは
『民事不介入』といって警察は助けてくれないそうだ。。。
恐ろしい。。。
恐ろしすぎて結婚なんてできない。。
惚れた相手すらほんとうに正しい人間かもわからないのに
その遠縁すべてをたどって全員が
まっしろな人間だって言い切れる?
だってここに出てきてこなごなにされた人々は、
あたしのように毎日、
めんどくさいなあと思いながらも会社に行って、働いて、
そんな人々のはずだ。
やっぱり他人と関わるのはコワいわあ・・・
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残忍・狡猾・執拗、どれか一つ持っているだけでも怖しいのに、角田美代子は全て持っていました。家族を人質に取り、暴力で支配する。警察が「民事不介入」を理由に放置することを知ると、凶行をエスカレートさせます。15年以上にわたる事件のさなか、幾度となく警察に駆け込んだ人たちがいます。警察は、自らの職務を煩わしいと思い、できればやり過ごしたいと思っているようです。でなければ、再発防止手法ができているのでしょうね。あの地区には、まだ同様の犯罪が広く深く進行しているといいます。今度こそ、警察への信頼を回復して下さい。
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うーん。虚しい。
美代子が悪いのは百も承知。ここまで、事件が深刻化する前に、歯止めがかけられたはず。相変わらずのジャパニーズポリス品質。
亡くなられた方のご冥福をお祈り致します。
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あの尼崎連続変死事件の角田美代子を周辺人物を含め、取材したノンフィクション。
首謀者が被害者同士を総括させたり、痛めつけあったりする手法は日本赤軍のそれに似ていると思った。洗脳することで、見えない鎖で雁字搦めにすることもできるのだろう。
深すぎて、底の見えない井戸を覗き込んだような、不気味さ、果てのない恐怖を感じた。
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こんな事件なんで起こるの?
何人も殺されてるのに、警察はどうなってるんでしょう。
角田美代子も恐ろしいけど
角田瑠衣も怖いな、まったく理解できない。
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虚しい、本当に。
美代子が自殺して終わってしまってるなんてな…。
どれだけこの事件が解明されるのか。
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真に迫る!てほどの迫力ではないですが、この事件はまず想像に難い、てくらい非現実的な事象に思えるのでまずあの犯人の生い立ちを知りたかった、てところでその過程をいい感じに追ってますし、なぜ自殺した?ってのは当然誰にとっても憶測しかないんですが、総合するとそういうことなのかな、というべき着地点が示されてまして、ある程度テレビで事件そのものを知ってる場合は前半、終盤だけでも読み応えありかと思います。
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とりあえず人物関係図見て下さい。どんな大河小説にも勝てるよこの奇っ怪さ。
「脳が殺す」の、被虐待経験と精神疾患が殺人鬼を生む論をちらりと思い出したり。ただ角田美代子は自分で殺さないし、殺すのが目的じゃないから違うのだけど…でもネグレクトで被暴力な中で育てば素養はあろう。愛着に多大な問題があるのだろうね。人格障害に近いのかもしれない。そのへんの原因を追究できなかったのは本当にもう…中で散々語られてるけど言わせて下さい。兵庫県警。呆れる。すべてがなんつーかもう…抑止する気があるならこんな顛末にはならないよ。
総じて、ルポとしての語り口はあまり肌に合わなかったし凄惨すぎて読み苦しかったけど、悪を知ることができたこと、そして何よりこんな悲痛を語ってくれた方のために読みました。ありがとうございました。
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★角田美代子がみせた「民事不介入」と「集団心理」の闇
尼崎連続変死事件のルポ。ルポライターの著者が、手探りで事件の情報を集め断片がどんどん繋がる形で話が展開するので、臨場感はあるが、解釈や学術的な観点はない。ルポなので当然と言えば当然だが、期待していた部分もあったので少し残念。
主犯格である角田美代子を中心にした家系図、すなわち親族の誰がどう関係して誰が誰を殺したのか、を整理して説明されているのが良い。この事件は、それが複雑すぎてその闇の深さがなかなか見えない側面があるが、この本を読むことで家系図がある程度頭に入った状態になるので、話を読み進めたり他の記事を見るとさらに理解が深まりやすくなる。
読んでいると、角田の直感的な「他人の足元を見る才能」をビシバシ感じる。おそらく、角田は考えてこの方法を編み出したのではない。
警察に何度かお世話になりながら、本能的に警察がどこまで自分が起こす問題に介入し、介入できないのかを掴んできたのだろう。いわゆる「民事不介入」だ。
最近DV法などが出てきてはいるが、それでも未だに家族・親族間の問題に対しては司法も行政(警察)も<役に立たない>ということは、この国の殺人事件の半数以上家族・親族間のものであるということが証明している。強い絆が生み出すのは愛だけではない。愛は憎しみと両輪だ。そういう意味で、ストーカー法も同じだ。ここ数年でこの手の法律が立て続けに出てきたということが、この「民事不介入」の闇に飲み込まれ犠牲になってきた人間が今までいかに多かったのかを象徴している。
警察に対する直感と同じように、自分以外の人間をどのように自由にし服従させるのかも本能的に学んだのだろう。どこまで踏み込み、どこまで自由にすれば、どんな風に自分の都合の良いように操れる人間に「教育」できるか。角田の用いた相手を徹底的に恐怖と緩和で服従させる人心掌握術は、ミルグリム実験で証明された人間の本質的な心理を、巧妙に利用している。しかし、彼女は集団心理学を学び論理的に戦術としてそれを取り入れたのではないだろう。
「家族」と聞いて思い描くイメージ。世の中には「家族」や「絆」という言葉に対して良いイメージを持つ人が、想像以上に多いと感じる。そういう人には、角田やこの事件は理解できないものなのかもしれない。
「民事不介入」という恐さを身をもって経験しているか否かは、この事件の恐怖を理解する上である程度必要な素養なのかもしれない。家族・親族間でなくても良いが、どうやら「民事不介入」と直面した時にようやく人は「社会は自分を守ってくれるわけではない」という重大な真実に気が付くらしい。非常に愚かだが、この感覚は犯罪に関するルポを読みく際には役立つ。
格差は、産まれた時から始まっている。どんな場所に、どんな家庭に、どんな身体と能力を持って産まれるか。角田は、自分がうまれたその場所で、最低な方向に才能を開花させたのだろう。いや、劣悪な環境の中だからこそ開花した才能なのかもしれない。その才能で、彼女は本当に恐ろしい事実に辿り着いたのだ。「最も効率の良く安全な金の儲け��は、家族や親戚からむしり取ること」だと。