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紙の本
都会に群がる人々がアイデンティティーを失った孤独、夜の闇にうずくまる魔性が生むミステリー
2003/08/26 17:02
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
昭和25年に江戸川乱歩が驚愕をもって紹介した本書はわが国ミステリー界に新しい潮流をもたらした、いわば戦後ミステリーの原点といわれる作品である。初めて読んだのだが、なるほど、その後主流になる清張ミステリーに共通するものがここに見出される。
戦前の探偵小説は横溝正史に代表される、村落共同体を舞台にする怪奇性と機械的トリックを組み合わせた謎解きパズルであった。これに対し新しい流れは、犯罪の動機にフォーカスした人間の心理や社会・風俗性をえがき、リアルなストーリーの展開と文学性の加味、そして舞台は戦後巨大に膨れ上がる都市社会である。
「夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった」大都会に群がる人々がアイデンティティーを失った孤独、夜の闇にうずくまる魔性が生むミステリーであることを象徴する冒頭の一節である。半世紀を経てなお読むに違和感をおぼえない空間を提起した印象的な一文である。
妻殺害の容疑で死刑宣告をうけた株式ブローカーの男。その時間、彼はバーで出会った帽子の女と食事、観劇で過ごしていた。何人もの目撃者はいるはずであったが………。
ストーリー展開はいまも使われている手法のタイムリミットサスペンス。「死刑執行前百五十日」から「死刑執行後一日」まで23章としてカウントダウンされながら進む。そして有力な証言者が次々と殺害される。読者は主人公同様絶望的状況に陥る。決定的なアリバイを証明できる幻の女は現れるのか?
この巧妙な語り口は今流のジェットコースターサスペンスであり、そのスピード感に古臭さは微塵も感じられない。さらにトリックも物理的なものから、心理的、叙述的なものまでちりばめられて、この作品にアイデアをえたと思われるその後のミステリーも数多い。ミステリー好きにはまさにエポックメーキングとしての価値を味わう、読んでおくべき傑作である。
ただし終盤の解決のくだりでは現実性、必然性からみて無理なところが目につくのだが、それとても最近の新本格派と言われる謎解き小説にみられるいかがわしいご都合主義にくらべればとりあげて言うほどのことではないだろう。
書評集「よっちゃんの書斎」はこちらです
紙の本
真っ向からのサスペンス
2001/05/29 05:31
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:春都 - この投稿者のレビュー一覧を見る
無実ではとの疑いを持った刑事と、ヘンダーソンの親友が動き始めたころには、すでに事件から数ヶ月が経っており、手がかりも消え失せてしまっている。
そんな状況で、一緒にいた当人すらも憶えていないような女を見つけようなどとは、まさに幻を追い、煙をつかもうとするような馬鹿げた行動である。
しかし彼らは、はなから勝ち目はなく、希望の光も見えない謎の闇を手探りで進んでいく。すべては監房のなかで自らの死の足音を聞きつづける者のために。
真相にいたる道は、推理でも、警察組織を使った捜査でもない。一人の人間の足による、目撃者・証言者への徹底した探訪であり、彼らの脳裏にかすかに残る記憶の残滓だけだ。そして彼のたどる途上にも、いくつもの死体が転がり、せっかく得た証言者がその言葉を失っていく。
友に迫る死への緊張感と、幻の女を見つけることができるのかという不安、接近したものたちが次々と不可解な死を遂げていく恐怖。「サスペンス」にいだくイメージそのままの、いや最上級の興奮がこの作品にはある。
行き当たりばったりといえば聞こえは悪いが、しかし彼らのとれる手段はそれだけ、頭を使った推理などしているヒマはないのだ。
だから物語は停滞することなく、スピード感に満ちた展開を見せる。章のタイトルとなっている「死刑執行?日前」の記述とは、登場人物と同様、読者にもつきつけられる残り時間である。本を置く余裕などない。
紹介文に「サスペンスの詩人」とあるように、文章にもこだわりを見せている。最初の一行、「夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった」が、この作品そのものであるといってもいいだろう。訳文でも充分魅力あるが、これはぜひ原文で読み、舌の上で転がしてみたい文章である。
僕はいわゆる「古典」をあまり読んだことがない。それゆえに、良いイメージ、というか現代のものと比べて特に優れているところがあるとは思えなかったのだが、少しだけその認識をあらためる必要があると思った。
なぜ「古典」と呼ばれるまでに、多くの読者によって読み継がれているのか。ミステリファンの目は、昔も今も、同じ輝きを持っているのだろう。興奮のメカニズムは100年経とうが1000年経とうが変わりはしないのかもしれない。
紙の本
哀愁
2001/03/28 00:30
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:松内ききょう - この投稿者のレビュー一覧を見る
ロマンシズム、センチメンタリズム、リリシズム。甘く、せつない詩人が路地裏で唄をささやくような文体が、あまりにも有名な、俗にアイリッシュ調という形容詞まで産み出したウイリアムアイリッシュの名作がこれ。
タイムリミットの設定されたサスペンスのその切れ味は、多少の無理を負ってもまだあまりある。本作を読んでから、作者のプロフィールを知るのもよし、プロフィールを知ってから本作を読むのもまたよし。作者が人生を切り刻んだ傑作。