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うだるような夏の暑い日、大雪が降り始める。レーニンの遺体を買い取って記念館を建設するため、村では超絶技巧の見世物団が結成される。笑いと涙の魔術的リアリズム巨編。カフカ賞受賞。
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エイズ村をテーマにした 丁庄の夢 の作者
障害者を超絶雑技団として登場させるなど 、初めは読みにくく物語の世界に入り込みにくかったが、次第に興味深く読み終えた。
作者はこの突飛で途方もない物語を通して、中国という国がどのような歴史をたどり今現在どのような状況に陥っているかを力強く描き出している。
豊かな生活笑の憧れは、お金が全て、上から下までお金のためなら手段は問わなくなった。
中国の人々が陥った無限地獄を描き出す。
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何でもっと早く読まなかったんだ!と自分に説教したくなる。キノベス投票したかった。
しかし趣味悪いよね、おし、つんぼ、めくら、ちんば、書いたヤツも書いたヤツなら訳したヤツも訳したヤツやし、出した版元も命知らずというか…ってもちろんほめてますよ(念のため)。
久々にマジックリアリズムのど真ん中本線ズドン、ってのが来たなぁ。
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架空の中国の山奥にある村を中心に描かれるマジックリアリズム。あんまり飛躍が無いし、文化的にも日本と近いので外文苦手な方にも読みやすいと思う。沢山の登場人物がそれぞれの思惑をかかえ逞しく力強く生き抜いていく。激動の中国ゆえにとても辛い出来事が彼らの身の上にふりかかるけれど逞しく生き抜いていく。農耕民族の力強さ、女性も生き生きとしていて母系の流れもあり、大地の匂いがする小説であった。まさに物語を読む「受活」をたっぷり味わった。
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白髪三千条というが、やはり中国の作家の物語る能力は桁が違う気がする。
物語として楽しめたかといえば微妙だが、中国共産党の治世をこれだけ揶揄した話を書いてかの国で無事にいることは驚きに価する。
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中国の話。障碍者を面白がるって日本ではあり得ないけど、エンタメにしているって、逞しい。
長かったー。でも、リアルなとんでも話は、登場人物の力強さに引っ張られ、サーカスのようにクルクル踊り周る。中国の生命力に圧倒され、なんか頑張らなきゃって、気になる。
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キツかった…。
面白かったけど、途中で吐いたほどキツかった。
身体的障害者とごく少数の完全人が補い助け合いながら暮らす受活村に紅軍の女性兵士が社会主義を持ち込んだことで起こる悲喜劇…なんだけど、描写が半端じゃなかった。
それでも途中で読むのをやめようとは思わなかったあたり、言葉では言い表せない魔力のようなものがあったんだと思う。
ある意味禁断の小説。
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中国から生まれた発禁?相当のマジックリアリズム小説。実際に発禁になったのか。前半は長さに挫折しそうになるが、後半は一気読み。障害者たちの村にもたらされた共産主義、政府の手が、その村にあった平和を破壊していく様が、中国のある側面を寓話的に暴いてみせる。障害者による絶技団、レーニンの遺体の購入による再建計画、完全人の嫉妬と模倣、一人の優れた美貌を持つ娘の妖艶さ、お金による人の変貌など、この小説の中にあまりにも多くのものが込められていて、これが正しく小説による一つの世界の構築。
作者のあとがきで、書くことは苦痛でしかないが書かずにいられない、という業が告白されているが、それもうなづけるくらい、作者の血が流れていることを感じる。
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国民性が分からないとこの本の本当の面白さは分からない。
行政によって国民の考え方も大分変ってくると言う事、人はながされやすいからなぁ、外人でも話せばわかるって本当かな?
