投稿元:
レビューを見る
忘却の霧に包まれている世界で、息子に会うため旅に出る老夫婦。
記憶・歴史の積み重ねの上に今があるのに、霧に包まれるとこんなにも足が地に着いていない感じがするのかと。。
不安が絶えずまとわりついて離れず、その不安を払拭したくて読み進めたものの、余韻を引くラストでなんとも言いがたい読後感。
投稿元:
レビューを見る
文学作品は著者と自分との個人的な関係なのだが、
読了後にもやもやとした時はついつい
書評なり解説の類の周辺情報をあさってしまう。
巻末の早川書房編集部による解説に記載の
“The New York Times (http://nyti.ms/1wjJWNh)”、
“ The Guardian (http://bit.ly/1EC8N03, http://bit.ly/1GjQqyy)”と
“The New Yorker (http://nyr.kr/1EtG22J)”をみてみた。
1 本のリポートと肯定的と否定的な書評が 1 本ずつの
The New York Times がいい感じであった。
Ishiguro さんには申し訳ないが、
今回はMichiko Kakutani (http://bit.ly/1JiNp4z) さんの
review が一番良かったように思う。
早川は当然 Neil Gaiman (http://bit.ly/1Nw7FNy) みたいだが。。。
投稿元:
レビューを見る
待望の長編。「わたしを離さないで」から、もう10年もたったのか。
ファンタジー仕立てということを知り、あ、ダメかも、と思ったが、やっぱりダメだった。
最初の方と最後の方はしっかり読み、ラストは衝撃だったが、間の冒険譚、さまざまなものや人との出会いなど、きっちり読めていない。悲しい・・・
ラストを知り、もう一度読み返せばいいのだが、その気も起きない。悲しい・・・
実は「わたしを離さないで」も、評判は高かったが、私はあまり好きではなかったのだ。
もうカズオ・イシグロ好きとは言えないな。悲しい・・・
投稿元:
レビューを見る
初読。図書館。一作ごとに異なる手法で描くイシグロさんだが、今回は歴史ファンタジー(?)。いろんなテーマが盛り込まれているが、個人的には民族対立と憎悪の連鎖の側面が、普遍的でありながら現代的なテーマとしても、興味深かった。老夫婦の会話で奥さんに必ず「・・・、お姫様。」と語りかけるのがじわじわと効いてきてよかったな。
投稿元:
レビューを見る
カズオ・イシグロ新作、言葉の使い方・考え方において同時代の中でも最もリスペクトする作家。
古いおとぎ話か前世代の物語のように思えて、実は現代・近未来を描いていることに気づかされる手法は前回同様。
投稿元:
レビューを見る
『昔ながらの不平不満と、土地や征服への新しい欲望---これを、口達者な男たちが取り混ぜて語るようになったら、何が起こるかわからない』
イシグロ・カズオの新作は相変わらすどこかファンタジーのようでいて実際には現実の社会を色濃く映し出したような手触りがする。「わたしを離さないで」もそうだったように。穿ち過ぎであるかも知れないけれど、少なくとも自分にはこの作品が、基本的にはラブストーリー、とは思えない。憎しみの負の連鎖。ハムラビ法典の時代から絶えず繰り返されてきた、それをどこで絶ち切るのが正しくどこからが過ぎた報復であると言えるのかというテーマ。アーサー王の時代のイングランドに舞台を設定したためか、遠すぎず近すぎず、現代を重ね合わせることができるように思えてならない。またその時代であれば、宗教的な対立の構図に拘泥しすぎることもない。その舞台の中で、許しに対する問い掛けが通奏音のように響き続けている。
ある民族と別な民族の争いと融和。そしてその和平協定に対する裏切り。大きな物語としてはそんな構図の上で繰り広げられる伝説的な一匹の竜を廻る冒険譚。すらすらと読んでしまうと、これはイシグロ・カズオによる指輪物語のプロローグかとも見えてしまうような話であるけれど、ここにあるのは勧善懲悪の物語等では決してなく、弱った竜に託されていた幸福と、その息の根を止め為されようとする正義との相容れないものの対立の物語なのだと思う。そして、そんな大きな正義の物語の直ぐ隣で、忘れられた過去を恐れお互いの許しという問題に向き合う老夫婦の物語が並走する。この一つのテーマを全体レベルと個人レベルの両方から描いて見せるところにも、どこかしら現代社会の縮図のような隠喩めいたメッセージを読み取ってしまいがちだ。
忘れられた巨人の意味するものは最後に明かされるが、その巨人が深い眠りから目覚めるか否かは明かされることなく物語は幕を閉じる。同胞の少年に負わされた重荷は単純にその巨人の怒りの中で解消するようには見えないし、擬似的なものであるにせよ、幾つかの家族的な関係を全体正義の中でどう捉えるか、読むモノ一人一人に考えて見るように問われてもいる。そして、最後に老人は許しを得たのか否か。その謎を残して物語を終える巧みさが、自分がイシグロ・カズオを鋭い社会批評家であると思う理由なのである。
