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【由来】
・おっかさん用に借りたものだが、面白そうだったので。
【期待したもの】
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【要約】
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【ノート】
・サラリと読んでみたが、行き詰った資本主義、身体性を失った貨幣、モースの贈与論なんかをポイントに配置しながら、日本的な経済の営みなんかも振り返りつつ、考えながら語る、という感じの内容。
・ギリギリで自分には嫌味ではない。内田樹センセーの仲間らしいが、ところどころ、センセー的な表現も。読ませる感は少し弱いのだが、この人の方が、立て板に水じゃない分、信頼できるって言うか(笑)。
・ただ、モースもそうだけど、マルクスは当然として、E.トッドだとかB.アンダーソンだとかへの目配せの仕方が軽くて、ファッションっぽい印象を受けてしまった。
・小田嶋隆っぽさも感じると思ったら、共著を出してるみたい。類は友を呼ぶのか、交流しているうちに似てくるのか?でも文筆家だったら、それはマズいよな。
【目次】
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路地裏の喫茶店から見つめる独特の視点からの世間への考察。安倍さんのつぶやきを聞いてしまったというくだりが面白かった。会社もそうだが、偉い、偉くないというのはなくて、役割と認識すべきなのだろうなと改めて思った。そうでないと、民主主義とは呼べないだろう。
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☆☆☆2019年8月☆☆☆
資本主義、株式会社というのが成長を前提としており
永続的な存在ではないと筆者は述べる。もろ手を挙げて同意したい。
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資本主義生産様式では、日本に起きている問題の拡大が収束することはありません。
資本主義生産様式では、日本に起きている問題の拡大が加速することはあっても、収束することはありません。もはや、各国単位の問題ではないので、政策で抑え込むことは不可能なのではないかと思われるのです。
>『路地裏の資本主義』は、わたしたちが今生きている、資本主義生産様式の世界を、肌身に感じるやり方で理解したいという思いから名付けられたもの……成熟した資本主義国家の常として、市場が飽和し、人口が減少し、自然過程としての経済成長が望めなくなった今……経済が停滞してから生まれてきた若い人たちの中から、生き延びるための共生へと向かう人たちが現れてきています。シェアハウスという共有空間で暮らす、NPOを働き場所として選ぶ、あるいは地方で生きるという選択も志向され始めています。足下に定常経済は見出せるはずです……。
以上は、この本の「はじめに」から終章にかけての大まかな流れを捉えるために、抽出した言葉です。「マルクスは、資本主義生産様式というものは歴史の必然によって内部矛盾を拡大し続け、ついには自然崩壊するだろうという予見をしたのです。」とのことですが、著者の平川克美さんは、マルクスの予言通りになりつつあると感じているようです。それは、なぜなのか考えてみましょう。
「この十年間の間(第一刷発行2014年9月)の日本に起きているのは、雇用の不安定化であり、格差の確実な拡大であり、中小企業の倒産であり、地方の過疎化であり、高齢者の急激な増加など、数え上げればきりがありません。」資本主義生産様式では、このような問題の拡大が加速することはあっても、収束することはありません。もはや、各国単位の問題ではないので、政策で抑え込むことは不可能なのではないかと思われるのです。
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「路地裏の資本主義」とは随分魅惑的なタイトルですが、これは北海道新聞の不定期連載コラムのタイトルから。本書は、それ以外にも新聞や雑誌に発表したものに加筆して一冊にしたもので、ロジックを組み立てていくような本ではないからどこから読んでもいいですよ、とまえがきにあります。
そういう前置きがあるから仕方ないのだけど、たしかにそういう組み立てがないので、どうも「行き過ぎた社会の違和感」の部分ばかりが強調されてしまう、と感じました。路地裏の資本主義的発想としては、同著者の『小商いのすすめ』や『「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』の方が、うまく入ってくる気がします。
では後発である本書の役割は。
ともすればネガティブととれる(ともすれば、どころではないかもしれない)「違和感」の積み重ねが、「わたしたちはお金を運んでくるアノニマスな消費者としてだけ意味のある存在」になっていることを、強く意識させるのです。
お金というものが万能であり、そして軽薄であってそれ故暴走するものです。だから、ピケティのr>gが成立するのでしょう。
それはそれで大事なのかもしれないけれど、猫がいる町、すなわち自然と人間が折り合いをつけながら生活するだとか、預金残高ではなくて「顔」で信用をつくるとか、そういう話のほうが僕は好きです。
自然をコントロールするなんてことはいつか破綻への道につながる。人間のほうを自然にあわせて自らをコントローすることを考える、それが後ろ向きであるというなら、後ろ向きでいいじゃないかと思う、という著者。
やあ、僕も大抵、後ろ向きなんだけど、前向きに後ろ向きになれそうです。