善は善、悪は悪、この辺は万国共通だなぁと少し安心した。
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中国奥地の受活村という身体障害者ばかりが暮らす村の障害者達が、村の観光名所を作るためにレーニンの遺体をロシアから買い取ろうとするのだが、その資金を稼ぐために絶技団というサーカス団を結成するという大長編。
おもしろい、、、障害者たちがそれぞれ個性豊かに書き込まれてるし、完全人(健常者のこと)からの容赦のない差別や、文化大革命、県に属するか属さないか、などの様々な要素が重層的にからみあった、やつ。二段組。
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真夏に大雪が降った年、障害者ばかりの僻村・受活村では、レーニンの遺体を購入して記念館を建設し、観光産業の目玉にするという計画が始動する。その資金を調達するため、村人たちの中から超絶技能を持った者が選抜され、旅の一座を結成する。飛ぶように走る片脚の青年、下半身不随の刺繍の名手、微かな音も聞き分けるめくらの少女…。激動の20世紀を背景に繰りひろげられる狂躁の日々。想像力と現実が混淆する魔術的物語。中国社会の矛盾を撃つ笑いと涙の大長篇。フランツ・カフカ賞受賞。
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表紙からてっきりソローキン的なアナーキーさやあらすじからドノソ『夜のみだらな鳥』を予想していたがそこまでの前衛性はなく古典的とも言える小説だと感じた。明の時代からの片端者たちの村は、観光資源としてのレーニンの遺体を購入しようとする県長の野望に協力して、障害者としての特技を見世物として全国を行脚する。彼らの超人的な芸は評判を呼び、購入資金は溜まっていき、遺体購入でソ連との交渉は順調だったのだが…… 影響のある南米文学のエグさというより中国古来のものだろう。残酷な歴史を象徴するエピソードの数々は酷く哀しい。良書。筆力に感心した。
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独特な世界観と物語。グイッと引き込まれる、先の読めない、着地点のわからない展開。そして、土の匂いがするような、方言混じりの文章がクセになりました。
読んでいる時間がとても心地よくて、ずっとこの時間が続けば良いのに、と思わせてくれる本でした。
「政治や社会からの自由」についてや、「幸せとは何か?」について。「人々が共生するコミュニティ」を描いている作品でもあります。
あまり馴染みのなかった中国文学で、読むのに時間がかかってしまいましたが、他の小説ではなかなか味わえないズッシリとした読後感と余韻は最高でした。
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小説を読んでいると、年代のわからない、牧歌的な暮らしの描写のなかに突然TVやラジオが現れて驚いてしまうことがある。『楢山節考』とかそうだった。この小説もまさにそれで、黄魔術に護られたような障害者たちの村を思い描いていたのが、ふと気がつけば我々のよく知る現実世界に着地している。魔法が現実に食い破られて、脳幹が衝撃を受ける。その痛みと快楽。受活だ…。
注: 受活は物語に出てくる方言で「苦しみを伴った気持ちよさのこと」。本書の原題でもある。
目の視えないものは耳を研ぎ澄まし、片足の萎えたものはもう一方の脚力を強化する。では、目も耳も足も口も機能しない四重苦のものは何を強くするだろうか。草児(ツァオアル)という女性の劇歌が登場する。視聴覚に障害を持ち、両足は動かず口も聞けない草児は、死後一度も振り返ることなく天国を目指しさえすれば、来世は何不自由ない身体が約束されている。しかし彼女は現世に残してきた夫や息子娘、さらには飼っていた動物たちすらも気がかりで道中何度となく振り返ってしまう。彼女は身体機能と引き換えに人一倍の愛を持っていたのだ。
この小説に登場する片端者たちは、文字通りパズルのように欠けた部分と秀でた部分とを組み合わせ、自然発生的に愛に基づいたアナキズムのような社会を形成している。しかしそれは欠けた部分を持たない健常者の介入によって、簡単に破綻してしまう。彼らは障害者をモノのように扱い、痛めつけ、何もかもを奪っていく。すべて己の生への執着のために。ここでは五体満足の「完全人」は、逆説的に修羅なのだ。
松岡正剛の著書『フラジャイル』によると、世界中の神々には、不具者を意味する名前のものや、身体機能を失うエピソードを持つものが多く存在するという。古代の人々が弱きものを神に据えた理由は何なのだろう。彼らの声なきメッセージは、ここ最近の世の中の出来事を通してみるとかなり示唆的なものにも思える。そしてそれは本書とも深く響きあっている。揺れる世間と白酒のように強い語り口が混ざり合って、奇妙に熱っぽい読後の余韻が残った。
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原題はやっぱり“受活”。
ここはヨクナパトーファかマコンドか。
中国4000年の物語る力たるや凄まじい。