投稿元:
レビューを見る
人間はどのようなことを記憶して、どのようなことを忘却するのか、またいつ忘れたらいいのか、いつまで忘れてはいけないのか、そうしたテーマは今戦後70年の節目を生きる我々日本人にも大きな意味をもたらすと思った。図らずも安倍首相が語った、「こどもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と語った。そのために我は我は何が出来るのか。忘れるわけではな、記憶し続けておくことが必要なのだが、でもその記憶とどう向きあえばいいのだろうか。
この本を読むこと答えが見つかる訳ではない。しかし、何かを考えるきっかけにはなる。何かもやもや感のある読書感覚は記憶を曖昧さを感じることにもなる。不思議な読書体験ながら、ずしりと重い。
投稿元:
レビューを見る
たまたまチャンスがあったので読んだものの、ちょっと長かった…。記憶を消す霧、鬼、騎士、竜、妖精、修道士などファンタジーは嫌いじゃないけど、終盤はなんだかわからなくなり眠いままページを進める始末…。
投稿元:
レビューを見る
謎の霧のおかげで人々の記憶力が失われている世界.行方不明の子どものことで大騒ぎしていたのに,すぐにそのことは忘れ,別の話題で喧嘩が始まる.主人公の老夫婦も,息子のことを思い出せない.だが,ある日,息子に会いに行くことを決心し,出発する.その冒険譚と書けば簡単だが,記憶力が失われる状態に世界がおかれている理由が次第に明らかにされ,理解されていた現状が裏返る,というカズオ・イシグロお得意のパターンになる.平和とは何か,という話でもある.
投稿元:
レビューを見る
失われた記憶と離れて暮らす息子を求めて旅に出る老夫婦。
記憶が失われるのはドラゴンのせいということを知り、ドラゴン退治に巻き込まれる。
記憶が消えるということは、良い記憶もあれば悪い記憶もないということになる。記憶を取り戻すことによって、二人の仲についてよからぬ記憶が思い出されることになる。
実際そういったこともあったみたいだが。
投稿元:
レビューを見る
忘れられた巨人は、目覚めてしまうのだろうか。年月を積み重ねることでしか癒せない傷や、消せない炎はあると思う。ただ、その長い年月の間、霧の中で忘れて生きていくのが良いことなのかはわからない。良い、悪い、と言えることではないのだろう。ただ、それは許されても良いとは思う。難しい、ことだけれど。
アクセルとベアトリスがエドウィンに言った「わたしたちを忘れないで」という言葉が、現代を生きる私たちにも託された希望なのだと思う。エドウィンにとっては、もしかしたら新しい傷になってしまうかもしれないのが辛いけれど。
投稿元:
レビューを見る
巨人はどこに出て来るのだろうか…と思って読んでいましたが、直接は登場しませんでした。ブリトン人とサクソン人が隣人として暮らすのは、竜という共通の恐怖から身を守るためだった。その竜を退治してしまった今、恐怖の霧が晴れ、かつての隣人を歴史を振り返れば敵であったことを思い出すのか、その大きなうねりが巨人。巨人が立ち上がることのないよう、息子のいる村まで助け合って旅する老夫婦の絆が、立ち寄った村々に良い影響を及ぼしてきたことを願うばかりです。
投稿元:
レビューを見る
初カズオ・イシグロ
なんだか小難しそうな雰囲気で読み始めたが
どんどんのめり込みページをめくる手が
止まらなくなった。
なんともファンタジックな世界のような
リアルな戦争の話のような
不思議な読書体験でした。
他のイシグロ作品も読みたい。
投稿元:
レビューを見る
冒頭から漂う陰鬱な雰囲気に、霧が覆い隠しているのは記憶だけではなく何か恐ろしいものに違いない…と緊張しながら読み進めました。
旅が進むうちに立ち上ってくるのは、地面の下に埋まった無数の死体、支配の歴史。アクセルの旅を見守りながら、なにもなかったふりをして嘘の平和に加担しているのは、自分なんじゃないかと思わずにはいられませんでした。
この小説を読み終わって、じゃあ、どう生きていけば『日の名残り』の執事のように絶望しなくて済むのか。自信がなくても、「知らなかった」なんてもう言い訳はできないことに気づきました。
投稿元:
レビューを見る
ファンタジー的な設定が苦手で少し入りにくかったけど、様々な事実が解ってくる後半はスムーズに読めた。
著者の作品は語り口がソフトなのだけれど、後からいろいろ考えさせられることが多い。
果たして民族や男女の違いを超えて人間はお互いを理解し、共存することが出来るのだろうか?
忘却の霧はむしろ神の恩寵ではなかったか。
それと著者は愛妻家なんだろうなと思った。